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 さすが同じ幻術使いと言ったところなのだろうか、鈴の事をすぐに見破られてびっくりした。
 私には至って普通の鈴がついただけのチョーカーにしか見えないというのにマーモンの目にはどう映っているのだろう。いやいや幻術使い同士の考えなんて分かったものじゃないから考えるのはやめておこう。
 チリンと鈴を鳴らしながら私は宝石箱を片手にベッドに腰掛けた。

 この一人部屋になってから、指輪に話しかけるのは日課になってしまった。

「…母さんの指輪、見つけられなくてごめんね」

 もうあれから5年以上が経過している。
 その間のことは沢山のことが起こりすぎて当時の事を思い出そうとしても細かいところまでは曖昧だった。

 この指輪の持ち主である父さんと母さんは、理想の夫婦だった。
 医者である父さんはその大きな手で沢山の人間を救い、母さんはそんな父さんを支え続けた。何かあれば私の大好きなチョコレートケーキをくれたり、頭を撫でてくれたりして私を安心させてくれる魔法の手。その、指に嵌っていた指輪は残酷にも血で塗り固められていて今私の手元にあった。箱を揺らすとカラリカラリと音が鳴る。

 …後の報告で母さんの死体は少し離れた酒場で発見されたと知った。聞いたところによると、刃物で一閃。即死状態にあって、苦しまずに死ねたらしい。最後に私にメモを残したように食事に行ってる最中のことだったそうで、近くにランチアのボスさんの死体もあったみたい。

 残酷で、そして不思議な事件だったらしい。
 母さんの手に指輪は無く、更に父さんの死体だけは見当たらず、そしてその間の子供は行方不明。その後私たちの名前が出る事はなく揉み消される形で処理がされているとスクアーロに教えてもらった。結局例の事件は当時の記事に日本人1名の死亡として報告が挙げられている。死後、至って一般人である母さんの指から指輪を外すにはあまりにも奇特すぎるし、母さんが手放すわけが無い。
 父さんの件もよくわからなかったけれどそれでも、私のこの手に、ランチアが残した指輪が全て。

「ほーんと、不思議ねえ」

 今となっては昔のこと、なんて思えるほどに私もなかなか薄情仕様になっていた。
 探偵でもないし、そしてこんなうろ覚えな記憶で何かが解決できるわけもなく。

 結局私が出来たことといえば力をつけたぐらい。それでも十分有難い事で、すごく感謝している。
 なんて、そんな感傷的な事を思いながらごろりと横になった。

「ふああ」

 今日はもう朝から沢山動いたのだから休日です。半分お休み。
 おやすみなさい、父さん。太陽の日が反射して指輪がきらりと光った。


 気が付けば綺麗な湖の前にいた。

 太陽の光が、そして柔らかな風が水面を凪ぐ。あまりにも広大な自然に瞠目した。
 自分の意思もしっかりあったし五感もしっかり機能していたけれど、ああここは夢なんだな、と何故か直ぐに理解出来た。
 たまにはこういうのも悪くない。草木に寝そべるとさっきまでの不安はどこへやら。

 ――チリン。

「おや、まさかこんな所で会えるとは」
「…え」

 触ったわけでもない鈴の音が鳴ったと思ったらいきなり人の気配がして目を開くと私のことを誰かが見下ろしていて、それが予想外の人だったもので言葉が出なかった。
 どうして、貴方が此処に。
 口元に僅かながら笑みを浮かべた、穏やかな表情の骸さんがそこに居てたっぷり数秒、彼の顔を見つめた。

『その鈴の持ち主もさぞ面倒臭い感情を君に抱いているだろうね』

 マーモンの言葉が脳裏に過ぎる。
 寝る前に骸さんのことを少し思い出していたから、だから現れたのかしら。それにしてもかなり精巧な夢みたいで私はここまで骸さんの事を見ていたのかと不思議になる。

「…本当に夢?」
「夢ですよ。ただ此処は、僕の作り出した場ですがね」

 つまりはここは夢だけど、私の目の前にいる骸さんは彼の意思で動く本物ということか。
 幻術使いって何でもできるのね。それとも骸さんのお得意分野なのかしら。マーモンにはこういったことをされた事もないから分からないけれど今度帰ってきたら聞いてみよう。

 隣に座っても? という質問に頷きながら、彼の姿を久々に見た気がした。
 いつもの制服じゃなくて、白のワイシャツに黒のスラックス姿の格好は元々大人びた人だとは思っていたけど更に大人っぽく見せていて。私の周りには居ないタイプだわ。

 こちらを見ていないのをいい事に私は骸さんの横顔を寝転がりながらじっくりと見た。
 色の白い肌も、高い鼻も、優しげな目も、それから色の違う目も、なんと言うかとにかく綺麗で。
 随分彼の事を見るのが久々な気もしたけどそんな事はなかった。ただ、長い夢と朝からのハードな手合わせの所為だろう。

「…私に、何か用事でも?」
「ただユウに会いたかった、じゃ駄目ですか」
「人を喜ばせる言葉には長けているのは相変わらずね」

 私の周りには居ないタイプよ。だってヴァリアーの皆なんて思ったことは全部喋っちゃうし行動するし、彼のように何を考えてるのかわからないような人、1人もいないんだもの。ああ、マーモンは別か。
 他意は無いんですけどねぇと微笑む骸さんは相変わらずだ。

「そう言えば、言いそびれてたんだけど」
「はい」
「用事があってイタリアに帰ってるんだけど別に逃げ帰った訳じゃないからね」
「…それはそれは」

 くすりと笑う骸さんを見て変わりないなあと思う。彼の表情ってこれ以外に変わることなんてあるのかしら。
 思い返せば今の私の状態じゃ彼に勝てないのを悔しがってイタリアに帰ったみたいに見えないこともない。言い訳じゃない。今度こそは勝ってみせる。
 否、千種君がちゃんと言ってくれていたのならば私がそういった理由じゃないことぐらい伝わっているのだろうけれど。

「もうすぐ帰るから、首を洗って待ってなさいね」
「君の直ぐは、いつになるのやら」
「ほんと、口は達者なことで」

 こんな、穏やかに話すのはいつぶりだろう。
 学生生活は案外充実していて、勿論イタリアに戻ってまだ1日しか経っていないっていうのにもう懐かしく感じてしまう辺り結構気に入ってたんだわと今更ながら思う。

 例の幻術の件はあまり気にはならなくなっていた。全てはいずれ、ランチアとまた話すことが出来ればわかることだもの。

「こんな時間に寝ているだなんて仕事か何かですか?」
「ううん、何もしてないんだけど朝からちょっと疲れちゃって」
「クフフ。また会いにきても?」
「ええ、いつでもどうぞ。夢の中ならね」

 まさか彼が実体でイタリアの此処に来れる手段なんてないだろうと思いながら是の言葉を返すと、骸さんが心なしか優しく微笑んだ気がした。

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