フリー・ラブ・フォール


 フランの誕生日は6月6日。それは覚えた。携帯の使い方を知っていたフランが誕生日パーティで楽しんでいる最中に私の携帯を奪ってカレンダーに登録してくれた。ついでに皆の誕生日まで入れてくれて、実のところカレンダーなんて機能を使ったこともないんだけどこれはこれで便利だなと見ていたところで私はとんでもない事実に気付く。
 その3日後、9日。ろくど、…骸くんの誕生日であることに。

 もっと早く携帯見ればよかった…!

 なんて後悔したのが昨夜、7日。いや、どうせ6日に教えてもらったところで何も変わりはしなかっただろうけど少なくとも今一度骸くんの好きなものだったり、ほしそうなものだったりを考える時間は1日ぐらい伸びたわけで。それならば友達に相談する時間だってあったはずなのだ。

「…どうしてこうなったのか」

 クロームは、骸くんの恋仲ではないらしい。というのは何故かそれもクロームが力説してきたもので「あ、そうなんだ」とその勢いに飲まれて頷いた。そう返すしか出来なかった。…もしかしてあの一瞬で、私が骸くんのことを想っていることに気付いたのだろうか。女子の勘ってすごい。
 とまあそんな訳で大分と気が楽になり、儚く終えたはずの恋がかろうじてまだ息をしていることに安堵している私がいる。でもだからといって実っている訳でなければ当然ながら骸くんの誕生日プレゼントが決まったわけじゃない。いや、そもそももしかするとそういうの受け取らない人なのかもしれない。
 ”樺根くん”だったら、とりあえずにこやかな笑みを浮かべながら受け取っただろう。だけど私が、…私だけが知っている”六道骸くん”ならばきっとそんなことはないだろうと思ったのはどうしてなのか自分でもよく分かってはいなかった。何だか他の人たちよりも骸くん達のことを知っていて、仲良くしているって思うとちょっと優越感を覚えてしまうのは性格が悪いとは思っているのだけど。

「おや、今日は来ないと思っていました」

 骸くんは、その当日も変わらずに生徒会室に居た。あの中でボス格はどうみても骸くんなんだし今日こそ彼がメインのパーティーなんかがあっても可笑しくないと思っていたのに。私がドアを開け、視線があうとにこやかに笑みを浮かべ手元の本をパタンと閉じる。蒸し暑い季節だというのに黒曜の夏服を綺麗に着こなし、ネクタイをきっちりと結んでいる。他の子だったらこうはいかないんだろうなと廊下ですれ違った男子生徒たちを思い返しながら彼を見ずにはいられない。足が長すぎるのだろうか、ちらりと見えるくるぶし。女性なら誰もが羨む白い肌だ。私なんて健康的に日焼けしていて是非欲しいと思わずにはいられない。なんて私の小さな羨望なんて知る由もない彼は至って、いつもの骸くんだった。まだ帰る様子は、みられない。

 …いや、フランの時も確かしばらく此処に居たし、用意する時間も必要か。
 ならば早いうちに渡してしまおうと私は鞄を机の上に置いて奥にある冷蔵庫へと走る。この冷蔵庫は生徒会の特権、というやつだ。職員室で使っていたものだけど大きいものを買うということで譲り受けたこれは、確かに小さなものだったけど目的のものを冷やしてくれるには問題なく動いてくれる。

「はい、骸くん」
「…これは?」
「開けてみて」

 知っているのか知らないのかはわからないけれど、隣の学区の並盛にはなかなか有名なケーキ屋さんがある。私的におすすめなのはベイクドチーズケーキなのだけどこの前のフランの誕生日パーティーの時に犬くんが彼の為にチョコレートケーキを渡していたのを私は覚えていた。意外と甘いものが好きらしい。
 無言のまま骸くんは目を見開いていた。初めて見る顔に思わず心の中でガッツポーズ。本当は駄目なんだけど昼休憩の時に猛ダッシュで走ったのだ。お陰様で昼一番の授業は一人汗だくだった訳だけど、彼のそんな表情を見れたのならば頑張った甲斐があった。「これを、僕に?」驚いた声も、なかなか。

