机に伏せた寝顔だけが近くにある


 突然天使が舞い降りた。名前はロールというらしい。
 ハリネズミなんて珍しい生き物がまさか並盛中に現れるなんて思わなかったけれどその飼い主があの風紀委員長…雲雀さんだなんて誰が信じようか。
 
 雲雀さんが元々鳥に好かれていたことは知っていた。
 誰も突っ込まなかったけれど知っていた。彼の頭の上に乗っかる黄色のふわふわの鳥について口にすることは無かった。突っ込んだら最後手元のトンファーがすっ飛んでくる恐怖を自ら進んで受けようなんて怖いもの知らずは居なかった。報告書を読んでいる最中、実は雲雀さんの頭の上にいるあの鳥に皆が視線と意識を持っていかれカミカミになっていることなんて本人は知らないに違いない。

「……何してるの」

 あの日、私はとんでもない経験をした。
 結局廊下で出会ったロールを抱きかかえ、彼がまるでこっちこっちと連れて行かれた先は屋上。そこに飼い主がいるのかと思ったのにそうでもなく、少し疲れてしまったものでぼんやりしているとやって来たのは飼い主。雲雀さん。正直ほとんど8割ぐらい眠っていた訳だけど彼と目があった瞬間そんな思考がぶっ飛んでいった。雲雀さんのあの綺麗な顔が目の前にある。私を見ている。その手にはトンファーがあったけどそれを使用されることもなければ私に向けられることもなく。
 それだけじゃ飽き足らず私のことを気に入ってくれたらしいロールと早く帰っておいでと言わんばかりの雲雀さんの可愛い攻防が繰り広げられ思わず私も笑ってしまったけどそれについて怒られることはなく、むしろ嬉しそうだった。動物好きに悪い人はいないと聞いたことがあるけど本当なんだ。いや、雲雀さんを悪い人なんて思ったことはないけれど。ふんわりと柔らかい彼の様子を初めて見た。ああこの人もこんな顔が出来るのだと思って、それから、さらに胸が苦しくなった。

 あれからあっという間に1週間。
 世はもうすぐゴールデンウィークということで、土日の休みとみどりの日から始まる三連休、それからまた次の土日休みを上手く繋がる為に1、2日を休み家族で旅行する人が非常に多かった。
 それは風紀委員の人達だって例外ではない。
 大体学校もそういう都合の人が多いと知っているから何だか平日なのに休みのようなそんな、雰囲気すらあった。人がいないということはつまり風紀委員の仕事もごっそり減るということ。

『今日、放課後用事あるの』

 雲雀さんは基本的にメールをしない。知らなかったけれど、番号を教えて良かったなとあの時の自分の大胆な行動を褒め称えたくなる。

「何もないです」
『じゃあ応接室においで』

 私の携帯履歴には3回、彼の名前が載っている。
 番号を教えた時に私が登録できるよう目の前でかけてもらった時、それからその次は2日前。人払いをしてあるし会いにおいでと呼ばれた屋上へいく足取りはとても軽かったのを覚えている。
 もちろんその主語は、目的はロールだ。そうだと彼は信じているし、私もあの可愛らしいハリネズミにまた会いたいという気持ちは確かにある。

 だけど。

 不純だと言われてしまうけど雲雀さんに会えることもまた、楽しみの一つだった。そんなこと当然言えるはずもないし、ロールに会わせてあげようという彼の好意を踏みにじっている最低のことだとも、もちろん分かっている。
 けれど会話を一つ一つ重ねる度、知らなかったことだらけの彼のことを少しずつ知る度に心が弾むような経験をしたことがあっただろうか。穏やかな笑みをした彼を横で見る日が来るなんて思ってもみなかった。だからだろう。もっと、もっとと欲張ってしまうのは。

「今日はいい天気だねえロール」

 小さな手足でトタトタと応接室に備え付けられてあるソファの上を走り回るロールに小さく声をかけるとこの賢いハリネズミ君は何?と言いたそうに動きを止め、黒い真ん丸な瞳で私を見上げた。

 全ては彼のおかげだった。
 いろんな事を知った。お寿司が好きなことも、そのネタもなかなか渋いところをついていることも、この前のお弁当で雲雀さんのお母さんが出した芽キャベツが苦くて草壁さんにあげたなんて特別情報も、それから彼の誕生日がもうすぐであることも。
 5月5日、こどもの日。すぐにインプットした。笑ったら怒られるだろうけど、何て可愛らしいかと思わずにはいられなかった。じゃあミョウジの誕生日も教えてよと言われ覚えてくれますか?って聞いたらもちろんと雲雀さんの返された言葉がたとえ嘘であってもどれほど嬉しかったことか。

「……」

 それから眠っている雲雀さんを見る日が来るなんて思わなかった、な。
 私がロールと遊んでいてもそんなことを気にすることもなく一切目が開かれることはない。仕事をしていたかと思うと私が遊んでいる間に終わらせてしまっていたらしい。声、かけてくれたらよかったのに。
 5月と言えど、日が陰るとまだ気温は薄ら寒い。机に伏せたままで眠っている薄着の雲雀さんが風邪を引いてしまう。だからといって気持ちよさそうに起こすのも申し訳ないし…と静かに彼の傍に立ち、音をたてずに窓を閉め机の横にある丸椅子に腰掛けた。ロールが彼のところに行きたそうにしていたからだ。私だけの欲望ならばこんな大胆なこともできなかっただろう。
 ロールはとても、気ままだった。雲雀さんの傍に行って、彼の腕のところでクアアと欠伸をしたのは何だか人間臭くて笑っちゃったけど。

 同じ寝顔。安心しきったロールの顔。
 そして起きている時には感じられなかった雲雀さんの寝顔の幼さ。

 ドキドキと心臓の高鳴りがどうか聞こえませんように。そう願わずにはいられない。背中を見ているだけだったけれどいつかあなたに伝える勇気をください。

「……」

 決して口では、声では伝えない。伝えられやしない。こんな密かな片思い、まるっきり叶いそうにもないこれを、だけどこうやって隣で居るだけで満足できない貪欲な自分をお許し下さい。

 好きです。

 未だ目が固く閉じられたままであることを確認し心の中で呟いていく。やっぱり、私はあなたが好きです。いつかこの気持ちを伝えられる日が来るのでしょうか。ほんの少しでもいい、振り向いてくれる日が来るのでしょうか。



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