29


 今日はなかなかハードな日みたいで、朝からまさかの二戦目。
 薬は飲めないことを言ったらすごく残念そうな顔をされたけどスクアーロに勝った事を伝えたら私のことのように喜んでくれて何よりだ。
ベルとの簡単なトレーニングに付き合わされたけれど何とか身体中穴だらけになる事なく終えた。
 私が酒気を帯びている状態なのが詰まらなかったのか本気を出していなかったのは対峙してる最中でも良くわかったので、その点のみでいえばボスに感謝だわ。

 だって同じナイフ使い同士ならベルに勝てるわけないんだもの。

「じゃ、身体もあったまったし行ってくる」
「え、今から任務なの。大丈夫?」
「ししし。お前俺のこと誰だと思ってんの」
「…行ってらっしゃい」

 パンッと手を合わせると晴れやかな笑顔でベルは外出した。
いつ戻ってくるものかわからないけれどあの調子だったらきっとそんなに難しいレベルのものじゃないのかしら?
 スクアーロが帰ってくるまで日本に帰りたくても帰れないし、恐らくただのお使いだろうしそこまで日にちもかからないだろう。折角だし少しは満喫するかとナイフを片手に自室へと足を向けた。

 ボスがこの屋敷に戻ってから漸くして私は自室を宛がわれた。
 幹部でも何でもない私が個人の部屋を頂くということには少し気が引けたけれど当事の精鋭部隊の方々も快く了承してくれたらしい。
 まあ、その、一応私も女だからということだったみたいだったけど割りと今更というところでもあったし、荷物なんて着の身着のまま此処にやって来たのだからほぼゼロに等しいのだ。
 寝る場所と、風呂さえあれば何処でもということでスクアーロの部屋に居着いたけれどあれはあれでなかなか楽しい毎日だったし、居心地は良かった。ざっくり言ってしまうとあんまり出て行きたくはなかった。ざっくりね。

「…ただいま」

 それでも折角の好意を無碍にするのも失礼なことだし、一番小さな部屋を、お願いした。大きな部屋はどうしても寂しくなってしまうもの。
 私の、持ち物はいたってシンプル。
 棚に置いてある半透明の宝石箱は、私がスクアーロに前借りしたお金で用意した特注の品。勿論今となってはちゃんと返済完了になってるけれど、結構な大枚を叩いた記憶がある。

 完全密封性で何もかもを保存。マーモンがどこぞのマフィアから押収した完全な横流しの品だったけれどなかなか名前の通ったマフィア製造のもので、これから売るというところだったみたい。
 私が欲しいとお願いしたら決して安くはない値段だったけれど売ってくれたその箱の中には、あの時の思い出が詰まっている。

 趣味が悪いと言われたけれど捨てるつもりも、洗うこともしなかった。
 恐らく開けたら当時のままの、薄汚れた茶色で済んでいるその血液はやがて黒ずみ、父さんの遺品である指輪を蝕むだろう。
 血のついた指輪。何ともおどろおどろしいけれど私はこれひとつで、これ一つの思いのみでここまで生きてきた。

『ユウ、やっぱりそれ捨てない?』
『やーよ。売っておいてやっぱりこの宝石箱が惜しくなったの?』
『僕がそんな真似する訳ないだろ。はぁ、もう』
『ふふ、ごめんね。そうよね。』

 何度も皆に捨てろと言われた。
 特にマーモンにはお金は取らないから処分してあげるだなんて何ともありがたみのないご忠告とアドバイスとサービスまでいただいたのだけどすべてお断りした。
 このまま残してあるのは、あの時の恨みを忘れない為。勿論当時のことは今となっては不思議が多くて、ランチアがどうしてあのマフィアを潰してしまったのかというところから、そして骸さんがどこでランチアと出会ったのかというところもある。

 だって、私の記憶の中に彼の姿はないのだもの。
 それでも私が彼と手合わせをした時、私が思い描いたランチアのファミリーの屋敷を見て「懐かしい」と口にしたのだから彼があそこに、何らかの形でいたのは確か。

「ムム。帰ってきていたのかい」
「!わ、びっくりした」

 後ろから声をかけられて、危うく宝石箱ごと落とすところだった。
 腕の中でしっかり握りしめるとふぅと息をついて振り返る。

「あら、マーモンはいたのね」
「今回は協同でベルと行くことになってね。僕ももう行くけどこの部屋に嫌な空気が充満していたからまさかとは思ったけど」
「2人なら早いわねえ。気を付けて」
「…ところで、ソレ「手放さないわよ」
「…言うと思った。ま、僕には理解のできない感情だから無理強いは出来ないけどね」

 相変わらずマーモンの表情は見えないけれど、何だかこの箱と、それから指輪には珍しく執着している気がする。
 だって、彼が人の持ち物に対して二度も三度も何かを言うなんて珍しいもの。

「忠告してあげるよユウ」
「…ん?」
「術士の大半は強欲で、自信家で、嫉妬深い」
「自己紹介でも、」
「皆は気付いていないだろうけど、その鈴の持ち主もさぞ面倒臭い感情を君に抱いているだろうね」
「!」

 慌てて首元に触れるとマーモンがほんの少し笑った気がした。

「まあ君の目前にある憂いの一つは、もうすぐ消えるだろうから安心しなよ」

 謎めいた言葉を残すと、マーモンはそのまま何も言うことなく立ち去ってしまった。
 悪い人ではないのだけれど、主語が足りないと人間の感情に関して関心がなさすぎるのが欠点だわ。

 いまいちマーモンの言いたいことも分からないまま、私は部屋に取り残されてしまった。

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