ここまで来たら神頼み


「ミーは師匠を迎えに来たんですけどー」
「うーん、師匠、ねえ」

 どちら様の事を言っているのかさっぱり分からず林檎の帽子を被った男の子と一緒にブランコを漕いでいた。あれ、何でこんな事になってるんだっけ。

「ミーの名前はフランですー」
「ミョウジナマエです」

 ああそうだ見たこともない子がひとり公園に居たから声をかけたんだったか。かなりフリーダムな子だった。会話が成り立っているようで成り立たず、砂で見事なお城を作ったりシーソーしてみたり。一応気になったから声をかけたもののこんな調子で結局師匠とやらが見つかることはなく。
 きっと迷子なんだ。だけど近くに交番はなく、かといってこんな小さな子を一人夕方の公園に放っておくのも何だか気が引けるわけで。お迎えが来るまで一緒に居るかあ、なんて判断して今に至る。

「フランのお師匠様ってどんな人なの?」
「怖い人ですー」
「怖いの?」
「ミーに修行を強制させてくるんですー鬼ですー」

 まだこんな幼い子に修行…一体何の師匠なんだろう。そもそも修行って何だ。私がフランぐらいの年の時に果たしてそんな単語を知っていたかと聞かれれば答えはNOだ。年の割にしっかりしているというべきか。

「ナマエはいい人ですねー」
「ん?」
「ミーがもし悪い人だったらナマエは今頃ペロリと食べられてますよー」

 ぺろりとねえ。言われたところで私のことを頭からガブリと噛み付くような人なんていないに違いないのに。そういう意味ならむしろフランの方が小さいし食べやすそうだな。…林檎だし。

「今つまらないこと考えたでしょー」
「つまらないとは失礼な」

 しかしこの林檎の帽子、何処に売っているのだろうね。フランの頭にすっぽりタイプなこれはこの子専用にも見て取れる。まさかその修行の先生の手作り…とか。そうであるならとても器用なことで。
 むぅ、と頬を膨らませたフランは私の返答じゃ気に入らなかったらしい。漕いでいる最中のブランコからペイっと飛び降りると隣のブランコに座った私の前に立った。綺麗な目と髪だ。六道くんもそうだし最近私の周りには随分と顔立ちの整った人が多い。2人漕ぎがご所望なのかとフランを見返しても何故か腰に手を当てたまま彼は一切動くことはなかった。

「もうちょっと危機感を持つべきですー」
「危機か…ってうわわわ!」

 何のことやらさっぱりだったっていうのに突然ブランコを垂れ下がるチェーンを持つ私の手を上から小さな手が重ね、視界いっぱいにフランの顔。それだけじゃ飽きたらずフランったら自分の林檎の体積すら考えていなかったらしい。
 ずいっと近寄ってきたものの林檎が私の額をぐりぐりと押し付けられる。

「気をつけた方がいいですよー狼はいつでもナマエを狙っていますからー」

 本当に、この子は子どもなのだろうか。じぃっと見下ろす目は、私の頬に触れる手は確かに幼い子のそれだというのに何処となく溢れる色気というか。つ、と頬を撫ぜるその手は。
 囚われる。何でそんな事を思ったのだろう。驚いて後ろに逃げようとしたのにフランが私の膝の上にどっしりと対面で座ってきたものだから動くに動けず。逃げられない。どうしよう。こんな年下の、まだ幼いと言っても良いような年の子が怖いなんて思ったのは初めてだった。「ナマエ」だけど唐突に聞こえたその声はフランのものではなくて、顔をあげてみれば。

「ここにいたのですか、フラン」

 さっき一緒に生徒会室を出たはずの六道くんがどうしてここに。鞄を片手に、腰に手をあてたまま訝しげにこちらを見ている彼は紛れもなく六道くんだ。じゃあねと黒曜中学の門の前で逆方面に別れたはずなのに。って今、フランの名前を呼んだってことはもしかしなくても知り合いってこと、で…?

「師匠ーどこにいたんですかー」
「お前が勝手に歩き回るからでしょう。ナマエが困っている、退きなさい」
「ちぇー」

 膝にかかっていたずしりとした重みがなくなり、フランは大人しく六道くんの隣へと立つ。同い年の子達のなかでも群を抜いて背が高い六道くんとフランが横並びするとまるで親子のような感じにも見えないこともない。元々15歳とは思えない落ち着きもあるし。
 …まさか実は15歳じゃなくて大人で、フランは六道くんの子ども?そんな邪推を彼はいち早く感じ取ったらしい。「違いますよ」と放たれる否定の言葉。

「じゃあ、師匠なの?」
「ええ、まあそういうところです」
「師匠ーミーお腹すきましたー」

 意外と面倒見がいいらしい。な、何だか拍子抜けしたというか。
 あの雰囲気から逃れられてよかったとホッと息をついたと思えば今度は六道くんがブランコに未だ座ったままの私の前へと立つ。ガシャンと鳴るのはチェーンの音。びっくりしてそっちに視線をやっているうちに頬に、鼻にあたる何か。視界には六道くんの髪の毛で、一体何が起こっているのだともう動くことは一切できず。この師匠にしてあの弟子か。そんな事ぐらいしか思うことも、出来ず。

「また明日お会いしましょう、ナマエ」

 耳元でわざわざ囁く必要はあったのか否か。びくりと身体を震わせると六道くんは楽しげにまたクフフと笑み、それからフランと共に去っていく。てててと六道くんの横を歩くフランがふとこっちを振り返りばいばいと手を振り、思わず私も同じことを返しながら顔が真っ赤であることにようやく気づいた。
 …君の師匠こそ狼ですよ。もちろんそんなこと、言える訳なかったけど。



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