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『とっとと来いよノロマ!』
『何ですってー!?』

 …えーあー、うん。そうだな、そうだった。
 わたしと爆豪くんの初対面ってそんなにいいものじゃなかったよ。勝手に美化しようとしてたわたしが悪かった。

 まだ入学して数週間、中学校では有り得なかった慣れない授業の数々に多分皆も緊張していたんだと思う。だって今までは個性の使用を堅く禁じられていたのだからそれを使って何かをするなんてこと習ったこともないし。真面目に社会の言うことを聞いてきたのであれば自分が個性を使うことなんてこの15年間において時間に換算してもせいぜい数日にも満たないに違いない。個性が発現した時とせいぜい家でこっそり使う時ぐらいだもの。そうやって禁じられてきたものを堂々と皆の前で利用し、自分の個性が何たるかを誰かに評価されることなんてこれまでなかったわけだし気疲れっていうのが1番ある。
 それはわたしも同じで、終わった瞬間の喧騒に紛れながらも今日も無事に終わったなと安堵し早く休みたいという気持ちでいっぱいだった。さあとっとと帰って家でトレーニングかその前に最近気になってたカフェに行ってみようかなとか何とか考えながら教科書の類をカバンに詰め込んでいた時だったんじゃないかな。多分そんな感じで何もなかった日、何もなく始まり何もなく終わる予定だった日。それをいきなり奪われることになるなんてこの時誰が想像できようか。

 ――ガラリ。

 1番乗りで誰かが出ていく前に大きな音をたてて開かれる教室の扉。あまり他のクラスとの交流がある訳でもないのに珍しいなとは思いながら、でもわたしはそっちに向かって視線を遣ることはなかった。だってどうせ相手はわたしじゃないし、関係ないし。冷めてる?いいやそんなバカな。ただあまり興味を覚えるようなものがないってだけだっての。高校に入るまでろくに友達がいなかった所為なのだろう。あ、今もそうか。変わっちゃいない。寂しい人間?勝手に言ってちょうだい。

「…ん?」

 だけどあまりにも皆が来訪者に対して無言だったから何かなと思い手を止める。野次馬根性ではないけどあまりにも静かだったからもしかするとすごい有名人が来たのかなと判断するのは当然なわけで。もしもオールマイトだったらどうしようとか、ミーハーと言われたらそれまでだけどやっぱり憧れた人だったら見ておかないと損だなという感情ぐらいは持ち合わせている。

「何であいつが」
「誰か呼んだの?」

 だけどわたしの想像通りではない反応もまた更に気になった要素の一つ。帰る用意を万端にしてカバンを背負ってからひょっこり首を伸ばし皆の間から覗き込むと何とびっくり、そこに居るのはあの爆豪くんではないですか。思わず「本物だ」と呟いてしまったとしてわたしは何ら悪くはない。

 あの髪の毛、赤い目、鍛えられた良い体格。いやもうB組でっていうか雄英ではもう知らない人なんて居ないんじゃないかな。まあ目立つも何も強い個性の持ち主だったし身体能力なんかも抜群、その上に性格は凶暴。わたし達B組のことを率先して指差して笑ってくるような人ではない代わりに雑魚には興味がないと言ってしまうような性格であるということは先日の体育祭の時に理解している。憧れる人間こそいないけど打倒爆豪勝己と思っている人間は少なからずいるわけで。

 でも正直この教室には一番居てはならない人物の彼が、何で此処に?

 誰も爆豪くんに話しかけることがなかったのは当然だろう。知り合いでも居るのかと思っていたけどそういう様子ではないし。彼のことを知らないわたし達からすれば他人に全く興味を覚えなさそうだし、何よりA組ですら彼と仲良く話している様子もあまり見たことはない。そんな人がまさかこのクラスにやって来てわたし達を一瞥するなんて誰が思おうか。一部は何しに来たんだと言わんばかりに睨みつけてるし。

(…嫌だなあこの雰囲気)

 早く帰りたいなと思うのはいつだって己の身が一番可愛いからだ。何もしていないのに先生から怒られることなんて絶対したくないし何か問題ごとを起こされては非常に困る。連帯責任なんて冗談じゃない。
 沈黙は、睨み合いは数分のように感じられた。その間わたしが思ったことなどたかが知れていて、どうか爆豪くんが何もなく出ていきますようにとうちのクラスの子を煽らないよう祈っているぐらい。やがてようやく彼が口を開く。そして何事かと思えば「箱咲ユヅキは居んのか」と言い放ったわけである。

「……はあ?」

 あんぐりと開いた口が塞がらない。一斉にわたしへと集まる視線。知り合いかと皆が目で問うたもののわたしには彼なんて見覚えがなく無言で首を大きく横に振った。いや、一方的には知っているけど話したことなんてないし何か授業で一緒になったことも廊下ですれ違ったこともないだろう。なのに、どうしてわたしが。
 凍りついた空気の中、爆豪くんは皆の視線を辿ればいいのだからわたしを探し出すのはさぞ簡単だっただろう。わたしにガンを飛ばしたかと思うと突然ついてこいと教室から連れ出され、皆にも追い出され、わたしはカバンを手に何も分からないまま爆豪くんの後ろを歩むのだった。

 少女漫画だってドラマだってそこそこ嗜む。格好良い俳優がヒロインを抱きしめている時なんて胸元にあるクッションをギュッと握ってしまうような恥じらいも希望もある。高校に行って何かがすぐに変わるとは思っていなかったけどもしも呼び出されたらわたしは胸をときめかせながら喜んで応じようと思っていた。もちろんそれがわたしが知っていた人物であったらの話であり確実にこちらに好意を持っているだろうなと分かっていたならば、という条件付きで。だからこういう形でまさか初めての呼び出しを食らうとは思ってもおらず一体どうなるのだと不安になりながらもついていく。
 これは義理だ。爆豪くんのことなんてどうでも良かったけどB組の人達みんなに見られていた以上あの場から逃げ出すことはできなかった、っていうだけ。爆豪くんは何を考えているのか分からずわたしの前をただ歩いている。明らかに不良みたいな後ろ姿に思わず笑いそうになったけどそんなことをしたら最後怒られそうな気がしてただ黙って歩く。時折ちらっと振り返ってはわたしが居ることを確認している辺り逃げるかもしれないとも思われているのかもしれない。早く歩かれている所為でこっちは若干早歩き。待ってと言うのも何だか悔しくて全力競歩だ。

「着替えろ」

「かかってこいや」

 そうして辿り着いた先、わたしが言われたのはそれだけだった。いやもうあのね、この際誰だっていいや。他のクラスの誰かに呼び出されて、ついて来いって言われたら結構期待はするじゃない? それが断るとか断らないとかそういう話は抜きにしてさ。なのにわたしが連れていかれたのは人気のいない教室ではなく、逆に恐怖の体育館裏でもなかった代わりにトレーニング室だったしわたしが手にしていた体操服を顎でしゃくっただけ。どう見ても告白だとかそういう雰囲気じゃないよね。むしろこれ、決闘か何かって感じだよね。そしてようやくそこで理解する。わたしは決して告白だとかそういったものを受けるどころか、手合わせしろと命じられているということを。どうやら誰かからわたしの個性を聞いたらしいということを。

「や、あのね。わたしの個性知ってるよね」
「はよしろ」
「ほんと人の話聞かない人だなあ」

 もちろん1回目は丁重にお断りした。まずわたしは喧嘩ごとで、しかもA組と問題を起こすつもりはないと。そういうことは禁じられていると。そもそもわたしにメリットは一切ない。向こうは勝手にわたしのことを知っているわけだけどわたしは彼の印象なら最初から今に至るまで最悪。できればもう2度と関わりあいたくないと思ってさえいるのにどうしてこんなことをしなければならないのか。
 元々冷静にお話をするタイプではないと改めて思ったのが次の瞬間、それが冒頭の言葉である。そしてここでわたしも思い出す。わたしもわたしとて、決して引っ込み思案なわけではなかったということを。煽られればそれに乗る程度に、好戦的な性格だったということを。
 ブチッと1度キレたものを簡単に修復などできるものですか。お望み通り個性を発現させるべく力を込めると素早く素早く練っていく。

「わたしの個性は知ってるんだね」
「箱女」
「…そう」

 わたしの個性は言われた通り”ハコ”だ。わたしにしか見えないハコは空間を区切り、その中にいる人間の個性を抑圧する。個性だけじゃない、ここに入った人間は全員身体が重く感じられるように出来ている。重力的なものに近いんじゃないかと思うけど細かいことは割愛するとして基本的にはそんな感じだ。そりゃ爆豪くんのような人間には良いトレーニングルームになると思うよ。誰に聞いたのかは分からないけどノロマなんて悪口を言われた以上1回は叩きのめさないと気が済まない。確かに体育祭で圧倒的な強さを見せつけられたけど個性には相性がある。また個人的な弱点もある。それとなく数々の試合を見てきたわたしはそれを突くことができる。その自信はある。

「制限時間は5分。それで終わりだ」

 ”ハコ”を発現させ、見えていない爆豪くんに説明を加えていく。この部屋より少し小さいぐらいのエリアで空間を作ったから、今からわたしか爆豪くんが意図的にこれを壊さない限り君は個性を使えないからねと。怖くなったらその辺りを強くぶん殴ったら自分の大好きな個性が使えるようになるからねと。わたしの精一杯の煽り文句に対し返事はない代わりに爆豪くんは腕を動かし個性を発動させようとした。当然それはできずにポヒュン、一瞬光ったものの元気のない音が響く。終わり爆豪くんはフン、と鼻息一つ。何なんだこの人は。わたしに何の恨みがあるっていうのだ。
 制服のまま戦うのもあれだし取り敢えず爆豪くんの言う通り体操服に着替え彼の前に立つ。何だかよく分からないけど、ともあれ誰かと戦うなんて滅多にないものだしどうせ今後彼と話すことはないだろう。そう思ってわたしも気を大きく、更に彼を煽る。

「――…いらっしゃいな、あんたが怪我しないようやったげる」
「その言葉、後で後悔すんなよ」

 そこから始まった組手の結果、勝負は制限時間内、わたしの勝ち。初めて戦ったにしては不自然さはなかったというような感じだったけどやっぱりここぞという時に個性を発現させようとするクセがあるのはしょうがない。そのスキをついての攻撃という自分でもいやらしい戦い方だったとは思うんだけどまあ勝ちには変わりない。

 勢い良く投げ飛ばされた爆豪くんはハコの壁にぶち当たり、わたしの個性を再度確認しているようだった。「クソが」口は悪いけど頭はいいんだと思うよ、彼。まだ何にも説明していないのにわたしに背中を向けたままハコに手を添え、範囲を確認するようにその周りをまわる。もちろん爆豪くんお得意の暴言の数々は途絶えることはなかったけどそれに関しては聞かなかった振りをして。
 内側から殴れば壊れてしまう程度の強度しかないそのハコをただ撫でるだけ、ちょうど一周。その後に数往復の質疑、それからこちらからの応答。

「これの中じゃ絶対個性を使えねえのか」
「今のところ使えた人は見たことないね」
「これは俺単体に使えんのか」
「それは無理。設置型だよ」
「クソかよ」
「うるさい」

 わたしの個性を、ハコのことを突き詰めて知ろうとする人は誰もいなかった。不可視なものに対し認識できないものに対しいつだって他人は詳細を知ろうとせず原因を調べようともせず異様に恐れてきた。授業であってもわたしの個性をどうやって逃げられるか、避けられるかを聞いてきた人はいてもそれがどういう仕組みで、どうやったら攻略できるかを考えた人はいなかった。
 そういう意味では、ハコについて聞かれたのは初めてだったんじゃないかな。だってそれがとても嬉しかったから。それが冒頭で人を煽って来た人間だったのであっても結局わたしは自分の個性が大好きだったから。
 「じゃあ最後」ぴたりと行動を止めた彼は人差し指でくいっと折り曲げこちらを煽り、再度こちらを楽しげに楽しげに睨みつける。その表情はまるで敵。楽しくて楽しくて仕方がないというその顔は諦めを、折れを知らない挑戦者の顔だ。

 ――爆豪勝己は天才だと誰が言っていたのか。
 ごくりと思わず唾を飲み込むわたしのことなんて気にすることもなく身を低く構え奴はわたしに吠える。

「来いよ。完膚なきまでにてめえをぶっ潰してやる」

 覚悟してろよゴリラ。そう言われ2度目の青筋。この人には絶対に負けたくない。そう心の底から思った瞬間だった。
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