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 朝からスクアーロを何とか降参に持ち込んだ事で私の喜びはもう計り知れなかった。
 だってボスの前だもの。良い所を見せたいって思うのは部下として当然の事よ。
 因みに再戦を申し込んできたスクアーロは希少種の良いお肉が食べたいっていうボスの命令で私の知らないところにお使いに向かわされたらしい。
これも相変わらずね。いつまで経っても変わりはしない。

「ごちそうさまでした」

 遅めの朝食を終えて手を合わせた。
 此処には相変わらず家事をしてくれる人間がいないみたいで、最近はあまり任務の出ない精鋭部隊の数名を此方へ呼んで手伝わせているみたいだけど「こんなことしてるぐらいならS任務に行ったほうがマシ」だと皆が声を揃えている事はさっきこっそり教えてもらった。ユウさんが此処に残って家事をしてくれたら、だなあんてそんな事お願いされたって絶対イヤよ。イヤイヤ。私はアウトドア派ですからね。
 私の食器を下げてくれる可哀想な本日の給餌係にありがとうとお礼をしたら恨みがましい目でこっちを見てきた。ごめんなさいね。気持ちは分かるのだけど。
 
 ――私がここへ身を置いて早5年になる。
 全てがゼロからのスタートで何もかもが楽しくてあっという間に月日は経過したけれどボスがここへ戻ってきたことによりそれは更に加速した。そうだ、私がボスと会ったのも此処だった。
 そんな私の視線に気付いていないのか、ボスはガツガツと食事を続けている。


『新しいメイドにしては随分貧相じゃねえか』

 初めての言葉がそれだったことを今でも覚えている。
 あの悲しくなる部屋の主はずいぶんと自分が思っているよりも雄々しい、だけど手負いの、獣だった。数年の眠りにつかされたことに怒りを隠せないその赤い瞳に射抜かれ、誰もが一度距離をおいたあの状況で始めに近づいたのは私だった。

 不思議と、恐れはなかった。私を置いてくれたヴァリアーという組織のボスは、この人なのだと思うと、どうしてだか無性に嬉しくて、誇らしかった。

 後日皆に教えてもらったけどその時のボスの機嫌といったら最高に悪かったみたいで、不用意に近付いた私が殺されるのじゃないかと誰もが私の死を確信していたみたい。

 あのスクアーロですら、私をフォローしようと動いたその時。
 ボスは幼い私に気さくに話しかけ、事もあろうか頭を乱雑に撫で付けた。…大きい手が、とても暖かかったことも覚えている。

『面白ぇ。来い』

 そうして、ボスによる私の実力見が始まった。
 トレーニングルームに連れて行かれたあの時は死ぬ気でかからないと本当に殺されると思ってベルから薬を貰って飲んだというのに結局私は彼の身体に傷つける事はおろか、触れることすらままならなかった。

 数年の眠りだなんて嘘だと思える程の、圧倒的な強さ。
 これがベルの、スクアーロの、ボス。悔しさは勿論あった。けれどそれよりも、そんな感情よりも私は彼の暴力的な、その力に心酔した。

『誰でもいい、あいつらの1人を殺れるぐらい強くなりそうなら入隊を許可してやる』

 たった数分の手合わせの後、倒れた私の上から降ってきた言葉。それが、私のヴァリアー所属の第一条件だった。
 それよりも他の面々にとって重要だったのは私が殺されずに生きてトレーニングルームから出た事だし、果てしなく難しい条件をつけられたとは言えここに居ることを言外に許可されたことだった。

 因みに一番喜んでくれたのはルッス。
 言語や、作法、それと女としての身だしなみ…まあこれは私の身につかなかったのだけど、そういったことを教えてくれた彼女は涙まで流してくれた。

『っしし。やっぱお前面白ェや』
『ボスさんから許可が出たんだったら…なあ゛?』

 それからは本当に容赦なく私を皆で鍛えてくれて、そうして今に至る。
 休む暇もなく私は日々戦い敗北を重ね、薬を飲んでは稀に暴走し、時に惜敗まで持ち込み、そして時に死にかけ。プライド、なんてものは生まれてさえいなかった。それが幸を成したのか、負けても何かが折れることもなく私は挑み続けることが出来た。日替わりといっても過言では無いほど力や特技が違う皆に振り回されそして形成されたのが今の私の力ってワケ。

 誰かに勝てた訳でもない。誰かの得意分野において尖った技術を得た訳でもない。
 それでも、相手に敗北を感じさせられる何かを得たと周りと、それから私自身が理解したのはほんの数ヶ月前。日本に渡る数日前のお話。

『服を仕立てろ』

 ボスの一言に歓喜したあの日は一生の思い出になるだろう。
 自分の無力さに涙し、己を憎み、そして強くなりたいと決意したあの日が漸く報われたのだと。喜びと同時に、私はここで生きてここで死ぬと改めて誓ったのだ。


「…何見てやがる」
「いいえ、良い食べっぷりだなあって思って」

 漸くボスが私の熱い視線に気が付いたみたい。
 何とまさかの手にしている肉を私の口に放り投げてくれて、給餌係の彼が驚きに目を見開いているのが見えた。餌付けされてるって?ええ勿論、大正解。私も肉は嫌いじゃない。

「てめえも呑め」
「もー、私未成年なんですけど」

 私がいることでボスの機嫌が事のほか良いっていうのはよく聞くけれど、私がいないところのボスを見た事がないから実際のところは良くわからない。
 でもボスが怒ったり、怖いと思うことは確かに、ない。ちょっと自惚れちゃう。こんなこといったらまたスクアーロに気持ち悪がられるのなんて目に見えて分かるけれど。

「では、有難く頂戴いたします」
「…フン」

 彼の食す肉に合いそうな洋酒を豪快に注がれながら、私はこの幸せなひとときに笑みを浮かべ蜂蜜色のそれを呷った。

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