たいした話はないけれども


 5月5日、祝日。
 ロールが雲雀さんのペットであり、雲雀さんの持っている力から作り出したものであると聞いて信じられるものかと思ったけど実際ああ言うのを見てしまうと納得するしかなかった。
 マジックかと聞きたかった。だけど雲雀さんがそんな器用なことができるようには見えないし何よりその目は全く笑ってはいなかった。意外と適応力があるんだねと褒められたもののそれ以外どうしていいのか私にはわからないというのが本当のところだった。

 だって生きていることに違いない。

 ロールに意志があることも、間違いないのだ。その、…生きるための原動力が雲雀さんの力であること。それとこの前弱ってしまったのは私を守って不良の手に弾かれてしまったことが一番の理由ではなく長い時間活動していたから限界がきていたこと。それだけが分かれば十分だったのだ。

『明日、もし時間があればおいで』

 完全に取り乱してしまった私を抱きしめてくれた雲雀さんの顔を間近で見ることが出来たのは奇跡に近い。引き留めようとしてくれただけだとは分かっている。面倒事が広がらないように手っ取り早く行動に移しただけだと分かっている。自惚れちゃいないし、外部にバラされたら問題もあるだろう。
 今日呼び出されたのはそういう口止めをされるのだとぼんやりと思って、…それから、こうやって会えるのは最後なのだろうと何となく予想していた。

 黙っていてごめんねと謝られたのは多分私が動物を好きだと思ってくれていたから。
 ペットだと信じたまま終わらせる予定だったのにあの日のような予想外のことが起きてしまったから。そう考えると私は随分、雲雀さんの優しさにつけ込んでいたのだと申し訳なくもなった。

 大丈夫です。絶対、口外しません。

 …よし、ちゃんと言える。ちゃんと話せる。家でも何度も練習した言葉。短いけどそれだけできっと伝わる。今日ここで泣いちゃダメだ。面倒だと思われちゃダメなのだ。そうじゃなければ私は唯一の風紀委員という共通点からも外されてしまう。大丈夫、今までだって何も言えず、何も出来ずにやって来たのだもの。今日もそれと変わりはしない。

 息を大きく吐いて吸って応接室の扉をノックする。

「失礼します」

 小さく声をかけてノブを回すといつものように雲雀さんは大きな机で仕事をしていた。ちらりと私の姿を確認すると「やあ」とペンを置く雲雀さんはソファに座るよう私に指示をする。
 言われた通り座るとギシリと僅かに沈む柔らかなソファ。向かい合わせで座ると思いきやまさかの隣に居るだなんて誰が思うだろうか。ずいっと伸ばされる手。いつも敵を見つけては獰猛な肉食獣を連想させる瞳は穏やかで思わず見とれてしまうのも仕方ない。

「泣いてないね」

 触れられる頬。…分かってる。そういうつもりじゃない事なんて。
 だけど思わず、反射的に顔が赤くなるのは仕方のないことだと思う。こんな状況で何の反応もできない女の子なんて、世界に誰一人としていないに違いない。

「……あの。最後に、ロールに会いに来たんですが」
「うん」

 その視線から逃げるように話を変える。
 ロールはそこにいなかった。私の頬に触れていた手がするりと離れ、手に込められる力。雲雀さんの視線を追うようにして私もその大きな手を見た。そこにチリリと現れたのは薄ぼんやりとしか見えなかったけど紫色の炎で、怖いけれどとても綺麗だと思った。
 どうやらロールは、その雲雀さんの装飾品の一部だったらしい。その原理とかは何もわからないけれど元々何もつけない雲雀さんに突然装飾品が増えた理由を、今、こういう形で知るとは思わなかったな。ロールはそのまま雲雀さんの手から生み出され私の手の上へとやってくる。

「ロール、あの時は助けてくれてありがとう」

 キュイキュイと鳴くロールはいつもと変わりなかった。怪我も見当たらず元気そうだった。あまりにも嬉しくて雲雀さんの前だというのに立ち上がってロールを抱きしめくるくると回る。

 良かった。本当に良かった。生き物だけど生き物じゃない。不思議な感覚だけどロールはロールで、元気いっぱいなハリネズミだ。昨日ぶりだというのに何だかとっても嬉しくて頬に擦り寄せるとロールも心なしか嬉しそうにそれを受け入れてくれた。本当に、頭がいいらしい。さすが雲雀さんの力というべきなのか。

「残念だな、もう僕に会いに来てくれないの?」
「……え」

 ピタリと私の動きが止まる。今、彼は何と。「嘘だよ」その後、すぐにクスクスと笑う雲雀さんの声。冗談を言う人だっただろうか。
 怖くて後ろを振り向くことができなかったけれどきっと怖い顔をしていない事ぐらいは分かっている。自惚れる。だめだ、また自惚れてしまう。でも。

「雲雀さんにも会いに来ます」
「じゃあまた来てくれるよね」
「え、あ、それも…もちろん」

 気が付けば応接室内の空気がふんわりとしている。さっきまで張り詰めていたのは私の緊張感からのものだったのかもしれない。

 ――…言うべきなのか。

 こんなチャンス、もう無いかもしれない。私の腕の中には、雲雀さんの力から生まれたという、雲雀さんの力で動いている彼。今なら、…今なら、言えるかもしれない。この状態なら、風紀委員から外されず聞いてもらえるかもしれない。
 大丈夫、今度の勇気はロールがくれた。私も玉砕覚悟で踏ん張らなければ。ゴクン、と大きく唾を飲み込んだ。好きです。そう言うだけ。そのままロールを置いて逃げればいい。大丈夫、その後は土日がある。このまま言い逃げ作戦だ。

 そう思っていたというのに雲雀さんは私の考えていることなんて読んでいたのかもしれない。私が口を開いたその瞬間、「それとね」と続く声。

「とっておきの秘密、教えてあげようかミョウジナマエ」
「はい?」

リトリート!


「その子、僕の気持ちと同調してるんだよ」
「!」

 ちゅっとほっぺたに当てられた冷たい鼻先。
 どういう意味か分かるかいと楽しげに後ろからかけられた声に、目の前で嬉しそうにロールが頬へ擦り寄るその姿に、私はどうしていいのか数秒もの間固まることとなる。

Happy Birthday!



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