「誕生日おめでとう、骸くん」
「…知っていたのですか」
「フランに教えてもらったの」

 そうですか、と言った骸くんは箱の中から丁寧にケーキを2つ取り出した。一つは私のベイクドチーズケーキ、もう一つがチョコレートケーキ。有名なチョコレートドリンクも買っておこうかと考えたけどお昼から放課後まで放置しておくと味も変わっちゃいそうな気がしてやめておいた。
 自販機で買ってきたコーヒー、それからフォーク、皿を横並びで2つ。どちらでもどうぞと言われたけれど私が選ぶのはベイクドチーズケーキであり、骸くんに食べてほしいのはチョコレートケーキだ。当たり前のようにそれを取ると、やっぱり驚いた顔。

「黒曜センターで今日もパーティーあるの?」
「いえ、僕はああいうのは好きではないので」
「そっか。じゃあ買ってきてよかった」

 彼らの分はまたいずれ、黒曜センターの方に直接届けさせてもらうとして。
 「イタダキマス」手を合わせ、久しぶりのケーキを堪能する。…本当に、美味しい。今日は時間が時間だったからがら空きだったけれど夕方や土日になればそこそこ人は多い。黒曜にもチェーン店を是非出して欲しいところだ。2口目、3口目。美味しすぎてひょいひょいと口に運んでいると骸くんが楽しげにこちらを見ていることにようやく気付く。

「ナマエは幸せそうに食べますね」
「…美味しくて、つい」
「良いことだと思いますよ。でも僕にも一口ください」
「え、」

 4口目、私の口に入る予定のものは骸くんの口に消えていった。私の腕を掴みフォークに刺さったケーキを口に運ぶまでのその所作は流れるようで、男の人だというのにとんでもない色気を放っている。ぺろりと口端についたクリームを舐め取り、「なかなか」と一言。そりゃそうでしょう。私のお気に入りだもの。なんて声にも出やしなかった。

「チョコレートケーキ、食べますか?」
「あ、じゃあ一口ちょうだい」

 流石に夢は見すぎていない。望みすぎてもいけないと分かっている上にそんなことをされればぶっ倒れてしまう。
 だというのに骸くんは当然のように私の腕を掴んだまま、自分が使っていたフォークで大きめにケーキを削り、私の口の前まで持ってきた。これは、もしかしなくとも。ちらりと見たけど骸くんは至って真面目な顔だ。ついでに腕を持たれたままだとそのフォークを取り上げて自分で口に運ぶということすら出来ない訳で。

 ええいどうにでもなれ。

 今日だけはきっと、特別なのだ。骸くんが好きなケーキを持ってきたご褒美的な感じなのだ。そう思い込むことにして口を開くとすぐさま放り込まれるチョコレートケーキ。久々に食べるけど相変わらず濃厚な味だった。これもやっぱり美味しい。もぐもぐと咀嚼しているその最中でも骸くんは私の腕を離すことはない。もう一口くれるつもりなのだろうか。ならば早く飲み込まなきゃ。そんな食い気を先行させ慌てて咀嚼していると「ところで」と小さい声。

「ところで、僕は君が好きなんですが」

フリー・ラブ・フォール


 突然チョコレートケーキの味が、消え去った。目を真ん丸にさせるのは私の方。とうとう口も手も、声も出なくなったのをしっかりと見た骸くんは楽しげに私を見るばかり。嘘か、はたまた冗談か。そのどちらでもないなんて分かってしまう辺り私もお花畑思考であったに違いない。

「おや、てっきり気付いているものかと」
「……いや、あの、初めて…知りましたけど」
「クフフ、戸惑う君も悪くない」

Happy Birthday!



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