強くなくていいから 


 中学3年生とは多感な時期である。と私だってたまには物思いに耽る時間が欲しい。
 久しぶりに委員会から離れ、図書室にも行かず屋上で本を読んでいたのに私の行動範囲というのは狭すぎるのだろうか。どうせなら空気として取り扱って欲しかったけど、と本を膝の上に置いてこちらに肩をガックリと落とし背中を向けて立ち去っていく男子生徒を見届けながら感じていた。

「…びっくりした」

 まさか告白を受ける日がくるなんて思ってもみなかった。毎日何となく過ごしてきたけど勉強して図書室へと通っての日々なだけで特に変わったことなんて今までなく過ごしてきたしこのまま私の中学生活も終えるのかーなんてしみじみしていたのに。

 吹きすさぶ嵐のような男の子だった。もうすぐ2年生になる子で、よく図書室を利用してくれた人であるということは覚えている。皆勤賞だねえと私から声をかけたこともあるし、廊下ではよく会って挨拶をしたり、オススメの本を聞かれたり、私の好きな本を聞いてくれたり。とても人懐っこくて良い子だなと思っていたんだけどまさか、…そんな風に思っていてくれたとは。
 告白なんて、とても勇気のいることだ。した経験もないから実感として湧いてはいないけど、今の男の子だって顔を赤くして私に想いを告げてくれた。恋愛小説だったらほとんど成功するけど私達の生きているこの世界ではそう上手くはいかない。

 自分の気持ちを伝えること。
 相手にそれを聞いてもらうこと。

 それだけでも私としては随分と高すぎるミッションだと思うのに付き合った子達というのはそれだけじゃなく相手側も同じ気持ちだったということなんでしょう?そんな大それた事が出来るわけでもないし、…なんて、いつの間にか言い訳じみている自分に笑ってしまう。そうやって最初から動かないのが私だ。

 ここでちらりと過ぎるのが獄寺くんのことなのだから今更気の所為だとかそう言うことも言えやしないけど、例えばもう少し一緒に居たいんだと伝えてしまったところで私の想いはきっと実ることはないに違いない。
 他の人とこういう話をしたことはないけれど実は学年関係なく獄寺くんの人気というものを少しずつ耳に入ってきているのだ。なかなか暴れん坊らしいんだけどそれがまたいい、だとか最近はすっかり大人しくなっていて人気が更に急上昇だとか。学年が違う子のことなんて全然知らないのになあ、やっぱり綺麗な人というのはその人の知らないところで人気が出たりだとかするのだろう。本人からすれば迷惑なんだろうけど。

 …獄寺くんもやっぱり、好きな子とかいるのだろうか。

 皆、彼が図書室に通っているということを知っているのだろうか。もしも知らないのならばちょっとした優越感。借りている本だって私ぐらいしか知らないし、なんていう小さな自慢。
 そういう話をするような仲でもないし彼のことを何も知らない。図書室を出れば何の共通点もない私たちなのだからそれこそが当然であるのに。一緒に帰った時は嬉しかったし、気恥ずかしかったし…もし付き合ったらあんな感じなんだろうなって思ったけどそんな事が有り得るはずもない。そこまで私も自惚れちゃいない。

 ふと思い描いたのがダメ元での告白。そうだ、ダメもとで記念告白が出来るのも去りゆく卒業生の特権だった。
 もうすぐ私は卒業だし、ようやく副委員長の任期を終えることができる。そうなればもう毎日のようにカウンターに座らなくて良くもなり、つまり獄寺くんと会う機会は偶然図書室で本を借りた時に会う、と言ったぐらいになる。任期が終わったら、それもアリだな。と大した覚悟もないのに曖昧に思う。言わないよりはマシでしょうと。実際その日が近付けば怖じ気付くのだろうということは私の性格上よく分かっているけれど。

 だからもしもその機会があれば、タイミングが合えば、勇気があれば。そうしたらお断りされても獄寺くんが図書室に行き難いということはなくなるし、私だって居心地悪く感じることはない。まあ、逃げだと言われればそれまでだ。

「…いっ、」

 なーんて、考えたところで所詮は空想。
こんなことがあれば、あんなことが起きればとぼんやり考えているのは私の得意分野。だけどその世界に引き戻したのは突然顔に襲いかかる煙たさ。何が起こったかわからなくてハッと辺りを見渡すといつの間にやら平和なはずの並中の屋上が一面煙まみれになっていた。

 ……火事?
 いや、それなら火災報知器だって鳴るはずだしそれにしては何だか…花火みたいな火薬臭さ。片手で鼻を抑え、本をもう片手に慌てて立ち上がり、入り口の方へと走れないかと逡巡する間に強い風が吹いてそれが一気に飛ばされていく。

 再度襲いかかる煙。反射的に目を瞑り、次に目を開けるとそれらはすっかり取り去られていた。やっぱり火事ではなかったみたい。
だけどそこに居たのは、背中を見せた学ラン姿と、床に寝そべった見覚えのある一人の男子生徒。どういうことなのかと誰も説明してくれることはない。あの学ラン姿は双子だとかそういうのが居ないのであれば雲雀くんで、倒れているのは、

「っ、獄寺くん!!」

 普通に考えれば獄寺くんの全ての行動や服装は並中の風紀からすればアウトに違いない。ならとうとう雲雀くんから制裁を受けてしまったのだろうけどそれを目の当たりにしたのは今回が初めてだ。
 私自身でも驚くぐらいの大きな声を出して近寄り、獄寺くんの元へ駆けつけるとしゃがみこみ様子を見る。

 血はあまり出ていないけど殴られた跡が痛々しい。
 倒れている人間を揺り動かすのは良くないということは分かっているから私が出来ることといえば声をかけるだけしかなく、でも獄寺くんは苦しそうに眉をひそめたままだった。
 頭の中が真っ白だ。こんな時の予測なんて私は出来ないしもう少し何か勉強しておくべきだったかと後悔するけど今はそんなことをしている場合じゃない。頭を強くぶつけているのだろうか。何をしたらいい。
 保健室に?いや私だけじゃ運べないし、救急車?いや、それにしても私は携帯を学校に持って来ていないし…何度か名前を呼んだけど何の反応もない。恐る恐る頬に触れてみる。当たり前だけど傷だらけの獄寺くんに私は何もしてあげられるはずもなく、おろおろとするばかりだ。

「…ナマエ?」

 だけど、行動がピタリと止まってしまったのはその獄寺くんが放った一言。

 それは聞き間違いでなければ私の名前で、頬に当てていた手はゆっくりと目を開いた獄寺くんに掴まれ、今までパニックに陥っていたことも相まって完全に身動きが取れなくなってしまった。

 静かなものだった。
 時が止まったような感じだった。

 私の好きな小説であればそういう表現をしていたことだろう。
 私の名前を知ってたのかということと、どうしてそんなに痛そうな怪我をしているのに笑みを浮かべているのかという疑問と。もう色んなことが分からなくてぐちゃぐちゃになったままだったのに、どうしてケガをしていない私がパニックに陥っているのに獄寺くんは冷静だったのか。

「誰だよお前泣かしたの」

 そう私に腕を伸ばしてから気付く。バカだなあ、私。何で私が情けなく泣いてるの。重傷の彼に心配かけさせてどうするの。
 だけど何だろうなあ。ああ無事だったんだとそれを聞いて余計に安心してしまったのかボロリと確かに熱いものが頬を伝って流れ、今度こそ獄寺くんはギョッとした顔をしながら慌てて起き上がった。痛みに声をあげながら私の前に座り、いつもの下手くそな敬語がすっかりどこかへ飛んでいったまま「泣きやめよ」と困り顔で私の涙をどうにかしようとおろおろと服の裾で私の顔を拭う。

 バカだなあ、獄寺くん。誰が泣かせていると思っているの。私を振り回すなんて今は君しかいないんだから。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -