放課後私だけの掟


「…さっむい」
 
 ほんの数日前までは日中も暖かい事が多かったけど12月に入ればそんな日すら空気が冷たい。吐いた息は白く、特別寒がりでもない私でも廊下にも暖房器具を設置して欲しいと願わずにはいられない。もちろんそんな勿体ないことを認められるわけがないことは分かっている。願うだけだ、願うだけ。それならタダでしょう?
 だから寒いけどそれはどうしようもないのは分かっているので今日も私・ミョウジナマエは変わらず制服の袖に通された風紀の腕章に乱れがないかどうかを確認し、放課後の応接室の扉をノックする。

 季節はめぐり、冬になった。
 委員会が通年であるのはこの風紀委員でも例外ではない。当然のように風紀委員は続行となり、私も変わらず週に数度ここへ通っている。今日は皆が学外の見回りと決まっている日。もちろん戦うことのできる人に限るのでそうではない私は書類整理をするためにここへやって来たというわけだ。

「こんにちは、雲雀さん」
「ずいぶん寒そうだね、ミョウジナマエ」
「…え、あ、まあ冬ですからね!」

 私の呟きが聞こえていたのだろうか。それとも彼は人の心の中を読むことができるのか。いや、そんなこと有り得ない――なんて言うことはできない。だってあの雲雀さんだもの。見たことのない鳥を手懐け、装飾品である指輪からロールを出すことのできる不思議な力の持ち主なのだから逆に何ができないか教えて欲しいぐらいだ。へへへと笑って誤魔化し、いつものように雲雀さんのデスクの上から未処理の書類を集めるとそのままソファへ座り今日も仕事を開始する。
 毎日コツコツ続けていたおかげかあと1時間もあれば彼のデスクの上は綺麗になるだろう。きっと今度は年末年始の学外活動やら委員会費用や何やらとで追われることになるんだろうけど。そう思うとこのいつも憂鬱だった処理も楽しく感じられる辺りすっかり風紀委員に馴染んでしまったんだと思う。いやはや、恐ろしいことに。

「おいで、ロール」

 …おっと、これも雲雀さんは私の心を読んだのか。仕事を開始してすぐだというのにそんな声が聞こえ、バッと思わず後ろを振り向くとデスクに座り肘をついた雲雀さんの手元には今まさに私の思っていた彼が現れていて「ずるい!」と立ち上がった。
 ロールとは雲雀さんのハリネズミだ。…何と言っていいのかな、ペットじゃなく雲雀さんの力を食べて活動を可能にするイキモノなのらしい。と言ったって触れば温かいし、反応だってしてくれる。私にも懐いてくれる可愛い可愛いハリネズミなんだけど今はまだ仕事をしなければならない身。駆け寄ろうとしたけどそれじゃきっと仕事は? って聞かれそうな気がしたので渋々とまたソファへ座り込んだ。ずるい。意地悪だ。もうちょっと後に出してくれたらよかったのに。

「ロールを連れて外に行かないでくださいね雲雀さん」
「どうしようかな」
「……うう」

 私が彼に恋をして早1年と半年が経過しようとしていた。
 今年は少しでも憧れの雲雀さんと話すか、せめて顔と名前ぐらいは覚えてもらえるように頑張りたいと思っていたその程度だったのに神の気まぐれのせいで私は彼の秘密の一端を知ることになり、以来去年とは違う日々を送っている。去年の私はまさかこうやって雲雀さんへ気軽に話しかけられるようになっているだなんて思ってもみないだろう。その全ての仲介をしてくれたのがロールというわけだ。話すきっかけをくれたこの子はある意味恩人、そして…雲雀さんの、気持ちを知ることになったのも彼のおかげ。
 どうやらロールは雲雀さんの力を原動力にしている所為で、彼の気持ちと同調しているらしい。それを教えてもらったのが彼の誕生日である5月5日の話だ。…つまり、嫌われていないということ。ううん、それどころか。

(…それ、どころか)

 その後に何かしら続いてもおかしくはない言葉を雲雀さんは言ってくれなかった。ロールが嬉しそうに私へ擦り寄ったり、甘えてきてくれたり。自惚れでないのであればそれはつまり、雲雀さんに少なからず好意を寄せてもらっているということ。それが当たっているのか確認するのも恐ろしく結局聞かずじまいに終えてしまったのを今でも後悔している。
 だけどやっぱり、雲雀さんは他の人と居る時よりも心なしか表情が穏やかな気がする。あと思っていたよりも話しかけてくれたりして、やっぱりそのたびちょっと浮かれてしまうのは仕方がないと思う。というか無理でしょう。確かに不良の番長だの何だの言われて恐れられている対象でも綺麗な人なんだもの。実は優しい人だということも知っている以上、すっかり浮足立ってしまうのも私が悪いわけじゃない。
 「そういえば」雲雀さんがロールと戯れながら私へと声をかける。

