焦れったい奴らめ  


 …いやいやいや、私ったら何をこどもみたいな事をやってしまったんだ。
 後悔既に遅し。獄寺くんびっくりしてたじゃないか。いやでも確かに背が高いとこういう時に便利だなとは思った訳だ。脚立要らずだねはちょっと余計だったかもしれないけど。ああどうしよう。背を測ったとは言え何だか私の背が足りなかった所為で頭を撫でたような感じになったような気はしないでもないけどはしたないとか思われただろうか。何考えてんだこいつ、なんて思われてはいないだろうか。

 目を丸くした獄寺くんは意外というか、まさか私だってそこまで驚かれるとは思ってもみなかった訳で。その後何を話しても生返事というか上の空というか。結局フラフラしたまま帰っちゃったけど大丈夫だったのだろうか。


「3日前に戻りたい」

 ちょうど彼が最後にやって来たのが週末の金曜日だった。月曜日になれば全てがリセットされたらいいんだけど残念ながらここはゲームの世界ではない。そんな事が有り得る訳もなく今日も今日とて昼休みも終え、放課後に図書室へと駆け走りカウンターの前でうなだれているという情けない姿。
 何だこれ、私まるで恋する乙女じゃないか。…いや、そうなのか。そうなのかもしれないけど。だってあんな格好良い子が現れたらときめくってものだ。しかもクラスも何もかも違うし学年だって下だし、多分ああいう子って私みたいな地味なのよりも派手そうな人が好きそうだし。
 
 …始まる前から終わっている上に、何と無謀なことか。

 ただ彼と話すのが少しの楽しみと、それぐらいにしておけばよかったのにどうしてこんな気持ちになってしまったのだか。あーあと手元にある書類をせっせと片付けながら放課後の時間を過ごしていた。
 獄寺くんだって今は借りている本がないから気ままなんだろう。借りた翌日には必ずやって来て返却して、また借りて…の繰り返しで毎日来てくれていただけで興味ある本を読み尽くせば図書室なんて用事がないのは当然のことなのだ。

 クラスも名前も知ってるけど所詮私はただの図書委員。ひょっこり会いに行けるような仲でもないしただ彼が来るしか会う手段はない。
 まあ後悔したって仕方ないか。今日は珍しいことに誰も来なかったしカウンターで頬杖をつこうが何しようが自由だ。テスト勉強のために遅くまで起きてたのが悪かったのかほんの少し目を瞑っただけでゆっくりと意識が落ちていくのがわかった。


 ふ、と気が付いたのは既にあたりが薄暗くなった頃だった。もう少しで見回りの先生がやってくるだろう。今日のペアの子が休みだったし、やっぱりあれから誰も来ていなかったのが原因でぐっすりと眠ってしまってたみたい。
 同じ体勢で寝っぱなしだったのが原因なのか首と肩がガチガチに固まってしまっている感が否めないけど自業自得である。


「……あれ」

 うーん、と伸びをして帰る準備をしようと隣を向いた時だった。そこでようやく私は一人じゃなかった事を知る。
 あまりにも驚き過ぎて声が出なくなってしまった。ヒッと思わず息をのんでしまったけどこれは私も悪くはない。


 何で隣に獄寺くんが座っているのか。

 私とは違って椅子に腰掛け腕を組みながら俯いたその姿からどう見ても眠っているのがわかる。いやでも、…いつの間に。流石に私だってドアが開けば飛び起きただろうに彼は静かに入ってきたのだろうか。
 本を借りるつもりでやって来て私が眠っているから起こせなくて?…それならあまりにも失礼なことに顔を青ざめさせたもののこの場でどうして良いのか私は分からなかった。本ではこんなシーン見たことないんだもの。よくある恋愛小説なら似たようなことが書いてあるかもしれないけどあくまであれは美男美女の両片思いな話であるという大前提なわけで今回私が置かれている状況はどれにも当てはまることはない。あ、獄寺くんが綺麗な男の子って言うのは合っているにしても、だ。


「…獄寺くん?」

 呼びかけても応答はない。
 もしかして随分と待たせてしまったのかもしれない。改めてまじまじと見ると本当に何で私みたいなのに話しかけてくれているのか不思議になるぐらい格好良い人だ。思っていたよりも断然大人しいし。私はてっきり熱血系の不良かと思っていたけど。

 相変わらず煙草の匂いはするけど流石にこの図書室で吸っていた形跡もなくどうしたものかとものの数秒。とりあえず起こさないと結局先生に叩き起されることになる。それは非常に申し訳ない。


「獄寺くん起きて」

 ポンポンと腕を叩く。あまり男の子と話すこともなければ触れることなんて早々ない。図書委員なんてやってなかったらもっとこんな機会がなかったに違いない。
 これでもまだ眠っているのかとその寝顔を覗こうと屈むと不意に獄寺くんの瞼がパチっと開く。そこに寝ぼけたような様子はなく、まるで今まで起きていました、とでも言うような見事な覚醒っぷりに動揺した。
 クアアと大きな欠伸をひとつ、立ち上がった獄寺くんはやっぱり私の思った通り借りたいのであろう蔵書を一冊こちらへと寄越す。どうしても今日借りたかったのだろう。本当に申し訳ない気持ちになりながらすぐに貸出処理を終えると先日と同様一緒に図書室を出た。

 辺りはすでに真っ暗になっていた。廊下も一応電気はついているものの教室は全て消灯されていて何やら薄気味悪い。施錠した後はそのまま何かと話すこともなく職員室までついてきてくれて外のライトを頼りに運動部が練習している中ゆっくりと歩いていく。


「ミョウジ先輩、流石にあそこで寝るのはやめた方がいいっすよ」
「ご、ごめんね…迷惑かけちゃって」

 本当に、ごもっともな意見に私は項垂れるしかない。先日から何とも年上らしからぬところばかり見せているしこれでは副委員長としての威厳どころか呆れられるに違いない。でもまあ唯一助かったのはその口調にあまり怒りは感じられなかったということか。
 何だかんだ私は現金な人間らしい。会えてよかったな、とか思ってたとかバレたら怒られそうだけど。とぼとぼと歩いている中、オレは別にいいですけどというお決まりというか優しい言葉をいただいてモテるんだろうなあと羨ましくもなる反面あまりそうであってほしくないと思ったのは歪んだ乙女心ってやつです。


「…あんな状態、狙われても仕方ねえから」
「ん?」
「じゃあまた明日」

 何だか穏やかではない言葉が聞こえた気がしたけど獄寺くんはそれ以上説明してくれるつもりはないらしい。
 中身のない雑談を交えながら歩いていると何だかんだ、マンションの前まで送ってくれたんだけど彼の家ってどこなんだろう。間違いなく今歩いてきた道を引き返しているのだから反対方向なんだろうけど。遠いのだろうか。というか、


「…やっぱり紳士、だなあ」

 クラスの連中には見習ってほしいと思うよ切実に。獄寺くんの背中が見えなくなるまで私はぼんやりとマンションの前で突っ立っていた。



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