弾ける5秒前


「…ねえフラン、ここで間違いないの?」
「そうですー間違いないですー」

 完全に、間違いなく私の記憶の通りだった。特に綺麗なマンションが建っていたというわけではない。一度更地になり家が建っていたという訳でもない。私が小さい頃、親に連れられてやってきたあの黒曜センターが廃園になった日を覚えている。それがそっくりそのまま。保存されていたというよりは放置されていたというなその寂れたところに止まり、流石の私もフランを自転車の後ろに乗せたままどうしたものかと足を止める。

 ここに人間が住めるというのか。フランが自転車から降りポケットから正門の鍵を取り出しガチャガチャとするとあっさりと開く錠前。…疑った訳ではないけど本当に、そうなんだ。

「どうぞー」
「ええっと、…お邪魔します」

 取り敢えず誰が居るのか分からないけど家族に引き渡すまで面倒を見なければと責任感。自転車ごと敷地内に入り鍵をかけると軽快に走り始めたフランの後ろを追う。

「ナマエはここ知ってるんですかー?」
「小さい頃に遊びに来てたよ」
「へー」

 ここには夢があった。
 楽しみが、幸せがたくさん詰まっていた。動物を見るのも好きだったし、色とりどりの花を見るのも好きだった。遊園地にはそんなに興味はなかった大人しい子どもだったけど、映画もあればボーリングもある。結局何をするにもこの黒曜センターにくれば全部が揃っていた所為で結構来ていたと思う。
 そんな夢の跡は経営不振というリアルな問題に打ち負けた。あの時には気付かなかったけど、道も新しく出来てしまったので旧国道沿いにあった黒曜センターの前を通る車も随分減ってしまったのが要因なのだろう。
 歩きながらそんな事をしみじみと考えてしまうのも、私があの時より成長した証拠だろう。懐かしいなあ、という気持ちよりも何だか切なくなってしまう。

「着きましたー」

 ようやくフランが足を止めたのはその夢の跡でも更に奥、ヘルシーランドのところだった。
 他のボロボロの施設とは違い、ここは心なしか綺麗にされているような気がする。施設の窓ガラスはところどころ割れているにも関わらず地面にはそんなものが見当たらなかったり、何より奥には仄かな明かり。

「どこ行ってたの」
「あ、千種兄さん」

 柿本くんもお兄さん、ね。
 血は繋がってなさそうだけど人には人の事情があるのだし何も突っ込むまい。ちなみに柿本くんは顔こそ一方的に知っているものの完全に初対面だ。城島くんとも話したことがない。樺根くんとして学校にいる際は隣にいなかったような気がするし、…あ、そもそも嫌なこと思い出しちゃった。

「…お前は」

 彼、――不良では。
 あれ、どうしよう。殴られる?怒られる?不良って縄張り争いしてるイメージだけど、合ってる…?というかフランが住んでいるここに柿本くんがいるってどういうことなんだ。

 だけど柿本くんは私の顔を見たきり何も話すことはなかった。くるりと私に背を向けそのまま奥へ戻ってしまう。

「ナマエ行きましょー」
「え、私はもうここで帰るよ」
「そんなことしたらミー怒られますー」
「…誰に」

 だめだ、ちょっと期待している自分がいる。
 でも…だって、ここに柿本くんがいるのであれば。フランがお兄さん呼びしている彼がいるのであればきっと城島くんだってここにいるだろう。つまり、だ。ここの奥には六道くんも居るんじゃないかと思うのは当然なわけで。
 男の子の家に遊びにいった記憶はほとんどない。果たしてこの黒曜センターが彼らにとって家に値するのかは分からないけど根城にしているのは間違いないだろう。その間にも断りきれずフランにぐいぐいと腕を引っ張られ奥へ奥へ。

「ナマエ、今日は何日か知ってますー?」
「え?…ええっと、6月6日、だったっけ」
「良いこと教えてあげますー今日はミーの誕生日ですー」

 何事かと聞き返す間もなく踏み入れた広間。そこだけはどうにも廃墟らしからぬ様子で、部屋の真ん中にある大きなテーブルに並べられた豪華な料理、どこからか聞こえてくる優雅な音楽。部屋の壁には”おめでとうフラン”と祝われた言葉。
 …もしかしてフランが城島くんに連れていかれたのってこの準備をするためだったのでは。その為に遠ざかれたということは、