「お茶入れてよ、ミョウジナマエ」
「あ、はい」
「2つね」

 それ食べるから。
 何の話かと思って雲雀さんの方を振り向くとそこには最近できた並盛堂の紙袋が置いてある。ちょっと食べたいと思ってたんだけど、まさかこれは私も一緒に食べていいよっていうことなのだろうか。基本学内での菓子類を禁止されているだけにあまりにも驚いたけどやっぱり駄目と言われる前にいただいてしまおうと考え、私はさっさとペンから手を離し「喜んで!」と給湯室へ走る。…相変わらずマイペースな人だなあ。



「どうぞ」

 若干震える手で雲雀さんの前へ1つ、私の前へ1つの湯飲みを置くとホッと安堵の息を吐いてそのまま座った。来客対応は私には難しすぎる。お茶を美味しく入れるコツをお母さんから習っておいて本当によかったなと感謝しながら雲雀さんから受け取った紙袋からお饅頭を2つ取り出すとそれを小皿の上に置く。
 ロールはいつの間にか私の膝の上へと移動していた。
 キュイッと鼻を鳴らして擦り寄る姿は微笑ましく、また、あの時の雲雀さんの言葉を思い出して硬直したりと忙しい。私ばかりが意識しているようで恥ずかしいけど、こればかりはどうしようもない。小さなロールの頭を指の腹で撫でながら雲雀さんがお茶に手を伸ばすのを見届け、そして私もそれにならう。冷え切った指先が、身体が少しずつ温もりを取り戻していくような感覚。ほぅ、と息をつくと今度はメインの饅頭に手を伸ばし「いただきます」と包装紙を破く。…駄目だよ、ロール。君は食べられないからね。

「…好き」
「えっ!?」
「甘いもの、好きなの?」

 あ、駄目だ。うっかり雲雀さんの話を聞き洩らすところだった。そしてとんでもない聞き違いをするところだった。びくんっと身体が跳ね、びっくりしたロールがころんと私の膝からソファへと転がる。びっくりさせてしまった。クピィとちょっとだけ恨めしそうな顔をしたけどまたいそいそと膝へ上ってきてくれたので許されたのだと思いたい。ごめんねと謝りながら「好きですよ」と雲雀さんへ返し、それから雲雀さんは黙ってもぐもぐと饅頭を口に運ぶ。もしかして雲雀さんも気になっていたお店なんだろうか。
 そう言えば当然なのかもしれないけど私は雲雀さんの個人的なことを何も知らない。誕生日と携帯番号だけ。好きなものが何なのか、逆に嫌いなものは何なのか、そういったことを何一つ知らないのだ。

「雲雀さんはこういうお菓子とか食べるんですか?」
「別に」
「…あ、そうなんですね…」
「ミョウジナマエのことを知らないからね。女子ってこういうものが好きなんだろ」

 絶句。
 私の顔は多分、今、非常におかしいことになっているに違いない。だってそれはもしかしなくとも雲雀さんが私の為に買ってきてくれたということじゃないか。都合の良い聞き違い? ううん、そうじゃない。だって、
 だって、だって。
 う、とかア、とかそんな情けない返答しかできない。これまで雲雀さんのことは確かに強くて格好良いなとか、優しいな、とか思ったことはあってもほとんどが根底に尊敬という感情があった。だけどこれはそうじゃない。だってこれは並中に関する何かではなく、私個人に対する言動だ。それに気付いてしまえば途端に目の前の人は尊敬すべき風紀委員長ではなく、私が意識している男性になってしまう。じわじわと顔に熱が集中する。確認しなくても真っ赤になっている自信がある。

 ああ、どうかこれを雲雀さんに見られることのありませんように。

 そう願っても視線が合っている以上、それは叶わない。敢えて口に出さないのは優しさなのかもしれないけど不敵に笑うその表情が何もかもを物語っている。

「キュイっ!」
「…あとで遊んであげるからもうちょっと待ってね」
「仕事があるよ」
「……ごめん、ロール。かなり待たせそう」

 どうにも誤魔化せないのは知っているけど。やっぱり楽しそうな笑みを浮かべる雲雀さんと、ちょっと拗ねたようなロール。あなたたち1人と1匹は私を振り回すのがとことん好きらしい。

(…敵わない、なあ)

(12.12)



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