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 小さい頃ってやっぱり個性が発現すると嬉しいじゃない?似通ったものはあるものの、個性は自分にしかない力だ。目玉が飛び出るだとか、光るだとかお花を咲かせるだとかさ。例えそれが将来役に立つようなものでないとしても、逆にすごすぎて自分じゃ上手く扱えなさそうなものだとしても、将来ヒーローを目指した際に不適正だといわれたとしても、派手さでランク付けされたとしても個性は個性。強化はできても一生変わることのない自分だけの力。やっぱり嬉しくなって皆の前で見せたくなるのはわたしだって一緒だったわけだ。

『見て、おかあさん!』
『なあにユヅキ。どうしたの?』
『あのね、あのね!』

 発現は決して遅い時期ではなく、いわゆる平均的な年齢でわたしにも訪れた。あの時の感覚は個性を持っている子なら伝わると思うんだけど、ちょっとむず痒いというか、あ、何か今日のわたしは昨日のわたしとは違うんだっていう確信が自分の中に湧き上がる。そんな力を持ったんだという感覚を突然持つことが出来るのだ。

 その個性はわたしの手のひらに突然現れた。初めは透明のモヤモヤとしたもの。それから少し目に力をこめていくと、ぼんやりとした輪郭のものが徐々に現実味を帯び、形と確かな質量と共にこの世に顕現する。やがてわたしの手の上に現れたのは半透明な小さな箱だった。最初は何だか分からなかった。だけどこれが、これこそがわたしの個性。待ちに待った個性なんだと思うと何だって嬉しかったわけで。
 なのに嬉々として母親に披露して見せ、それから彼女の悲しげな表情をわたしは今でも忘れられない。

『あのね、それはあなたと私にしか見えないの』
『…え、』

 これは同じ個性を継いだ人にしか見えない魔法の箱なのよと。お母さんはこれを何の役にも立てることが出来なくて、ただちょっとした小物入れぐらいにしか使うことが出来なかったのよと。以下、そんな個性の私でもお父さんは気にしないでプロポーズしてくれたのよと一生終わらない惚気が始まるので割愛するとして。

 まあそんな感じで、記念すべきわたしの個性発現日は終わってしまったのである。お母さんには悪いと思ったけど正直ショックを隠しきれなかった。当時わたし達の間では少しずつ個性の発現が目立ち始めていた。名前を名乗るよりも先に個性を告げる。そんな不思議な自己紹介が当然となりつつある中で、わたしの居場所はどどんと崩れ去ることになるだろうと分かりきっていた。個性がなければつまり、…仲間はずれもいいところ。

『ユヅキちゃん、個性はまだなの?』
『んー、』

 たとえ本当は持っていたとしても目に見えない個性なんて友達に見せても意味がないじゃないか。そう思ってわたしは黙秘権を行使することにした。んーん、そうだね。わたしも早く個性出ないかなあ。お父さんみたいな敵を倒せるような個性だったらいいなあと笑うことを、まだその年齢であれば許されることができた。
 まだ個性が発現されていない子はいる。両親が不思議に思って病院に行き、無個性だと診断され既に仲間はずれにされている子もいる。子どもの世界ってものはもしかすると大人よりも残酷なのかもしれない。個性を使える子とそもそも持っていないと言われた子との差は大きい。持っていない子には申し訳ないけど、だけどわたしはその時点でとても中途半端な立ち位置へと収まることになったのだ。
 何故わたしは名乗れなかったのか。そんなの簡単だ、うそつきなんて言われたくなかったから。お母さんの個性を継いだのは確かなのに、それを誰にも見せることは出来ないなんて何て悲しいことか。

『ユヅキ、お母さんはね分かっているから』
『だって、…だって』

 個性の発現方法は特殊だった。何ていうんだろうなあ、当時は特に言葉にし難かったんだけど少し成長した今のわたしならこう説明しよう。

 ”ここから、あそこまで”

 パソコンで言い表すなら自分の視線ひとつで範囲を指定する。そうすると何とびっくり、普段通りの世界なのにわたしにしか見えない不思議な物体が出来上がる。やがて出来上がるのはわたしとお母さんしか識別することの出来ない半透明な箱だ。
 お母さんはそれをハコと呼んでいたからわたしも同じくそう呼ぶことにしている。わたしが指定した範囲に現れるそれは絶対に箱の形、つまり立方体ないし直方体の立体的な形をしていたからだ。

 最初はとても小さかった。どれだけ目に力を入れようとも範囲指定をかけようともハコのサイズは昔はそれほど大きくなく子どものわたしの手のひらにぴったりサイズだった。それを少しずつ練習するごとに範囲を広げ、やがて自分の背よりも大きなハコを作れるようになったときは飛び跳ねて誰かに報告したかったのに、だけどこれを誰かに見せることはできず落胆することになる。相変わらず、こうやって堂々と公共の場で出しているというのに誰一人注意することもなければ誰も見ることができなかったからだ。
 その頃にはわたしは皆から無個性であると思われていた。わたしも自分の個性を告げることなく、自分が傷つきたくなければ率先して輪から離れることを学んだ。悔しいかと聞かれればそりゃ悔しいけど、だからと言って自分の力を嫌いになんてなれるはずもなくこの個性と付き合っていくことを決めていたもので個性を自慢する子を逆に嫌いになっていったんだっけ。

『鬼ごっこしようぜー』
『あいつも入れるか?』
『無個性入れたって面白くねーよ』

 無個性という単語は、それに当てはまる人間を傷付けるようになっていった。わたしからすれば無個性ではないし、全然傷つくことがなかったから弄りたかった相手からすれば面白くなかったかもしれないけどね。
 そんな無情な子供社会をお母さんに説明することも出来ず子どもは外に出て遊びなさいと放り出され、結局どこにいくこともなく一人公園のベンチでぼんやりと過ごす日々を送ることも悲しきかな慣れてくる。悲しいだとか寂しいだとかもっとそんな感情を出せばよかったのに、或いは何を言われても笑って受け流すことをすれば良かったのにそれはできなかった。今思えばこの不平等極まりない社会に、何とも言えない捻くれた考えを持つ子どもへと育てられてしまったのだ。

(…わたしだって個性、持ってるんだけどなあ)

 肘をつきながら見守るそのわたしの前では無個性だと勘違いしたまま自分たちに発現された個性を使って公園で遊んでいる子どもたちが自由に走り回っている。公共の場での使用は禁止されているけれど小さな頃ってそんな大人のルールなんてものは分からなかったし人を傷つける個性でない限りある程度見逃されていた気がする。
 つまらないつまらないと足をぶーらぶら。何度目かの青空を仰いだ時、突然パッと脳内に一つの考えが浮かぶ。

 これだけ人がいるんだから誰かひとりぐらい見えることができるんじゃないかと。
 見えないものが見える。そういう個性を持っている人も、中には居るんじゃないかと。

 その考えに至ったとき、わたしは天才じゃないかと思わずにはいられなかった。今更?うん、そうかもしれない。だけど今からでも取り戻せる。わたしは認められたいという気持ちが非常に強かった。無個性と見られていることを悲しんでいるのではなく、自信を持って自分の大好きな個性を紹介できずただ口を噤んでいることが悔しかったのだとそこでようやく気付く。
 だから昨日と同じように終わるはずだった今日を変えるべく、すぐさま範囲を決めていく。そうだなあ、せっかくだから大きな箱を作ろう。今まで自分が入るぐらいの大きさぐらいしかしたこともなかったけど、もっともっと大きな箱を。

 ──だからどうか、誰か気付いてくれますように。

 綺麗なハコを作ってるねと褒めてくれますように。箱咲ユヅキのハコ、すごいねと認めてくれますように。そんな子供ながらに必死の思いだった。それは数年皆の前で黙りっぱなし、耐え続けたわたしの執念に近い。

『…大きく、大きく。もっと、大きく』

 繰り返すのはまるで呪文。いつもより大きな大きな範囲の、おおきな質量の箱を想像した。あそこのブランコから、ジャングルジムまでのあの空間を覆うぐらいの箱を。そこには皆が固まって遊んでいた。あそこに大きな箱を一つ作ったら分かる人には分かるんじゃないかと期待があった。箱の範囲に人を入れたところでそこにはもちろん空気はある。それはお母さんも言っていたし、わたしも自分自身で実践したのだから間違いはない。人に危害を加えることはないし、またわたしもその意図はない。だからこそ安心して、いつものように今までにない大きさで。

『っい゛』

 ……だけどそれなりに無理があったらしい。限界を訴えるかのように目がズキンズキンと痛み始めたんだけど、それでもわたしは止めることがなかった。止めることができなかった。もう少しで自分の望みが叶うのだと信じてやまなかったから。

 だからお願い、1分だけ。それだけでいいから。

 ガッと目に力を込めるといつもと同じように箱はやがて輪郭を象っていく。わたしにだけ見える箱が出来上がっていく。だけど今回はきっと違う。きっと、…違うはずなんだ。


 ──設定、完了!


『…おいでっ!』

 さあわたしの力を見てちょうだい! わたしの箱を見てちょうだい!

 果たして、わたしの望み通りのものは出来上がった。自分の中での最高の大きさを作り出したハコに感動した。相変わらず一般多数の人には見えないだろうし写真に撮っても映らないんだけど、誰か一人でも気付いてくれたなら。誰か一人でも認めてくれたら。

 音もなく設置出来た箱はやがて透明から半透明に。この世界に存在しているのだと主張するかのように半透明へと出来上がったそれはもう立派なわたしが作り出した箱。子供たちはまだ何も気付かない。だけどいい。誰かその内側から壁に触れてくれれば少しでも誰かの個性だと気付いてくれるに違いない。もはや確信めいたものを抱きこれはわたしが作ったのだと告げるために次いで立ち上がる。そして、
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