君の横顔は僕を染めた


 どうにもフランは僕の態度が気に入らないらしい。ナマエをどうしても呼びたいと駄々をこねていたかと思えば今度はこれだ。あまりにも振り回せば嫌われるということをこの子どもはまだ全然分かってはいない。……それを利用しようとする僕も僕?クフフ、何とでも言えばいい。
 ナマエが家に電話しに行ったかと思うと今度は代わりにクロームが部屋に入ってきたが彼女も大概にして人見知りの部類だ。特にナマエに話しかけに行くこともなく、僕の隣で大人しく座ったままナマエに気を遣われ料理を分けたものを受け取り、静かに食べていた。

 僕が特別招いたと知った彼らは気を使ってかかわるがわるナマエの傍に行くが、そもそも僕がそこへ出向きたいと思っている。そんな事を彼らが知る訳もないだろうが代わりに僕は遠慮なくジッとナマエを見ていた。
 ただでさえこの僕が要らぬ邪な感情を抱いているというのに、本当は横に行きたいと思っているのに彼らはそんな負の感情をよっぽど増幅させたいらしい。
 改めて見れば見るほどに、普通の人間だった。何故彼女が気になるかなんて、何故彼女に近付く彼らに苛立つかなんて僕は感情論はほとほと苦手だ。そう感じてしまったのだからそうなのだろう。間違いなく今の僕は犬の口についたものを拭っているのを見て苛立っていた。

「――骸さま怒ってる」
「僕が?そんな、まさか」

 クロームに心中読み取られるまであからさまだというのにか。しかしそれもきっとナマエの所為なのだ。それ以上クロームは何も言わなかったかと思うと皿を空にした後、ゆっくりと立ち上がった。
 何か料理を取りに行くのかと思えば突然そのままナマエの腕を掴む。驚きに目を見開く彼女、「何すんら!」とちょうど彼女と話していた犬が憤っているもの何も言うこと無くぐいぐいとこちらに引っ張ってくる。
 何と強引。なんと、自由なことか。この中では恐らくフランか彼女ぐらいしか実行は出来なかっただろう。オドオドとしながら僕の顔を見たもののそのままナマエをクロームと僕の間に座らせた。まさか、クロームは僕のことを気遣ったのか。

「えっと、」
「あなたと仲良くしたいの」

 …よく聞きなさいクローム。僕が、なのです。君がどう感じたのかは分からないがそもそも僕が彼女と親睦を深めたいのであって…まあ、良い。楽しげに笑うその姿を見るのも悪くはない。
 最初は僅かに人見知りをしていたのか、遠慮している節も見えたが徐々に緊張が解けていくその様を間近で見れるのもいい経験だ。


 夜、8時。僕たちと違い帰る家があるナマエを見送る為にここでフランの誕生日パーティーは終えることとなった。そもそもこれをしようと言い出したのはクロームだったがまさか皆がここまで積極的に、さらに言えばナマエを本当に連れてくるとは思ってもおらず彼らの行動力には感心せずにはいられない。
 まずはナマエを餌にフランを黒曜センターから引き離しその間に彼らが準備をし、それから今度はフランを餌にナマエを呼びつける。犬の行き当たりばったりに近い計画がまさか成功するだなんて誰が思っただろうか。唯一予想外だったのはナマエが自分の意志で、自分の足で此処へ来たことだ。犬にはタクシーでも使うと良いと言っておいたもののまさか自転車で来るなんて意外と行動力もあったらしい。

「ミーもうお腹いっぱいですー…」

 うとうととしているフランがどうしても見送りたいと言うものだから何故か僕が背負う羽目になり、他の人間には後片付けを命じると暗い旧国道の道を2人並んで歩いている。
 カラカラカラ、自転車のタイヤの回る音。
 今日は楽しかった、ありがとう、と微笑む彼女は前を向いたままで、しかしそれで良かったと思う。そうでもなければこうやってまじまじとナマエの顔を見ることは出来なかっただろう。

「犬くん、意外とああいう場好きだったんだね」
「そうでしょう」
「千種くんもトランプ強かったし。あ、これは見たままってところだけど」
「ええ」
「あと、クロームは意外と食べるんだね。あんな細いのに羨ましい」

 どうやら、随分と仲良くなったようで。ならばこれからもまた何か呼べば来てくれるだろうかと彼らですらナマエを呼ぶこむための布石になるのならばそれでも構わなかった。しかし、少しだけ面白くないと感じたことも確かなわけで。

「ナマエ」
「なあに?」
「僕のことも、名前で呼んでもらえませんか」

 隣で歩調を合わせていた彼女は、ピタリと足を止まった。それに気付き僕も数歩先で止まって振り返る。
 彼らがそう呼ばれているのであれば彼らよりも長い期間一緒にいる僕の方がそう呼ばれていたって不思議ではないだろう。極めて自然に言えたはずだった。この、少し緊張した様子が伝わることもないはずだった。
 …それほどまでに嫌な申し出だったのだろうか。嫌がられてはいないと自分の自惚れだったのだろうか。ただ本当に、純粋にフランの面倒を見ようとここまで来てくれていたのだろうか。そんな疑問を抱きながら彼女の姿を見据える。
 暗い道は残念ながら彼女がどんな表情を浮かべているのか詳細に教えてはくれない。しかし、

「…むくろ、くん?」
「!」

 おずおずと呼ばれたそれが、何とこそばゆいことか。
 この名前を特段気に入っているという訳ではない。しかしナマエにならば。彼女にならば何度も呼ばれていいと思う程に、今の僕は浮かれている。



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