「おいフラン!お前何で一人れ先に帰っ……んあ?」
「あっ、お、お邪魔してます」

 やっぱり。フランを迎えに行ったつもりなのに居なかったらびっくりするよね。というか私でも自転車で大分時間かかったはずなのに城島くんはどうやって学校まで移動したんだろう。
 非常に申し訳ない気持ちになりながらペコリと頭を下げると彼もどうやら私の事を知っているらしい。特に何も言うことなく部屋の真ん中にあるごちそうを見つけたと思えばもう私のことも眼中になくなったようで、涎を垂らし始めていた。

「よく来ましたね、ナマエ」

 期待は、願望は、想像はあっていた。六道くんは一番奥の大きなソファに座り、長い足を持て余し寛いでいる。皆の親御さんは見当たらない。
 ここはやはり隠れ家的なところなのだろうか。私の事を見ても驚いた様子もなく、寧ろ分かっていたようなそんな口ぶりに不思議に思いつつフランを連れたまま六道くんの前に立つ。

「ごめんね、大事な日にお邪魔して。無事にフランも送り届けたしこれで帰るから」
「それじゃ何の為に呼んだのか分からないじゃないですかー」
「え」

「クフフ、フランはナマエの事を気に入ったみたいでね。是非。ナマエにも祝っていただきたいとのことだったんですよ」
「…私、プレゼントとか用意してないよ?」
「ミーはナマエと一緒にいれたらそれでいいですー」
「ということですので、どうか是非」

 気が付けば私の座る席も用意されている。…元々、そういうつもりだったのかとこれも、期待していいのか、な。
 親に遅くなることだけを連絡するために廊下へ一旦戻ってカバンから携帯を取り出す。

『デートもほどほどにね』
「友達の誕生日パーティだから」
『プレゼントなんて持っていってないでしょう』
「……」

 我が母ながら恐ろしく見ている。
 何とかそこも誤魔化して通話を切ると静かな廊下にトタトタと小走りの音。城島くんも柿本くんも、六道くんもフランも部屋にいるのにまだ誰か居たのだろうか。なら私の知らない人であるに違いない。挨拶をしなきゃとその物音をたてた人がこちらにやってくるのを待つ。

「あ、こんば」

 私の掛けた声なんて全く気にするまでもなくすれ違う誰か。いや、一瞬頭を下げられた気もしないでもないけど明らかに私を避けようとしたようにしか見えず。

 明らかな拒絶。そう捉えても仕方ないだろう。

 一切歩みを止めることなく遅めることもないその人はそのまま私が出てきた部屋へと入る。「おせーよ」城島くんの怒る声。やっぱり彼女も仲間らしい。
 どうしよう、非常に困った。入りにくい。だけどここで帰るのは流石に失礼すぎるわけで。

「ナマエ、ミーお腹すきましたー」
「あ、うん、ごめんね」

 今日の主役!と書かれたタスキを斜めに提げたフランに迎えに来てもらえるまで結局動くことは無かった。部屋の光の眩しさに思わず目を細め、フランに促されるままに隣に座る。

「おめでと、フラン」
「来年も是非来てくださいー」
「そうだね、今度はプレゼント買っておくね」

 来年はお呼ばれしなさそうだけどね。一緒にケーキを口に運びながら何となくそう思った。
 私とフラン、それから六道くんたち4人。何だか入り込めないような空気が感じ取れてしまう。元々結束力のある三人だとは思っていたけど最後のひとりを知らなかった。変だな、同じ黒曜制服を着てるはずなのに彼らと違って目立たなかったのだろうか。
 六道くんの横に座る彼女に何を思うわけでもない。元々部外者だったのは私だ。関係ないのは私の方で、少し近寄れたと思って、彼の一端を知れたと思ったらこれだ。

 諦めはいい方だ。それでいて踏ん切りがつけにくい。だけどここはあくまでもフランの誕生日を祝う場であることは忘れてはならない。祝ったら帰ろう。
 明日変わらずやって来る日々に何ら変わりないけれど、

(ただ、まあ、儚い恋だったなと。)



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