憂鬱少年の喜劇   


 この1週間でオレはミョウジナマエに近付けた気がしないでもない。ナマエを家まで送った後、オレは内心どころか実際ガッツポーズまでした訳でいつの間にか本当に言葉遣いだけじゃなく言動も野球バカのあれこれが移ってきている気がする。そりゃ気になるモンは近付いておきたいし把握もしておきたい。これはボンゴレの為じゃなく、もちろんオレの為に。
 しかし今日のナマエは本当に無防備というか、無警戒すぎて色々と不安になることが多すぎた。まさか図書室に行ってドアを開けたすぐの場所で寝ているとは思ってもみなかったわけだ。流石に起こそうかともしたがあまりにも気持ちよさそうに寝ていたし見たこともないあどけない表情に一瞬見蕩れていたということもある。

「……ナマエ」

 まだきっと、オレの事は知らない。オレが同学年でどれだけ恐れられているだとか、10代目の右腕として名を馳せていることもきっと知らない。
 あの図書室に入れば、そういったことを全てオレは放棄する。この、狭い世界の中だけ。だがその世界でしかナマエと話す機会はない。

 さっきまでの事がまるで夢のようだった。
 他の奴らがナマエを起こさないようにと図書室の扉の前にかけてある「開館」を取り外し、電気を消してカウンター越しにナマエを見る。人の気配すら何も感じられないただの一般人だ。ただこの世界、この図書室の中だけに関すればこいつより詳しい者はいないだろう。たったそれだけ。たったそれぐらいなのに何がオレをこんなに惹きつけたのか。
 ふ、とナマエの手元を見ると何やら書類を片づけていたらしい。その横には暇つぶし用に持ってきたのかそこそこの厚みのある本が1冊と、何人かの貸出カード。恐らく常連の奴らのものなのだろうと分かるのはそこに書かれた本の題名がそこそこあったからだ。そして、その中にはオレのものもあって。

 ナマエの世界には、オレのことも少しは入っているのだろうか。

 なんて、自惚れてもみる。取り敢えず携帯で10代目には先に帰ってもらうようお伝えし、オレはそのままナマエの隣に座った。ほんのり匂った優しい香りはオレの普段からまとわりついている火薬や煙草のものとは真反対に近い。
 結局オレは寝ることもなくずっとナマエの横で座っていたがこの無言の空間は悪くない。

『えー、今日閉館なんだ』
『ミョウジさん居ないんじゃ仕方ないよなあ』

 電気も消してしまえばわざわざ図書室の扉を開けるような輩もいない。外で何人もの人間が閉まっていることを残念そうに帰っていく様子が感じられ、そういえばナマエは毎日此処へ来ているんだっけかと思い出す。
 少なくともオレが来ている日は毎日このカウンター席で座っている訳だ。3年生つったら受験期もあり忙しいだろうにと…まあそれもシモンファミリーの奴らとの戦いのお釣りでもあったがやっぱりオレの知らないところではこうやって誰かが穴埋めする形で動いていることを知る。

 そういやさあ、と図書室の前でまだ会話をする煩い連中は此処を去るつもりはないらしい。誰だか知らねえが早くどっか行ってしまえと怒鳴りたくもなる。が、今は閉館である以上オレは無言を貫かなければならない。ナマエに聞こえて起こしてしまうのも嫌だ。
 苛々しながらつい煙草にも手が伸びたが何しろ此処は図書室。煙草はポケットに入っていたものの未だナマエの前では吸ったこともない。きっとこの部屋を出たオレを見ればあまりの違いにこいつは驚くのだろう。

『今度アイツミョウジさんに告るんだって』
『えーでもあの人県外の高校だろ?遠距離じゃん。それに勝ち目なさそうだし』
『意外と喋ってくれるみたいだしまあダメ元じゃねえかなあ。オレは応援してるけど』

 ベラベラといらねえことを喋りやがって。
 去っていく気配を感じ取りながら穏やかだった気分が段々と刺々しくなっていくのを自覚する。1つ年上ということはもちろん今年受験だ。今後の事なんて話せるような仲でもないしまさか第三者から知らされる情報とは思ってもみなかったが…そうか、高校は近くのところじゃねえのか。つまりあと少し経てばこいつは卒業するし、誰かに告白される。

『……』

 当然あっても可笑しくないことだった。むしろ出会ってから日も浅いオレですらこんな気持ちになっているんだ、他の人間がそう思っていても不思議じゃねえ。
 …なのに、

「告白、か」

 ナマエを家まで送り届けるまでロクな話は出来なかった。
 学年が違えば靴箱の場所も違って、いつもは10代目と一緒に帰る時のように隣ではない。ガサ、ゴソとゆっくり取り出す音、コツン、コツンと歩く音。バレないように猛ダッシュで履き替えてナマエを待つ。隣で歩く。校内を歩く上履きではないナマエは、通学カバンを持ったナマエはいつもと違ったようにも見えた。

 きっと付き合って歩くとこんな感じになるんだろう。学校からナマエの家に着くまでの間、オレはぼんやりとそんな事を考えていた。
 オレはまだナマエの側面ぐらいしか知らねーし10代目のようにお仕えしたいだとかそういう強い気持ちまでは持っているわけではない。卒業して、高校に行って好きな事見つけて好きな人間と結婚してが一般的なルートであるのであればオレが進む道はそっちではない。

『また明日ね、獄寺くん』
「……」

 何というか、この感情というモンは非常に厄介だ。
 関係ない、オレにはどう足掻いたって意味がない。そう心の中で言い訳しているのは、そもそも告白したりだとか普通の日常だとか、そういう選択肢がいつの間にか自分の内に生まれてしまったっということ。猫かぶりしてるのも時間の問題だろうし、かと言って今後他の奴らに取られる可能性を考えたくもない。…まあ、オレのものでも無いんだけどよ。
 真反対だった家までの道のりもそんなことを考えているうちに一瞬で着いたような気がする。結局何の答えも出ないまま、モヤついた気持ちを解消することも出来ずオレは眠りにつく。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -