ふわりと笑う君に釘付け


 ロールが目を離した隙にどこかに行った。
 どうにも出たそうにしていたしあんまり今はムカついていなかったけどミョウジナマエと折角話す機会があったにも関わらずすぐ会話を終えてしまったあの時の事を思い出せばすぐにそのリングに炎が灯り姿を現した。
 僕だって一応これでも気は長くないのは自覚している。だけどそれ以上にあの子のことを考えると苛立ちも、それから楽しいなんて気持ちまで簡単に湧き上がるから不思議なものだ。

 彼は誰に似たのだか、とても気ままだった。
 嬉しそうに現れ、僕以外誰もいない応接室で暫く構っていたり、1匹楽しそうに散歩しているのを見ながら仕事をしていると気がつけば応接室から姿を消していた。
 だからといって慌てることはない。
 あの子は、僕の炎を餌に動くロールはただの小動物じゃない。人の言葉を理解し、例え僕が居なかったとしても戦うことも出来るし、自分の意志で匣に帰ることができる。ただ、今は遊んでるのに一生懸命で迷子になっている事にも気が付いていないに違いない。

 そう思っていたのに仕事が終わってもまだ僕の元に帰ってくることはなかった。一度注入した炎が途切れるか、ロールの気が済むまで僕の指に戻ってくることはない。
 誰かに何かされているんじゃないかと思ったのはようやくその時になってからだった。

「おいで」

 僕の呼び声と共に頭に乗ってきた黄色い鳥。
 彼らに名前をつけた記憶はないけど勝手に皆がヒバードというふざけた名前をつけ、そして彼らが気に入ってしまったからそれがもう彼らの名称になっている。

「ロールを知らないかい?」

 動物と話すことが出来るわけじゃない。だけどこの賢い鳥は僕の言葉を理解しているような気がする。ピチチ、と鳴いた後にロール、ロールと僕の言葉を繰り返しながら応接室から飛び立っていく。うん、頭はいいんだろうけど僕が空を飛べる存在であると勘違いしているのはいただけないな。
 窓から飛んでいく黄色いその小さな背中。やがて止まったのは屋上のフェンス。それから、そこに人の姿。それが誰だかすぐにわかり僕は応接室を飛び出した。




 そこに居たのは僕の予想通りの人間だった。
 ミョウジナマエ。フェンスにもたれかかり地面に座りこんだ彼女は膝元にハンカチを敷いていて、そこにロールが眠っている。その寝顔ときたら心なしか嬉しそうで僕が心配したというのに当の本人、当の本ハリネズミはそんなことなんて知らないに違いない。
 この数時間でロールが人にこれだけ慣れるなんて思ってもみなかった。草壁なんて未だに姿を見るだけで怯えられているぐらいだと言うのに。目を瞑っているのはロールだけじゃなかった。ミョウジナマエもまた、目を閉じている。それが眠っているという訳では無いと分かるのはロールを撫でる手がゆっくりながらも動いているからだった。

「……何してるの」

 当然だけど、ミョウジナマエの姿といえば真面目にメモをとっているところぐらいか大人しく真顔で人の話を聞いているぐらいしか見たことがない。普段の生活なんて知らないし、起きているとはいえ完全に油断している姿なんてそういえば見たことがなかった。
 どうやら目を瞑っているうちにうとうととしてしまっていたらしい。ゆっくりと開かれる目。眠そうなその目はいつもとは考えられないほど頭の回転が遅くなっているようで僕が誰だかということすら判断も出来ていない。
 声をかけた僕の姿をその目に移し、しっかり1、2、3秒。バッと顔を赤くしたように見えたけどどうせそういう事じゃないのは自惚れることもなく良くわかっている。見られたのが恥ずかしいんだろう。僕はラッキーだったけどね。

「ひっ、雲雀さん!その、あの、」
「おいでロール」

 慌ててロールを隠そうとしたその態度ですぐ分かった。誰が飼い主か分からずここに居たって事だろう。気の弱そうなミョウジナマエのことだ、恐らくロールに遊ばれていたに違いない。
 しゃがみこみロールに向けて手を伸ばす。一瞬その黒く丸い瞳が迷っているのが分かった。ふうん、そうなんだ。君、そっちの方がいいんだ。気持ちは分からなくもない。随分とそこは気持ちよさそうだね。

 だけどあの時、僕がロールを呼んだ時に思った気持ちが少し彼にも反映されているのだとわかっているから強く当たることは出来なかった。
 
 僕はミョウジナマエと話したいと思った。話せなかったのに苛立って炎を灯しロールを呼んだ。
 そんな気持ちが含まれていたのであればロールがミョウジナマエに懐くことなんて当然だし、寧ろ応接室から出ていったのも散歩じゃなく彼女に会いに行ったんだろう。何て簡単単純、そして厄介なことか。
 ずいっと手を伸ばしても嫌々と言わんばかりにロールはミョウジの膝へ擦り寄る結果になり僕の機嫌は急降下だ。睨み合いの攻防。いつもなら許してあげるけど今日はだめ。そこは誰のものでもないんだ。

「ふふ、」

 不意に笑い声が聞こえ思わず僕は彼女に視線を遣った。
 ミョウジナマエが笑っている。楽しそうに、クスクスと。ロールにばかり気を取られていたけれど驚く程にミョウジナマエとの距離は近い。彼女の瞳には僕のポカンとした情けない顔が映っていた。

「ロールって言うのね君」

 ひょいと脇のところに手をやり持ち上げられ彼女と視線を合わせてもらえると嬉しそうに鳴くロールは僕の心だ。構ってもらえて嬉しいんだ。話すことが出来て嬉しいんだ。
 そのままロールは彼女の手によって僕の手の上へ。少しぶりの再会に喜ぶこともなく僕の元に戻ってきた彼はまだまだ名残惜しそう。試すかのように地面におろすとやっぱりまたミョウジナマエの足元で楽しげに鳴く。ふふ、とまた笑う彼女に僕もつい釣られてしまった。…今が夕方で本当に良かったと思う。何故なら僕はきっと、僕らしくもなく顔が少し朱に染まっているに違いないから。

「さっきから笑ってるけど何が面白いんだい」
「仲良しだなあって思って」

 その視線から逃れるように呟いた声。それに返されると共に浮かんだ彼女の笑った顔は、嫌いじゃなかった。

「ロール、私のこと気に入ってくれたのかな」
「そうじゃないかな。君と話せて嬉しかったみたい」

 もちろん、…僕が。認めたくはなかったけど目の前でロールがそんな反応をしている中、僕にはバレバレだ。そんなことはもちろん彼女に伝えることはないけど。分かったよ、さっきまでムカついてたけど褒めてあげるよロール。後でいっぱい遊んであげる。だけどまた嬉しそうに鼻を鳴らしミョウジナマエの膝へと擦り寄るそれはちょっと減点だからね。まるで僕がそうしたいと思っているみたいじゃないか。
 横に並び彼女と話すことになるなんて誰が思っただろうか。1年目、彼女と話すことどころか近寄ることもままならなかったけど僕の心は随分穏やかだった。

 ミョウジナマエの笑った顔。
 新たに覚えた表情と、それから動物が好きだということ。気が付けば僕は何も深く考えることはなくまたロールに会いたいかと問うていた。彼女はさらに笑みを深め、連れてきた時は是非呼んでほしいと携帯の番号を書いた紙を僕に寄越した。



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