26


 もう何年も一緒に過ごしてきたスクアーロの事だ。
 近接タイプの私の獲物はあの時全てを失ったあの場所でベルから貰ったナイフだけど、基本的な体術はベルのは奇抜すぎて師匠には向かなかった。
 何とか教えてくれようと彼なりに奮闘はしてくれたのだけど、天才と凡人の差をまざまざと見せつけられただけで終わった。どうしてそんな動きをしようと思うのか聞いても「何となく」で済ましてしまって、それでもその場においては一番適切な動きになるのだからセンスがあったとしか言いようがない。

 その点、スクアーロの動きは理にかなっていて、真似はできないけれど理解することは出来た。
 悔しい反面、誇らしい。彼らの強さは尋常じゃない。


「行くぜえ゛」
「半殺しで許してあげるわ!」

 そうして戦いにおいての師はスクアーロになった。
 つまりこの5年という間、途中途中で空白は勿論あったけれど彼に基礎から教えてもらった私は彼の動きが分かるし、また逆に彼も私の動きが手に取るように分かる。

「っぶな、」

 私の攻撃の隙を縫って繰り出してくる剣を間一髪で避けた。剣風が喉元を撫でてゾクゾクしちゃう! もう少しでこの細い首が血に染まるところだったわ。本当に、全く、手を抜く事がない。
 チッと舌打ちしたスクアーロをにんまり笑みながらその綺麗に輝く剣に手をかけると折られることを懸念した彼が私と距離を取り、沈黙。

 ああそう言えばこの前ちょっとしたレア物を私が手合わせで折ってしまったんだっけ。高いやつならそもそも私との試合で出すのが間違いなのよ。私は悪くない。

「まだまだ!」

 使用武器は何も一つじゃない。何でも使っていいとボスが私達のそばの地面に刺してくれた何種類もの武器から槍を手にした。
 剣なんてスクアーロが白熱しちゃう一番論外なものだし、大剣やら斧は私の戦闘タイプからはちょっと離れているのよねと思いながらシュンっと槍をしならせる。
 流石ヴァリアーの武器庫に置いてあるだけあって上質な材木で出来ているみたいでスクアーロの繰り出す攻撃も難なく躱し、ピタリとその穂先の照準を彼の首元へやってから、私も再び距離をとる。

 さあおいでませ。
 まだ見せたことのない私の槍術に、スクアーロが露骨に嫌そうな顔をして降参の意で手を挙げた。

 明らかな実力差がない限り、私達の持つ大概の武器には3すくみの法則がある。これはルッスに教わった。曰く――剣は斧に強く、斧は槍に強く、槍は剣に強い。
 私の槍の腕前がどんなものか分からないスクアーロにとって、ただでさえ薬で強化された私の事は無視できないってことだ。ふぅと一息ついて槍を回す。私の背と同じぐらいの高さのそれは今のところヴァリアーで使いこなせる人は居ないし私だってあんまり得意じゃないけれど、日本にいる負けたくない人がこれを使っているのだもの。
少し身を入れて勉強しようかしら。

「ユウ、こい」
「はぁい」

 ボスの一声で私たちの短い戯れは終わった。汗をかいちゃったけれどまだ少しも鈍っていない体に正直安心した。

 結果は私の勝ちだけど、スクアーロはアレを飲まないし私ばっかりハンデを貰っている気分。
 秘薬とはいっても私がヴァリアーに来てからのものはオリジナルではなく将来大量複製のできるよう威力の抑えめな試験薬…らしくて、だからこうも簡単に飲め飲めと渡されるみたいなのだ。ボスに呼ばれるまま近付くとひんやりとした大きな手が私に触れる。

「ん」

 最近までその存在をよく知ることのなかったボスがあの氷の牢屋から出て、早数ヶ月。
 今までスクアーロからはボスがいなかった本当の理由を聞いたことがなかったから細かいことはよくわからないんだけど、まあラッキーちゃラッキーなのよねと私は思っている。

「まあまあだな」
「ありがとうございます!」

 ボスに褒められちゃった。嬉しい。
 喜びをかみしめながら私はボスの手から生み出される金色の炎を見た。

 今まで薬を飲んで特訓をした後はいつも誰かに気絶させてもらっていたのだけれど、それ以外の方法があることに気付いたのはボスだった。(因みに私の特訓というのは割とスパルタで、薬を飲んで強化した後にただただ実践をこなすというそれだけのこと。
要は体で覚えて、後は薬を飲まずともその動きをマスターせよってことなのだけどその後の筋肉痛ったら数日は動くことを諦めたくなるぐらい。ほんと、皆は驚く程脳筋なのだ。)
 
 ボスの放つ、炎。

 この世には私には分かりかねない事だらけだし誰かがそういったことを詳しく教えてくれるわけもなく、だから私もなんとなくしか知らない。魔法みたいなその綺麗な炎は人を殺す時やスクアーロをボッコボコにする時によく使われるみたいなのだけど、どうしたことだかその炎を灯すボスに触れられると私の中にある薬は勢いを失ってしまうのだ。副作用も今のところ、出たことはない。
 だから私はボスの前では遠慮なくあの薬を飲んでこうやって終われば触れられて、そして落ち着いてしまう。
 今日もそれは例に漏れず私の体内で活動していたはずの薬の効果が即効無くなってしまって、うーんと伸びをした。今日は長時間じゃなかったから身体も楽だ。

「相変わらず綺麗な炎」
「…褒めても何も出ねぇ」
「あ、でも私はボスの顔が一番綺麗だと思います」
「殺すぞカス」
「「えっ」」
「うるせえ!」
 
 スクアーロに向けて瓶が投げられた。
 あーあ、その日本酒私がボスの為を思って用意しておいたのに。勿体無い。

 ―――リン。

 ボスの指が私の首についてある鈴を撫でた。
 イタリアにはあまりこういったものは無いものね。珍しいし、綺麗な音だ。

「ハッ、色気づきやがったか」
「可愛いでしょ。お気に入りなの」

 にんまり笑うとボスは悪くねぇとリンリン鈴を鳴らして、私もつられるようにして笑った。


「う゛お゛ぉ゛いユウ!もう一度だあ゛!」
「やーよお腹すいたって言ってるでしょ馬鹿」


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