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 よくよく思えばユウとは不思議な縁で自分と繋がっていた。
 はじめて彼女に会ったのはあの5年前で、彼女の存在を知ることがなかなか出来なかったのはランチアが隠していた為だ。
 その時既にマインドコントロールで支配下に置いていたランチアが隠す人間とはどういう存在だろうか。そんな興味を覚え話しかけたのがあの夜だ。

 頭のいい子供だと思った。回転の早い、イタリア語を話す日本人の少女。ただそれは一般人の割に、という程度で何ら恐るに足りないのに変わりはなく。
 暗闇で見た為あまり細かな容姿は覚えてはいなかったが闇夜に溶けるようなその漆黒とこちらを訝しげに見た赤色の瞳は到底忘れることの出来ないもので。

『殺してやる』

 しかし、両親や知り合いを殺されたと怒りの形相を浮かべる子供はまるで一般人とはかけ離れていて、生かしておくには少々危険だと判断したのにランチアによってそれも阻止され。
 その後、考えも変わりどうせこんな知らない地で1人生き残ることなど出来まいと気絶した彼女は放置することにして去り、そしてランチアに再度、強固にかけたマインドコントロールにて彼女が宮崎ユウという名前だと知る。

 そして、その彼女が生きていたと知ったのがつい先日。
 日辻真人を犬から救った、あの日。5年の時を経てユウと再度言葉を交わした時感じたものは当時殺し損ねたという己の失態に対する後悔ではなく、寧ろ生きていたということへの喜び。持っていたものを奪われ壊され失い怒りも憎しみも乗り越え、なお笑う。彼女こそ人間だと。
 それは歪んではいたが、愛に近しいものであったのも確かだ。

『あなたがこの学校の支配者?』

 けれどユウは自分のことをすっかり忘れていた。それでも好都合だと思ったのだ。過去の件を差し引いても、ユウのことが欲したのは確かだったのだから。
 だから彼女の口からランチアの名が出た時には忘れていたのではなく、その怒りを表面に一切出すことなく、両親の仇である自分のそばにいる彼女の強さに恐れを抱いたのも確かで。

 だがしかしそれは違った。
 彼女は骸のことのみを、忘れていたのだ。あまりにも不自然なぐらい綺麗さっぱりと、記憶が抜け落ちたかのように。

 彼女と離れおおよそ5年。
 久々に相見えた彼女は憎しみをあのへらりとした笑みの向こうに隠し、そしてその身はヴァリアーに所属し当時では考えられない強さを持っていた。つくづくマフィアに愛された人間だと同情せざるを得ない。

 別れた後の彼女の生死は分からなかったが、ランチアを操る度に彼女のことも引きずられるようにして思い出させられてもいた。あの夜のことは骸にとっても忘れられない一夜になっていた。唯一の失態でもあったからだ。
 当時眼帯に覆われていた自分の赤の瞳によく似た、彼女の目。
 先日の手合わせの時に久々に見たその目に安堵を覚えたのは確かで、しかし同時に湧き上がる疑問。

 ――彼女のあの力はどこで得たものなのか。

 死にたくないと叫び骸に怒りの牙を剥いた幼い彼女は、骸の容赦ない攻撃も容易く避け、かけたはずの幻術すら効果もなかった。あの時確かに自分の体調が万全ではなかったこともあったがそれであってもただの一般人が、ヴァリアーに拾われる前にそんな力を得ることが出来るわけが無い。

「…ただの偶然、だと信じていたかった」

 小さく漏れ出る声はそうではないと知っているが故の希望の言葉。
 本当は分かっていたのだ。答えは知っていた。だがそれを認めてしまえば彼女は最初から、そうであるのであればあまりにも、

「待っていたよ、六道骸」

 それは忌むべき男の声。

「…我々の悲願のために」

 それは愛しい彼女の声。

「「死んでもらう」」

 身に纏うのは凶悪なそれ。向けられているのは2つの明確な殺意。
 やはり、そうか。
 骸は表情を失ったユウの後ろに立つ男を睨みつけ、男はそれに笑顔でもって返した。

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