心音がゆるやかで


 ミョウジナマエと連絡を取り出してどれぐらいが経っただろうか。
 それでも僕達の間は全てロールが居て成り立っていた。それぐらいは僕も自覚はしている。仲介してくれている彼が居なくなればまた今まで通りの関係に戻るだろう。手を伸ばし拒絶されるのが怖いだなんて僕らしくないと笑うかい?

 ロールのことをペットだと勘違いしているから特に説明をすることもない。
 だけど僕の気持ちが反映されるロールは日に日に彼女に対しスキンシップが目に見えて激しくなっていく。わかり易すぎるけどこれを説明した暁には僕の気持ちも共に明らかになってしまう。これは由々しき事態なわけで。
 きっと優しい彼女のことだからそんな事を知ったとしても距離を置いたり逃げたりすることはないだろう。だけどと思うところはある。動物が好きで、だからただ僕が珍しい動物を飼っていると思って近付いてきている彼女を騙している行為でもあるのだ。意味合いは違えど騙しているには変わりない。
 それに、僕と同じ気持ちではない限りこの気持ちを、この確固とした気持ちを伝えるつもりはない。つまりこのもどかしい距離は永遠に縮まることがない。

 いつか。いつかきっと。
 そう思っているうちにミョウジナマエに想い人が現れたりしたら。そんなことを考えていたって僕ときたら情けないほどに行動に移すことができず、結局全てがロールの行動に反映されていくという有様。通常の自分なんてどんなものかとっくにわからなくなっていた。こういう事は今までなかったし、もしも僅かながらに抱いたとしても相手の方から怖がって怯えて、逃げていく。ミョウジナマエは違った。だから自惚れた。…だけど今は。今はまだ離したくないんだ。

「!」

 見回り中、そういえば今日もミョウジナマエにロールを貸し出していたんだっけと思い出した。もちろん風紀の仕事が終えてからだ。人も減った放課後、屋上にでも連れていけばまた遊べるだろう。僕も自分の仕事が終われば当然、向かうつもりだった。
 だけどふと感じたこの力は。ふと聞こえたこの、声は。
 どうにも聞き覚えのあるそれに2階から見下ろすとちょうど校舎裏、普段誰もいないような場所に彼女がいた。なんでそんな場所に。どうして、そんなところに。

 気が付けば彼女は男たちに取り囲まれていた。
 その彼女の後ろには、顔に怪我をした見るからに弱そうな男子生徒が一人。なるほど、イジメ現場に遭遇したというところだろうか。それを見逃すことも出来ず一人走ったってことだろう。少し身体が震えているというのに、勇ましいその姿は嫌いじゃない。ミョウジナマエの腕につけられた腕章にふさわしい、勇気ある行動は褒めても良い。確かにそれは風紀を乱す行為だ。だけど、自分の力ぐらいは考えたほうが良い。それから、

「僕に頼ればいいのに」

 彼女にはそれが出来る手段がある。僕とのやりとりが出来る携帯を利用するのは君を呼び出す為だけじゃないというのに。

 まあいいか、どうせミョウジナマエの居場所なんて僕がすぐに見つけるから。

 トンファーを取り出し、窓枠に足をかけるとその場の鎮圧の為に降り立ちミョウジナマエの身体を目の前の男たちから隠すように立つ。ミョウジナマエに守られるような弱虫には何の興味もない。君を守る為に現れたんじゃないよ。僕の邪魔を、秩序をする者は全員同じ処罰を。
 それに今日は僕も、機嫌がいい。「雲雀さん!」ミョウジナマエの声が嬉しそうだったというのは僕の最大の自惚れかもしれないけれどそれでも耳にとても心地良い。
 じゃあ、始めようか。

「咬み殺す」



「…ぅ、っく」

 だけど全てを終わらせ振り向いた先、彼女は泣いていた。
 気が付けば彼女が守っていた男子生徒は何処かへ消えていた。周りにはもう誰も居らず、僕とミョウジナマエの2人きりだった。目を真っ赤に腫らし泣いているその理由が僕には思いつかない。

