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「はー、嫌なこと思い出しちゃった」
「スカしやがってクソが!」

 汗を拭い、大きく息を吐く。それと同時に罵声も聞こえたような気がするけどそれは置いておいて、と。

 結論から言おう。数年前のあの日、あの時、わたしの努力は全く実ることもなく誰もそれを見ることはできなかった。わたしの個性は認められることもなく、それどころかそこで自分の個性の本質が何だったのか知ることになるのだった。
 ただ見てほしいと願っただけのわたしが指定した範囲に現れた”ハコ”、それはお母さんが言っていたようなただの小物入れ程度にしか使えるような代物ではなかった。宙を飛んでいた子は突然地面にべしゃりと落ち、お花を咲かせていた子はいきなりそれらが全て掻き消え、また尻尾を生やし遊んでいた子はいきなり引っ込んだ。…その中に入った人達はことごとく彼らの個性が使えなくなってしまったのだ。

 大惨事、大絶叫。

 わたしはあの時、その場にいた全員を絶望に陥れてしまったのだった。幸い異形系の子はその尻尾が生える個性の子以外居らず、また彼ら自身の生命維持に直結するような個性を持っている子がいなかったから怪我人はパニックを起こし転んだ子ぐらいで済んだだけだと聞いている。なぜ他人ごとかと言うと自分のキャパシティを超えたハコの精製によりわたしもすぐに体力切れを起こし気を失ってしまったからである。おかげでハコはこの世に顕現し1分ももたず壊れたのだけど地元新聞では小さな見出しになる程度の事件として取り上げられることになる。

 だけど結局大人たちは原因を突き止めることが出来ず、それ以来あの公園は何かあると言われるようになり、大人が巡回するようになった。わたしはもう公園に行かなくなった。いつか個性の使用がバレて迷惑をかけたことを怒られるんじゃないかと部屋で震えながら、それでも幼いながらにこの個性はひけらかすものではないと恐怖の中で理解した。皆が大好きな個性を一時的とはいえ剥ぎ取ってしまう個性なんて何てひどいのかと嘆いた。
 お母さんが自分の個性の本質に気付かないのは当然だった。あの人の作るハコはあまりにも小さく、こうやって他人を複数自分の個性で覆うことはなかった上に唯一の被験者は同じ個性を持つわたしだったから。しかもそこに加え、皆に感じさせてしまった重みというものは父さんの個性だ。個性を抑圧し、かつ相手の動きを鈍くさせる。自分が思っていたものとはかけ離れた個性のことを受け入れるのに少しだけ時間がかかってしまった。

(……そんなことって、)

 いずれ知ることだったとはいえ、わたしはわたしの個性に愕然とした。強くなれる個性だと信じていた。人を喜ばせる個性だって信じていた。なのに見せることも出来なければ大人数の前に出せば間違いなく嫌がられてしまう。わたし知ってるよ、こういう個性は敵側の方が使うんだってこと。
 幸運なことに諦めは元々悪い方だった。でもどうしよう、困ったな。わたしはヒーローになりたいのだ。じゃあどうするか。わたしは他に個性を持っているわけではない。

 ならば、
 ならば、

 ――…ならば。

 子供ながらに必死に考えた。時に知恵熱を出してぶっ倒れながら、ハコを自分なりに研究した。親は自分の個性が他人に見えずしょげているのだとそっとしておいてくれた。ちなみに市役所には”不可視のものを作り出せる”と提出したものの結局職員の誰一人として見ることができなかったしそれって子供―つまりわたしだ―の妄想じゃないかということでわたしは無個性であるということになっている。それに関してはお母さんも一緒だったし別に今更変更しようという気はない。こっちは誠意を見せた。悪いのは市役所の人だもん。だから個性カウンセリングも受けていないし個性のことに関して以降、何一つわたしから話すことはなかった。

 だけど物静かにしていた反面、根底にある負けず嫌いな性格はずっと燻り続け、対抗心を燃やし続けていた。他人の評価なんて気にしない。無個性だと言えばいい。そう笑っている奴を蹴落としてやる。そういう意気込みで全て全力で取り組んで、…そして結果的にわたしは国立雄英高校、ヒーロー科1年B組に在籍している。終わり良ければ全て良しってことだ。まあそれだけじゃ終わらなかったから今があるわけなんだけど。

「ッハ、随分余裕そうにしやがって」
「煽ったってだめだめ。わたしカッカする人苦手なんだよね」
「るせえモブ女!」

 ゴリラ、怪力女、脳筋、引きこもり、無能、エトセトラエトセトラ。あー、あと何だっけ。覚えてないけどもっともっと色んな単語が飛び交ってたんだけど、この眼の前の彼は主に悪い方向に対しボキャブラリーが豊富だった。よくもまあそんな言葉思いつくなあと思えるほど色々なことを言われているけれど結局はその場で立ち続けた人間が勝者である。地面に寝転がった人間が目くじら立てて何を言おうとも全く、これっぽっちも精神にダメージを受け取らなくなるぐらいまでにわたしは成長した。いやあほんと人間って強くたくましく美しくですね。とってもわかりやすい社会で本当世の中ありがとうってわたしは思うわけですよ。

「あーあー、そんなこと言っちゃっていいの?そんなモブにいっつもやられているのはどこのどいつなのかなあ」

 この高校を選択肢に入れた時点でお母さんには報告した。改めて告げた自分の個性のメリット、デメリット。これを使ってわたしはヒーローになりたいんだって。お母さんは一番に応援してくれた。父さんはお前には無理だろうが、と言ったものの最終的には見送ってくれた。
 だからわたしは負けるわけには行かない。それが誰であっても、──A組の爆豪くんであってもだ。

「あー、クソが」

 寝転がったままの爆豪くんに手を伸ばしたけど当然取ってもらえるわけでもなく弾かれる。あーいでで。ほんとこの人ったら容赦ないなあ。
 目がキリキリと痛くなってきたから内側からするりとわたしにだけ見える壁を撫でるとハコは消滅する。わたしの動作に気付いたのか爆豪くんの手からいつものようにボンッと爆発音が聞こえてきてもう一度彼はクソがとわたしに向けて毒づいた。

 自分でも割とチートな個性だと思っているよ。もちろん範囲としては断然小さいしここぞという時にしか使えないかもしれないけどこういう、例えば誰かに決闘を申し込まれた場合とかになればその狭い空間を支配することが出来るから。すなわちこのハコの個性で作り上げた空間の中に限り、私は相手の個性と重力なるものを抑え込むことが出来るのだ。
 まあそれだけじゃ勝てるワケないけどね。筋力とかじゃ勝てないだろうけどさ、やっぱりそれなりに厳しく鍛えられてきたと自負している。父さんは一応あれでも体術を得意としたプロヒーロー所属で万年サイドキックやってるし連れて行ってもらってはいろんな人と対戦をした。皆が放課後友達と遊んでいる時間、わたしはずっとこの対抗心を実にするために戦い続け、組み手の相手は昔から玄人で恵まれた環境だったんだと思う。それに皆、”個性があっての自分”で慣れているから個性不使用での戦闘は不慣れかほぼほぼ未経験なわけだ。父さんの個性も効かないぐらいなのだから初めてわたしの個性の中で手合わせをした時はかなりギクシャクしていたっけ。

「ゴリラ女が。思いっきり投げやがって」
「え、手加減してよかったの?」
「殺す」

 爆豪くんがわたしの個性を知って喧嘩をふっかけてきた時は確かぶん投げたんだっけな。それ以来ゴリラだの何だのと言われているけど、まああんまり気にはしていない。この人、他人を覚える気がないのは知っているしニックネームと思えば可愛いものだ。嬉しくはないけど。

「じゃ、今日は終わりってことで」
「勝手に決めてんじゃねえわ」
「えーだって、わたしも目が痛い」

 メリットはハコの中で個性が使えない分、自分がこれまで死に物狂いで鍛え積んできた経験や戦闘スキルを余さずに使いきれること。
 デメリットは一度出現させたハコの範囲を変更できないこと、長時間の使用はできないこと、生きた人間を対象に範囲指定できないこと。つまり、このわたしの個性は範囲の決められた設置型なのである。

 例えば今回で言うと動き回る爆豪くんだけをハコの中に閉じ込めることはできなくて、「ここからここまでが範囲ね」ってエリアを教えてあげて、そこの範囲に彼と私が入り、戦うことになる。不便といえば不便だ。実際プロヒーローになったとして敵にそんな誘導が効くとは思えない。どちらかというと待ち伏せなんかに使えるかもしれないけど内側から全力で殴られれば壊れてしまうぐらいの拘束力しかない。
 強そうに見えるけど実はそこまででもない、正直デメリットだらけだけどそれでも毎日のように爆豪くんが来るものだからギャラリーが増えるし名物と化していて、そしてわたしはゴリラという全然嬉しくもないニックネームが広がりつつある。そりゃそうでしょう、わたし以外にはハコが見えないし、そうなるとただの喧嘩だし、わたしは高確率で爆豪くんをぶん投げてる。わたしとしても強い相手と違うのは日々のトレーニングとまた違っていい機会だからありがたいんだけど、ね。え、おしとやかさ? ああうん、そんなもの多分お母さんのお腹の中に忘れてきたんじゃないかな。

「あ、っ、いでで」

 だけど、どうやら今日はいつもより時間が長かったらしい。通りで目が痛むわけだ。長時間の発現化の最大のデメリットはこれなんだろうなあ。こればかりは個性を伸ばそうと日々練習するしかないんだけどさ。これもまた爆豪くんのお陰で発現時間が増えているけど今はここまでが限度かなあ。

 グラッとしてよろめいたら腕を引かれボスンとおでこが当たったのは爆豪くんの胸の中。あれ、今まで爆豪くん寝転がっていなかったっけ。あれ、わたしいつの間にこんな近いところに居たんだっけ。怒られるかもと焦って離れようとしたのにどういうことか身体を動かせられず更に彼の腕の中に押し付けられわたしは困って両手を挙げ降参のポーズ。ドクドクドクと聞こえてくるのは爆豪くんの心臓の音。手合わせしたばかりだし汗もかいているし、いや流石の反射神経ですねホント。フラつくわたしとはやっぱり基礎体力が違うもんなあ。

「そうなる前に言え」
「えっ、そんな無茶な」
「やれ」
「…はいはい」

 そういや一度ぶっ倒れたんだっけか。あの時はとっとと意識飛ばしたから覚えていないけどリカバリーガールのところに引きずられたって聞いた。あの爆豪くんが様子見てくれてたっていうしまあ確かにアレは流石に頑張りすぎた。今はまだそこまで疲れてはないんだけど失敗失敗。

 ちらりと見上げれば何だと言わんばかりに機嫌の悪そうな爆豪くんの姿。嫌だったらその辺に捨て置いてくれてもいいんだけどきっと彼の性格上それはしないんだろう。誘ってきたのは彼の方だけど、律儀というか何というか。
 まあわたしもこれ以上無駄に体力を消費したくはないしここで突っぱねる元気がないのも確かだし疲れたのは本当だし、素直に大人しくそこで目を瞑る。

「気を遣わせてごめんね」
「は?俺がそんな面倒くせえことするわけねえわボケ」
「ん、そうだったね」

 相変わらず可愛くないんだから、と思ったけどそれは口にしない。
 だけどヘッと笑ってしまったのが聞こえたらしく頭をゴチンと小突かれた。うずくまる程度の痛みではないけどぐあんぐあん、と揺れたのは確かなことで痛いよと訴えたもののそれは敢えなくスルー。手厳しい。
 取り敢えず今日はここで許してもらえるらしい。それ以上は悪態をつかれることもなく蹴られることもなく「早よしろ」と急かされ、文句も言わずついていく。ふらつく足取りのわたしをノロマだとか何とか言いながらも保健室へ向かって歩いてくれるってことはよく分かっていたからね。わたしだってそれなりに彼との付き合いは長いのだ。不本意だけど。

 ん?爆豪くんとの関係?そうだねえ、じゃあ今度はわたしと彼の衝撃的な出会いというものをお話しようか。
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