始まりません終わるまでは


「俺に何しやがった」

 青筋を立てた爆豪が依里のクラスへとやって来たのはその翌日である。当然そうなるだろうとは思っていたので依里も大して驚くこともなく呼び出しに応じ、例の教室へと二人、足を運ぶ。組み合わせの問題なのか、はたまた雰囲気の問題なのかは不明であったが、周りからの視線が若干異様であるのは言うまでもない。どう思われているか少し気になりつつもずんずんと大股で歩く爆豪の後ろをしっかりと歩む。荒々しくドアを開け、その部屋に誰もいないことを確認すると、入れとばかりに無言の圧力をかけられ、依里が入ったと同時にドアが閉められた。そして、大きな音をたてながら依里の横の壁に手を付き依里を見下ろしたのであった。それから、先ほどの言葉である。
 この間、依里に逃げる隙は与えられていない。思わず拍手したくなるような手腕であった。さらにいえば現在、空き教室に二人の男女が居て、壁に追いやられている状況。これが所謂壁ドンと言ったものなんだなあと思ったが状況説明としてはそんな可愛いものではない。どちらかといえば恐喝に近いものがある。ドキッというよりはゾクッとするような。心臓が跳ねるというよりは凍りそうという表現をした方がほど近いような気もしないでもない。
 とは言え爆豪の怒りはもっともだろう。先日から散々な目にあったとすら感じているかもしれない。どうやら困っている一般人―言わずもがな依里のことだ―を助けてやったと思えば逆に迷惑そうにされるし、昨日はさらに個性を使うと言われ素直に手を出してみれば突然意識を失うし、さらにさらに目が覚めたら依里はいない上に手には奇妙なものがつけられている有様。名探偵でなくとも犯人は依里であると思うに違いない。怒る矛先を間違えてもいないし、聞くのは当然の権利だ。

(……まあ、普通の反応か)

 しらばっくれるつもりは最初からなかったのだがどう答えようかと口ごもった依里の目の前にバッと爆豪の手が広げられた。殴られるとは思っていないが流石に驚きはしてしまうので、依里は声を出すこともなくその手をじっくりと眺めることにする。
 つかまれたら依里の顔が隠れてしまうほどの大きな、分厚い手のひら。意外と真面目な性格をしているのだろうか、ところどころにマメや傷があって見た目とは裏腹にトレーニングでもしているのかもしれない。噂では個性は爆破だったと聞いているがここから発せられるのなら今すぐ消し炭にされてしまうだろうなとも思いながら、さらに視線を上に。そうして、ようやく見間違えることのない依里の個性が巻き付けられているのを探し出した。しっかりとした彼の小指についているもの、やや頼りげないそれは赤い糸だ。

「これが個性だってのか」
「そうだよ。…それ、誰にも見えなかったでしょう」
「……」

 無言ということは恐らく知らなかったのだろう。もしかするとこんなものを誰にも見られたくなかった所為で今の今まで隠し通そうと努力して一日を過ごしていたのかもしれない。そう考えると少しは可愛いところもあるのじゃないかとフフ、と笑えてさえしてくる。もちろんこの状況では逆効果で「笑ってんじゃねェわ!」と怒声が飛んでくるだけだったのだが。

「何なんだこれ」
「呪いだって言ったでしょう」
「そんな曖昧な話がしてェ訳じゃねえ!」

 ダン! と大きな音が耳元で鳴り、依里は仕方なしと言った様子で目の前の爆豪を見上げる。どうやら随分お怒りのようらしい。赤い瞳は細められ早く質問に答えろと言わんばかりにギリギリと睨みつけられていたが残念ながら依里にそんな威嚇は効果がない。その手の精神的に追い詰められる手法は悲しいことに慣れてしまったのだ。歳、未だ15。高校生になったばかりの人間では経験し得ぬことを依里は受け入れ続けたのだから。

「運命の赤い糸って知ってる?」
「……」
「あ、その顔は知ってるってことでいいかな。まあでも安心して、別に私と爆豪くんが結ばれるっていうことじゃないから」

 本来であればこの個性を使う際に説明を行うべきなのである。その後、合意の元に執り行うことが本来のルールだと依里も思っていたのだが昨日は如何せん自分も頭に血が上りすべてをほっぽりだしてしまった。しかし個性は成された。契約は交わされてしまった。それはもちろん対象者―つまり爆豪だ―がそれを良しとしてしまったからである。

「これはどれだけ離れようとも縺れることもなく、壊そうと思っても壊れるものでもないよ。もちろん燃やそうとしてもだめ。私と爆豪くんは昨日で共有者になったんだ」
「共有?」
「そ。ま、そんな難しいことを考えなくていいんだけどコレで共有しているのは”運”…幸運とか不運とかの運ね」
「アホくせ」
「それぐらいで思ってくれていたらいいよ。私も気楽だし。…まあ、それだけなんだけど」
「前からお前に言い寄ってた奴らもコレ目当てって訳か」
「そうだよ。母さんから継いだ個性だけど結構ご利益あるみたい」

 爆豪は意外にも飲み込みが早いようであった。適応力があるということなのか、とも思ったがどうせこの個性社会、いろんな個性があることは彼だって十二分に知っているだろう。だからこそ依里はこれ以上の説明を行わない。
 しばらくの間、爆豪はやはり自分の個性で糸を焼き切ろうとしていたのだがどうにもそれが叶わないことを改めて確認したようだった。何しろ、そもそも依里の個性である糸は爆破するどころか爆豪自身が触れることはないのだ。誰かに聞いたこともないのだが巻かれているという感覚すらあるかどうか定かではない。ただ目立つ。ただ目に付く。それが興味のない人間に繋がっていると思うだけで人によればリードに繋がれているとでも思うかもしれない。

「で、どうする?」
「は?」
「お望み通り個性は見せたでしょう? だから切ってもいいよ、ソレ」
「…切れるんか」
「私だけが切ったり外せたりするんだよ。あ、もちろん爆豪くんがその指を切り落としても外れるんだけどそういうのはまだ嫌でしょ?」

 個性のことに関しては誠実でいようと依里は決めている。もしこの時点で爆豪が自分の個性を受け入れず断ればもちろん今すぐにでも取り外すつもりでいた。当然だ、この個性はあまりにも厄介すぎる。爆豪に個性を使った時に自分で言った通り、――呪いであるとすら。個性を使うことを敢えて結ぶという表現にし、対象の相手のことを契約者と呼ぶような一線を引くことになるほどに、この個性は問題事を巻き起こし、依里を孤立させる。結果的に個性に浮かれることなく客観的に物事を測ることに長けてしまったのはそのせいもあったのだろう。
 しかし爆豪はそこで昨日のように素直に行動することはなかった。首を縦に振ることもせず、何度か拳を開いたり閉じたりはしたもののそれ以上何か言うこともなかった。それどころか、依里を睨みつけたかと思うとそのまま教室を出て行ってしまったのである。
 取り残された依里は今度こそ反応に困った。
 てっきり今すぐ外せと怒鳴られるか、或いは個性使用に関して文句を言われるかと思っていたのにたった一睨みだけで終えてしまったからだ。もちろん依里にそのような威嚇は通じない。残念ながらそういった脅しの類はこの教室で違う男に散々受けてきたからである。だからこそ、…だからこそどうしていいのか分からない。そういえば自分から誰かに個性を使おうなんて思ったこともなかったっけ。だからこんなに困惑してしまっているのだ。そう自分で思うことにして。

「……何なの」

 それが依里が唯一絞り出した言葉である。


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