「どうしたの」

 どこか痛いのだろうか。それとも今の光景が怖かったのだろうか。
 さっさと退散した彼らのことを手加減なくトンファーで滅多打ちにしたのは確かだ。少し血が流れてしまったのも、恐らく返り血を浴びてしまっているのも間違いない。一般人の彼女には刺激が強すぎたのかもしれない。もう少し考えて攻撃をすべきだったと思ったが既に後の祭り。彼女は全てを目にしてしまった。僕が怖いと思ってしまっただろうか。

「…っろ」
「?」
「ロールが!さっき、なぐら……てっ、ぅ、…ぐったりして!」

 困惑しながら聞けばロールの様子が可笑しいと。泣きじゃくりながら言われているから何かと思えば彼女の泣いている原因は僕にあった訳じゃないと知る。
 ミョウジナマエの腕の中で確かに元気のないように、ぐったりしているように見えるロール。泣きながら話しているのを聞き取るのはなかなか大変だったけどどうやら彼女を暴力から守ったらしい。怪我をしているようには見えないけれど弾かれたのだったら如何に力のあるロールであってもその体格差は埋められず吹っ飛んだということになる。

 だけど直接的な原因はそれじゃない。長い時間活動していたから、炎が切れかけているんだ。彼女には見せることはなかった。ミョウジナマエに知らせることはなかったけど僕の力を動力とするロールはこのまま何もしなかったらもうすぐ消える。でも死ぬわけじゃない。また僕が炎を灯せば元に戻るだろう。追加し、ロールにこの力を押し込めば。
 …しかしそれをするには一つの大問題がある。その瞬間を彼女に見せるわけにはいかない。これまで黙ってきたことを全て説明しなければならなくなる。

「私、びょ、病院に…!」

 ミョウジナマエの行動は、判断は何一つ間違えていない。
 違うとすれば最初からだ。認識が違うから。黙っていた僕が悪い。説明することなくこのままのままでいいと思い続けてきた僕が。
 どう説明していいのか分からず動きを止めてしまった僕の事を不思議に思いつつもそのまま僕を放ってロールを抱え走ろうとした彼女の腕を捉え、抱きしめた。ピシリと固まるその様子は、この状況じゃなければきっと楽しめたことだろう。どうしてこんな事をしているのかと問いたいに違いない。こんな事をしている場合などではないと責任感の強いミョウジナマエは思っているに違いない。だけど、

「大丈夫だから」
「ひ、雲雀さん、でも、」
「落ち着いて。君の方が重症の顔してる」

 大丈夫。大丈夫だから。そう言い宥め聞かせたのは彼女になのか、僕自身なのか。
 ごめんなさい、とやがて落ち着きを取り戻し、だけど涙目のまま目の前にいたロールに与えていた炎が切れる。見せたくはなかった。このまま、まだ一緒に居られると思っていたから。このまま、何も考えることもなく隣に居られるのだと思っていたから。そんな傲慢な気持ちを抱えていたのは間違いなく僕の失態。もう黙っておけないのであれば説明をしなきゃ。それが僕の出来るけじめだろう。

「ロー…ル?」

 音もなく消えたロールの姿に目を見開き、涙をぼろりと落とすミョウジナマエの表情はあまり見たくないと素直に思った。泣かせたくなかった。こんなつもりじゃなかった。

「見てて」

 ムカつきの対象は何も出来ず、何も動けず、ミョウジナマエを泣かせてしまった自分。
 クピィと彼女の記憶通りの彼が再度僕達の目の前に現れどうして、と呟かれる声。

「黙っていて、ごめんね」

 とうとうロールの、僕のペットではない彼の事を話す日が来たことを静かに悟った。「聞いてくれるかい?」そう聞いた僕の声は何とも情けなく力が籠もっていなかったけれどミョウジナマエは動揺していたもののはい、と小さく頷いたのだった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -