夢覚めやらぬ世迷言


「個性、使ったんか」

 登校できるようになったのは寝込んだあの日から二日後だった。思ったより治りが遅く、熱が引かなかったのだ。心配性な両親にも止められたのでそれならばとゆっくり休むことにし、おかげで授業の遅れを取り戻すのは少し苦労することとなった。とは言え、最近はおかげさまでクラスに馴染んできていた為、ノートを借りるのはそう苦ではなかったのが幸いだったかもしれない。
 そして、その日の放課後。依里が登校したことをどうにかして知ったのか、エスパーを疑うタイミングでやってきた。依里は最初気が付かなかったのだが隣の席の子が「呼び出しだよ」と教えてくれたのでハッと振り返ると無表情の爆豪がポケットに手を突っ込んだ状態で依里を睨んでいたのである。そしていつものように、顎でしゃくられ、これまたいつもの空き教室へ。こちらもその態度には慣れたもので、特に不快感を覚えることもなく爆豪の後ろを歩む。爆豪は爆豪で依里がついてきているか確認のために振り返ることもなく、ただただ前へ前へ。そして教室へ入り雑にドアを閉めた途端の第一声に依里は思わず破顔した。予想通りだった、と。
 もちろん爆豪はなぜ笑ったのか理解していないので「何笑ってやがる!」と噛み付いてきたわけだが当然理由は話さなかった。教えたらもっと怒ってくるだろうと簡単に想像がつくからだ。が、これに関し依里に爆豪をからかうつもりはない。元はと言えばこれは依里が原因なのだ。あまり刺激しないようにさっさと笑みを引っ込めた依里は「違うよ」とすぐに否定した。

「これは本当にただの体調不良。……まあ、証拠とかそういったものはないから信じてくれとしか言えないんだけどね」

 爆豪が疑っているのは、また依里が個性を使い爆豪が知らないうちに運のバランスを変えたかどうかということだ。すなわち、爆豪の幸運、依里の不運。依里は約束通り個性は使っていないし体調不良は自業自得で、爆豪がその間とてつもない豪運を発揮したとしてそれは彼自身が持つ運によるものなのだ。自分の関与は一切ない。
 果たして証拠も何もないそれを信じてくれたのかどうか分からないが、爆豪の機嫌は一旦戻ったように見える。訝しげな表情はそのまま、しかしそれ以上に依里を責め立てるような質問も態度もとる様子はない。
 そう、今回は本当に依里が悪いのである。気が緩んでうっかり、と言うのが本当のところだが彼には自身の仄暗い過去を話すつもりはないし、かと言ってそこから少しだけ開放されたと感じて彼に感謝するのは気持ち悪がられるだろうと思う。だって彼は、彼自身は恐らく無頓着なだけなのだ。依里の個性にとんと無関心だし興味すらない。もし戦闘に使えそうな個性であれば手合わせやらそれに近い何かを求められたりしたのかもしれないが残念ながら全く無縁にあるのでそういったこともないだろう。

「心配してくれてありがとう」
「するわけねェだろ!」

 話を逸らす意図はなかったが、言うタイミングは間違えてしまったらしい。依里の言葉に被せるよう大きな声を出した爆豪は何を言っているのか理解もできないような、そんな表情でこちらを見やっている。そして、依里はこのやり取りに不思議と気持ちが落ち着くのであった。

 最近になって、ほんの少しだけ爆豪の性格がわかってきたような気がする。言動は目に余るものが多いが根本的なところで言うと、なんだかんだと真面目なのだ。そうじゃなければこうやってたまにとは言え依里の教室まで足を運ぶことなんてしないだろうし、またこうやって個性を使用したかどうかなんてあえて聞くこともしないだろう。
 真に無関心であるのならばそれこそ連絡手段一本持っているだけでよろしい。もちろんその時の連絡といえば毎日の他愛のない会話などではなく個性の契約を打ち切って欲しい旨の内容となるだろうが。
 爆豪はそのどれにも当てはまらなかった。友達、と呼べる間柄なのかは本人に聞かなければ怒られてしまうが、少なくとも依里からして見れば十分その枠に収まる。そう考えると、素直にうれしい。特に今回は熱が出て弱っていたせいなのか爆豪の変わらぬ接し方がとても懐かしく、やはりうれしい。安堵する、と言い替えた方がいいかもしれない。
 だってこの爆豪の言動は全て、まるで依里の身を案じてくれているようにしか思えないのだから。

「爆豪くんでよかった」

 個性の契約相手が。
 こうやって気楽に話せる相手が。

 そこまで自意識過剰ではないつもりだが、やはり依里の個性を狙った人間の目というのは見ればわかるものだ。明らかに商品のように、と言うべきか便利なアイテムと言うべきか。依里個人ではなく、あくまでも依里の個性。その恩恵をあやかることだけを目的としているのだからかけられる声はいつも猫なで声だし、嘘くさい雰囲気を醸し出している。断れば当然、豹変する。ひどい人間だと手だって出る。そんな人間を数多く見てきた依里にとって爆豪という人間は良い意味でも悪い意味でも、なんと表も裏もない男だろうと感心さえしてしまうのだ。心を読める個性を持っていたとしても、彼の言動と気持ちに恐らくさほどの差異がないのでは無いかと確信している。また、依里だけではなく誰に対しても恐らく同じような態度であるに違いない。
 だから依里が口にしたのは決して世辞ではなく、紛れもない本心だった。出会ったことも、個性を結んだのも、こうやって続いて、気軽に話せる間柄になったのも、最近は個性関係で困ることがなくなったのもすべて爆豪との出会いがきっかけだったのだから。彼とではなければこんな平穏な生活を送ることはなかっただろう。

「…?」

 しかし爆豪からの返答はなかった。依里としては言いたかっただけなので別に何かしらの返事を期待していたわけではないし、いつものように『そうかよ』なんて軽く流されたって気にもしない。むしろそういうリアクションを思っていただけに、おやと疑問を感じ、改めて爆豪を見上げる。
 ふい、と爆豪は外を見ていた。そもそも依里の話を聞いていませんでした、とでも言うように。まるで何にも話をしていませんでした、とでも言うように。いつものような鋭い視線で、特に何もない景色を睨みつけている―――ようには、一応見えているのだが。

「…もしかして照れてる?」
「そんな訳ないわ!」

 そうやってなんでもないかのような表情を浮かべているくせに、耳が赤いような気がするのだが、それはこれ以上追求しないでいよう。
 何度も言うが、依里は爆豪に感謝しているのだから。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -