素晴らしきこの世界で


 まさかナマエが告白を受ける場面を見てしまうなんて思ってなかった。
 オレの中の気持ちがあやふやな内はあまり会わない方が良いだろうと勝手に理由付けてさっさと図書室に足を運ぶと今日は知らねえ図書委員がカウンター席に座っていてつっけんどんにそれを返す。オレが誰なのか分かっていたのか図書委員は顔を青ざめさせながら手続きをするがその鈍臭いこと。ナマエを見習えと心の中で毒づきながら新しく本を借りることもなくそのまま図書室を出た。

 …今日は休み、か。

 クラスは知っていたが当然会いに行ったことはなく、偶然廊下ですれ違ったこともない。会いに行くような、そんな理由もオレは持ってはいない。が、会わなかったことに若干安堵しているオレも確かにいる訳でその臆病さに思わず嘲り笑った。

 会えば会うほど、話せば話すほど揺らぐ。この曖昧な関係が心地よくもあり、もどかしくもなっているなんてどうすればいい。ならば忘れてしまえば良いんじゃないか。どうせオレが何もしなくたってあいつはもうすぐ卒業する。オレが図書室に通うことを止めさえすればもう会わずに済むだろう。あっちからこちらを引き止める術はないしする筈もない。そうすれば今後悩まずに済むし、今までのオレならそれを間違いなく実行していただろうにそれすら出来ず宙に浮いた状態だった。
 一体何がしたいのかと自分ですらわからないところまで陥り、何とも言えない気持ちを抱いたまま屋上へと上がるとそこでまさかのタイミングに出くわし立ち尽くすことになる。

『好きです!』
『あ、ええっと…』

 おいおいマジかよ。この前聞いた時の男か?それとも別のヤツなのか。
 そのまま踵を返せばよかった。それか知らない振りしてさっさと屋上に入ればよかった。なのに全く身動きが取れなかったのは間違いなくナマエの答えが気になったからだ。結局その言葉をオレは聞くことができなかったが肩を落としオレとすれ違った野郎を見ていればどうなったか分かる。自分でも驚く程、その光景を見て安心して、それからざまあみろと思った。
 何の行動もしてないオレがそんなことを喜ぶ資格なんてないというのに。こいつが断られたからってオレに有利になるという訳ではないっていうのに。すぐにその考えに至り、こんな状態ではさらにナマエに合わす顔もなく降りるかと思っていた時にヒバリに会っちまったという訳だった。どうもあっちも虫の居所が悪かったらしく言葉なく突っかかってきたしぶっ倒してやろうと思ったのに結局返り討ちにされ、屋上へと弾かれ今に至る。
 どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがって。

「大丈夫?痛くない?」
「…おう」

 散々な目にあった。
 まさかこんなところを見られるとは思わなかったし無意識のうちにナマエと呼んでしまっていたが一度聞かれてしまったからにはもう言い直すことも面倒だ。結局敬語も上手く出来なかった。こういうことは身についている野球バカを尊敬しないでもない。
 床には煙草もダイナマイトも転がっている有様で今まで見せたことのないものに目を見開いたのもオレは見逃さなかった。…今までやってきたこと全部パーかよ。

 おろおろとしていたナマエは最初泣いていたようにも見えたが今となってはオレに肩を貸し、2人揃ってフェンスに背中を預け座っているという状態。あーもうどうにでもなれ、なんて自暴自棄に陥りいつもの敬語も忘れ隣で煙草を吸い始めるとナマエは「それは良かった」と一言呟いたまままオレの方を見ることもなく本を読み始めた。
 そもそもナマエだって読書の為に放課後の屋上へと来たんだろうが、告白されたり人の怪我の面倒を見たりとどうにも巻き込まれやすい性質をしているらしい。しかしこの事態に何かもう少し違う反応があっても可笑しくはないのに。一応これでもナマエの前では普段のオレを見せたつもりはないのに今となってはそれを見せたとしても、喫煙している様子を見ても動じている様子や緊張した様子が一切見えなかった。

「いつも胸ポケットから煙草見えてたよ」
「……そうか」
「私が知っているのは本好きの獄寺くんだったから、その辺りに突っ込むべきじゃないと思ってたし」
「おう」
「…私ね、獄寺くんと仲良くなりたいなって」
「……こんな姿見てもか」
「うん」

 今、横並びで本当に良かったと思っている。間違いなくオレは顔が赤い自信がある。誰かに見られたらきっと笑われるに違いない。こいつの前ではいつものオレでいられなくなる。こいつの前では、オレは普段のオレではいられなくなる。だからこそナマエの言葉に、図書室の中では話さなかった内容、投げかけられた言葉一つ一つに舞い上がっていくのを感じていた。
 驚くことにナマエはオレが猫をかぶっていることぐらいは知っていたようだった。それでもまだこうやって横に居るということは。そうやって、話しかけるということは。それは、…少し、期待しても良いのだろうか。

 ちらりと横を見ると相変わらずナマエは手元の本を読んだままだった。ゆっくりと上下する視線、ぺらり、ぺらりと細い指で捲られる紙のページ。その髪で大半隠れているものの少しだけ赤い頬は、…それはオレと同じ気持ちだろうか。
 「ナマエ」「なあに?」「読んだまま聞いてくれ」「ん、了解」オレが名前を呼んだことも別に何も思ってもいないのなら。本を持つ手に少しだけ力がこもったのが、震えているのが気の所為でないのであれば。

ユ リ イ カ !


「こんなオレだったら、…怖がられると思ってよ」
「そう?そっちの方が獄寺くんって感じなんだけど」
「何だよそれ」

 話すたびに揺らぎは消えていく。話すたびに、オレが気軽に聞いていくその質問にこれもまた気軽に答えられていく度に想いは確固としたものに変わっていく。
 気が付けばオレの中のわだかまりはすっかり消え去ってまるで10代目達と話しているような気楽さでナマエへと向き合っていたし、ナマエだって大声でケラケラとオレの話を聞くようになっていた。時間はいつも以上に過ぎるのが早く、「一緒に帰っていいかな」とナマエからかけられた言葉にオレは頷かないわけがない。

 ――ようやく、わかった。

 オレの腹の中でずっと居座っていたモヤつきの正体が。どうして今までずっと慣れないことばかりを無意識下でやってしまっていたのかが。
 嫌われたくなかったからだ。怖がらせて、泣かれて、…避けられたくなかったからだ。それに、

「ナマエ」
「ん?」
「…オレ、さ」

 随分と時間がかかってしまったがオレはナマエの事がもっと知りたいし、笑った顔がもっと見たい。その相手は他の奴らじゃなくてオレがいい。
 たった、それだけだったということに。

Happy Birthday!



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -