今日も君の背中に恋をする


 絶対に入りたくないという委員会ぶっちぎり1位はアンケートをとる事もなく、誰の目でも明らかな風紀委員。
 だからこそ上手く過ごせれば全く苦もない自由な委員であることを知る人間はそう多くなかった。

「じゃあこれで決まり。後は適当に報告して」
「分かりました!」

 沢山の男の風紀委員に混じった私を、最初は誰もがこの右腕につけられた腕章を見て風紀委員は女も参加可能だったのかと初めて知る人も多ければ驚く人も多い。私がとても強い人だと勝手に勘違いをする人もいるけど至って普通の、ただの中学生だ。
 この委員会の目的はたった一つ、並盛の秩序を乱すモノを完膚なきまでに叩きのめすこと。それができれば誰でも構いやしない。
 言葉にすれば確かに野蛮にも聞こえるけれど手段なんて拳だけじゃない。だけどそう思われがちなのはきっと戦闘狂で知られる風紀委員長サマの所為であるのは間違いないだろう。

 じゃあ私はどうしてこの委員会に入ったのか。
 大体の人は誰も入りたがらない委員会に無理矢理任命されたのだろうと私に同情するけれどそういうことではない。とっても単純、とっても簡単な事。私はその鬼の風紀委員長様に恋をしてしまったからだった。恋の力って素晴らしい。人見知りであまり自分から人の輪に入ることのできない私のありったけの勇気は彼がくれた。

 それは入学式のある日のこと。
 きっと本人の記憶には残ってもいないだろうけど、学校内で迷っていた私を連れていってくれたのがきっかけ。遅刻しそうになり泣きそうになっていた私に対し手を引っ張り校舎内―恐ろしいことに私は正反対の場所にいたのだ―を突っ切り入学式の行われる体育館へ連れて行ってくれた。それが彼との初対面。
 温かい手だった。泣きべそをかいた私が転ばないようにゆっくり歩いてくれて、でもたまに時間を気にして少し急ぐよなんて声をかけてくれて。

『入学おめでとう』

 全然感情もこもっていなかったしありふれた言葉だった。それに今考えると仕事を増やしただけで迷惑極まりなかったに違いない。
 だけどその一言に浮かれたのは事実。
 結局入学式中はぽうっとしていたのを覚えている。それから委員会決めの時に彼の存在を知り、挙手した…っていうのが1年の時に風紀委員に入った経緯だった。

 2年目。
 幸運なことに風紀委員経験者も希望者もいなかった。入る気満々のリーゼントの人が居たらどうしようかと冷や冷やしていたけどこれで心置き無く挙手することが出来る。私のような下心持ちが並盛の秩序のために戦う人を押し退ける訳にはいかないというギリギリ残った善心があったからだ。パチパチと心底どうでも良さそうな疎らな拍手、私は風紀委員の腕章を外さずにいれたことをホッとしながらそれを受け入れ黒板に書かれた風紀委員の文字の下に私の名前が刻まれるのを得意気に見ていたというわけで。

「今年も風紀委員なんだね」
「…あ、雲雀さんこんにちは。あの、…誰も立候補しなくて私が経験者だからと推されてしまって」
「そう」

 覚えてくれていたことに感激しすぎて無愛想なやり取りしかできない自分が憎い。しかも雲雀さんから話しかけてもらえるなんて1年の時には無かったことだ。

 これは幸先いいかもしれない。
 きっと彼の機嫌がとてもよかったからの恩恵なのだろうけどそれでも嬉しいことに変わりない。二言三言話した後に雲雀さんはそのままくるりと背中を向け向こうへと歩いていく。
 容姿端麗。その言葉はまさに彼のために誂えられたようなもの。周りが筋骨隆々の大きな体格の人ばかりの所為か余計華奢に見え、その色白さはどんな女性でも羨むだろう。私から声をかけることはこの先きっとない。そんな勇気はない。
 だから私はその背中を見ているだけ。私は彼にずっと、恋をしているのだ。報われもない、始まりもしない恋だとわかっていて。


「──…ええと、」

 そんな乙女の思考回路に入っていたのが数分前の出来事。委員会の集まりを終え、教室に向かったその時不意に何かの声がして恐る恐るその音の主を探す。
 キュー、キューと鼻を鳴らしながらこちらにとてとてと歩いてくるのは私の認識違いでなければハリネズミ。いやそれはすぐに特徴的な針が背中にあったからすぐに分かったけれど問題はそこじゃない。何でここにそんな生物がいるかということだ。

 ハリネズミと遭遇した時はどうすればいい。

 いや待って、そんなマニュアル載ってなかった。不審者と秩序を乱す者の制裁が私達の仕事である。じゃあこの目の前にいる子は気のせいか。見間違えか。知らなかったふりをすべきか。いやちょっと一旦落ち着いて考え直してみよう。もしかしたら飼い主が近くにいるのかもしれない。そこに向かっているのかもしれない。
 思わず後ずさりして彼が通り過ぎるのを待つけどどうにも目的は私らしい。キュー、と鳴きながら私の足元にちょこんと座り込みこちらを見上げる丸い瞳。
 ……生物係の山田くんに押し付けるべきか?いやこの懐き方、恐らく野生じゃないし。

「……」

 どうしたものかと逡巡したのは数秒のこと。やがて諦めモードに入り、しゃがみこんで珍しい侵入者に声をかける。

「並盛の秩序を乱す者は誰であっても許さないのだー!」

 我らが雲雀さんの口真似。私にはそんな強さもないからちょっと言ってみたかったんだけど当然彼に伝わることもない。
 だけども、どうやら遊んでもらえると思ったらしい。嬉しそうに私の足に擦り寄ったハリネズミに対しその頭を指の腹でトントンと撫で、とりあえず飼い主を探すことにした。
 ゆっくりと持ち上げるとキュッという鳴き声。きっとこの子だって迷子になってしまって心細いに違いない。胸元に擦り寄る温かいその身体を大丈夫大丈夫と撫でながら飼い主はどこだーと彼と一緒に放課後の学校を歩き回る。



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