届けと、これで何百回目


 ミョウジナマエは戦う力もない、ただの一般人だ。
 彼女と出会ったのはいつだったのか僕としてもあまり記憶にはなかったが気が付けば生徒会室に一人いたというところだったろう。初めて沢田綱吉の身体を乗っ取る為にこの黒曜へと赴いた時に黒曜中学の調査は当然徹底的に行った。使えるだけの情報網を利用し、結果生徒会長として一人面白そうな男を見つけ、僕はその男を堕とすことで生徒会長代理として君臨することとなる。
 その名前こそ樺根。六道骸という名前は当時先輩へと名乗らせていた為に僕は偽名だったがそれも生徒会長代理になってからは用済みだった。あとは先輩を使いあちらの六道骸が不良共に命令し、黒曜ヘルシーランドへと使い捨てのコマとして見張りをさせていた。もっとも、不良共は雲雀恭弥により全てが台無しとしまっていたのだが。

 結論から言えば黒曜中学に使える人間は一人たりとも居なかった。精々不良が多く多少は結束の固い連中だったということぐらいか。
 そんな中、生徒会には既に職務を放棄した人間とは別に1人勤勉な女学生がいることに気付く。その生徒こそがナマエ。

「君が新しい生徒会長?」
「代理の樺根です。よろしくおねがいしますね、ミョウジさん」
「よろしく」

 心の底からどうでもいい時の返答はだいたいにしてこんな感じなのだろう。こちらを警戒している訳ではない。こちらを疑ってかかっている訳ではない。ただ興味がないのだと。
 それがキッカケなのかと聞かれればそうなのかもしれない。兎にも角にもそれ以来彼女の存在が何処と無く気になっていたというのは間違いなかった。といってもその後は復讐者の牢獄へと入れられたり色々振り回された結果、数ヶ月黒曜を留守にしていた訳だったが。

「あ、樺根くんおかえり」
「…ただいま、戻りました」

 学校に再度行こうと思ったのはその彼女に再度相見えたかったからだった。その時に六道骸として戻ればよかった。犬も千種も通わせ、クロームも並盛へ一度通わせたものの彼女の意向で此方へ戻ってきている。
 そして戻ってきて、生徒会室に足を運んだあの時。扉を開きその先で本を読んでいた彼女は僕の記憶の通り愛想笑いをすることもなくただ事務的にそう言った。驚いたのはこちらの方だ。おかえりだなんて言われたことはなかった。まさかそんな反応をされるとも思っていなかったし、誰もいないだろう生徒会室に彼女がいるとも正直思ってもみなかった。

「僕の本当の名前は六道骸といいます」

 何故、彼女にそれを伝えたのかも自分でもよく分かっていなかった。咄嗟に伝えてしまったというのが正直なところだ。ただはっきりとしているのはその返答に対し瞠目したものの彼女の態度が全く変わることがなかったということ。
 彼女に向いた、最初は些細な好奇心がやがてもっと大きなものに変化するまで然程かからなかった。寧ろ戻ってきてから余計にそれが加速する。
 もっと知りたい。もっと話したい。触れたい。――僕にそんな感情が、欲求が湧く日がくるだなんて思ってもみなかったが身体は、心は如何せん正直であるらしい。

「師匠ー今のが師匠のお気に入りですよねー」
「お前、まさかそのために?」
「何かー普通すぎてびっくりしたというかー」

 この愚弟子にも困ったものだ。ふと先日ナマエにつけられた絆創膏がキャラクターものであることを目ざとく見つけたフランが何だかんだと聞いてきた時も驚いたものだがまさかそれだけの為に黒曜センターを一人飛び出し学校近くの公園までやってくるとは。それにしても彼女があそこを通りかかり、尚且つ話しかける確率なんて低いというのに悪運は強いと見える。…いや、彼女の運が悪いのかもしれないが。
 驚いた彼女の顔は初めてみるものだった。案外、悪くない。フランに追い詰められているような所を見た時は流石の僕も慌てたものだが僕が目の前になるとほんの僅か、安堵したように見えたのは気が付かなかったことにしよう。まるで僕だと安全だと思っているようだ。だからこそ少し悪戯混じりにあんな事を仕掛けた訳で。

「でもあの人いい匂いしますねー」
「……」

 たまには良いことをしたと褒めようと思ったがこれは前言撤回。帰ったらフランには修行メニューを倍増させて与えておきましょうか。黒曜センターからもう出る余裕もないぐらいに。
 そんな僕の思惑に気がついたのかそそくさと逃げるような様子も見えたものの逃すはずはなく林檎の帽子をグッと掴み僕たちは黒曜センターへと足を向けるのだった。



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