「嫌ですねぇ、ユウ」

 クフフ、と笑う声の何と楽しそうなこと。ぞわりぞわりと身体全体が私に危険を呼びかけるけれど、久々の戦闘のにおいに私の闘争心が煽られる。それでも、

「そんなに殺気を出されてしまったら」

 ―――僕も我慢出来なくなります。
 嬉しそうに嗤うその片鱗だけできっとこの人は人を殺す時にさぞ残酷にかつ綺麗に処理するのだろうと思わせられるほど危険な何かを含んでいて、ボスに似た凶悪さを感じ取った今まさにナイフを投げて逃げたい気持ちに襲われた。

 けれど、負ける訳にはいかないじゃない。下唇をペロリと舐め、重心を低く保ちナイフを構える。周りを見渡して障害物の確認は基本中の基本。先ずは様子見と骸さんの左右上下にナイフを投げた。

「はっずれ〜!」
「犬黙って」

 中継及び感想は千種くんと犬くん。部屋の隅にちょこんと座る彼らは自分達のボスである骸さんの勝利を疑ってはいない。悪いけど彼らの思惑通りにはなって、あげない。拳を作り、左から右へ振り翳すと明後日の方向へ投げられたはずのナイフが向きを変え骸さんを目指して加速する。

「おやおや」

 大して驚いていないのは声からでも分かり、キン、キンッと4回金属質な音がして見事にナイフが全て弾かれた上にそれどころか全部がこっちに返ってきて慌てて再度手を振るうとナイフは私の目の前でピタリと止まる。
 ……冷や汗が垂れた。いや本当に。自分のナイフで自分が傷つくなんてナイフ使いとしてはあるまじき事なのだから。

「…なかなか、いい腕だ」
「そりゃどうも」

 けれど、もう1発貴方はそれに気がついていない。
 上に投げたナイフは2本に重ねてあって骸さんの背後を上手く捉えていたみたい。ナイフの柄の部分に通していたワイヤーを強く引くとそれは私に向かって一直線に素早く戻ってきて流石に後ろからの速さには反応し切れなかった骸さんの首すれすれを通り、私の手元へ。
 彼を見ると自分の首に手をやり僅かに出たのだろう、血を親指ですくいとって艶めかしく舐めた。…どうやら上手く皮一枚、剥げたみたい。

「ナイフにワイヤー、通しているのか」
「ずり〜」
「でも、狙いを定めるのは難しいよ犬」
「お前どっちの味方してるびょん」

 彼らの声を聞きながら、これで彼はどうでるかとゴクリと生唾を飲む。私からの先制点と言ったところかしら。フゥ、と小さく息を吐いて構える。彼と目があった次の瞬間、身が凍りつくような笑みを浮かべた骸さんは地を蹴り犬くんと変わりのない速さで私に近付いた。

―――――ガッ!

 槍という武器は、間合いを武器とする。それは私の持っている小さなナイフを振り回したところで届きやしない。そんな事百も承知で、逆に同じ速さで動き彼の間合いに飛び込み彼の端正な顔の目の前に。
 が、背後から嫌な気配がして反射的にしゃがみ込み、後転をして距離を取る。

 果たして、それは正解だった。

「すばらしい判断力だ」
「…お褒めに預り光栄です」
「もう少しで、僕のものだったんですけどねえ」

 先ほど目で確認した三叉槍の柄の部分の長さが明らかに違っていて私は思わず目を見開いてそれを再度見渡した。これはマジックハンドならぬマジック槍なのかしら?私の知っている柄の長さで突きを行うことを見越して私は骸さんのスペースに入り込んだというのに今、彼が持っているのは確かに穂先は変わらないものの持ち手の部分が異様に短い。折れたにしては柄はどこにもなく、…調整が利く槍なんて聞いたことないわ。
 少しでも遅れていたら遠慮なく刺されていたに違いない。だって骸さんってばとっても残念そうな顔をしているのだ。

「君みたいなタイプは初めてですよ」
「私も槍術の使い手でそんな技繰り出して来る人なんて初めてよ」
「…これが君の本気ですか?」
「さあどうかしらね」

 いつものようなやり取り。
 それでも……何かしら、槍を使う人とは相性が悪いのは重々分かっているのだけれどあの武器はとっても、嫌な気配がする。禍々しいものを感じてそれを睨みつける私に気が付いたのか、「ああすみません」と槍をブンと振った。
 その瞬間ぐにゃりと視界が揺れて何事かと辺りを見回すと、

「…幻術、も使えるの」

 食らったことはないけれど、これがそうなのだと分かった。残念ながらその手のタイプの人間とは戦ったことのない私がそれに対してどう対処していいか分からず、状況を把握すべく周りを見渡した。
 気が付けば私の手に持つのはイタリアに置いてきた私のナイフそのもので、服装こそ変わりないものの首に下がったものは見なくてもわかる、私が彼らの庇護を受けた時に貰った、ヴァリアーの紋章に擬えたネックレスがしっかりと存在を主張していた。

 …そうだ、私はこの任務が終われば隊服を用意してくれると約束してもらったのだ。採寸だってしてもらっているのだから。

「それが君の本来のスタイルですか」
「…」
「おっと、睨まないでください。僕には記憶を読みとるような力はありませんよ。
…ただ君に、君が必要そうなものをと幻術をかけた結果がこれです」

 沸々と湧き上がるこれはなあに。
 今まであまり感じたことのないそれに私は更に重心を低く落とす。

「――今となっては誰かを恨んだり、殺したいと思うような強い気持ちも持ち合わせてないの」
「ほう」
「でも」

 握りしめるそのナイフが平和ボケした私に何をしているのと叱咤しているみたいで。
 首から下がったそれが自分がどうしてこんな生き方をしているのか忘れたのかと嘲笑っているみたいで。湧き上がる衝動に私は声が震えるのを止めることは、私にはできなかった。

 一番触れられたくないものに触れられた罪は何よりも、重い。

「この地を、汚すことは許さない」

 武器だってこのネックレスだって私が必要としているから現れたのだったらそれは寧ろ感謝すべきこと。これは思い出の品。私が今まで生死を賭けて生きてきた相棒の品。すべてを失ったあの日から私とともに戦い、これからも共に歴史を刻む品。

 そう、それでも――

「幻術と言ったわね。なら、私の深層心理から読み込んだこれらは骸さんも見えてるってことよね」
「ええ勿論。…何とも此処は懐かしい」
「貴方もここを知っているというの」
「あの時から、狂い始めたものですから。クフフ」
「小賢しい」

 この場は、黒曜ヘルシーランド。

 それでも今私の目の前に浮かび上がっているのはかつてランチアと出会い、そして彼によって壊され私の人生を潰したあの場所だった。

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