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腹を抱えてゲラゲラ笑ったのはいつぶりのことだろう。
もちろん日本に渡ってからもそこそこ楽しい日々を送っていたがこうやって周りの人間と会話をして心の底から笑うことは無かった。何だかんだと気を張っていたところもあったのだ。そんな事を思いながらユウはXANXUSの凶悪な笑い若干見とれ役得感に浸っていた。
「で、話は戻すのですが、ボス」
「ああ?」
「あの、呼ばれたって聞いたんですけ、ど」
語尾が若干消えていくのはXANXUSがユウの言葉の意味が分からないような、そんな表情を浮かべたからで。これがもし何かの間違いで帰ってきたとしたら自分はただ与えられた役割を放り投げてきたようにも思えたからで。
そっと視界の中で何事もなかったかのように消えようとするスクアーロの髪の毛をユウはこれでもかと言うぐらい引っ張り、そして近付いたスクアーロの両頬を容赦無く掴んで、どういう事かしらと静かに尋ねた。
ここへやって来た当初のユウは何とも素直でスクアーロの後ろに引っ付いているような子供だったが、例の性別を間違えた挙句襲い掛かったという彼の人生至上最大の失態の夜以降ユウに強く出ることはなかった。もちろん、例の件に関しては流石に男の沽券に関わるものではあったのでユウは他の誰にも他言はしていないし、するつもりはないのだが。
「…おいカス」
「「はい(なんだ)」」
「ユウじゃねえ、そこのカス鮫だ」
哀しきかな彼の部下である全員が大体カスで呼ばれ慣れてしまってはいるのでこういう事態が多々ある。
それでもその後は自分の名前を呼ばれた事により少しだけ浮き足立つユウだがその様子を見て頬を引きつらせたスクアーロに対して足蹴りを食らわせ、言い訳を促すと、
「…もうすぐ仕事も終わるし女連れてこいつったのはお前だろーが!」
「はあ」
「女つったら抱く用だろーがてめえ殺すぞ」
「えっボス私のこと抱いてくれるんですか!」
「うるせえお前も少し黙れカス!」
「「はい!」」
ピキリ、とXANXUSの顔に怒りが見えたのでユウは黙ってごめんなさいと謝罪した。自分は悪くないのだと言い聞かせながら。つまりハードなデスクワークに負われたXANXUSの仕事明けに「性欲処理用」の女を調達しろと命令されたにも関わらずスクアーロはヴァリアー唯一の女であるユウを連れてきたという訳か。
確かに性別だけは女ではあることに間違いは無いが流石にそれはないだろう。哀れに思ってスクアーロの肩を叩いた。
幸いにもXANXUSの怒りはすぐに収まった様子で、ホッと一息つくユウだが何だかんだと彼にそういった雰囲気で触れられたり口付けられた事もなかったので今更先程のことを思い返しやや頬を赤らめる。
「じゃー、私はまだやる事があるので日本に向かいますね。ほらスクアーロ早くジェット出して」
このまま久々の再会を喜びたいのは山々だがやり残した事がある以上、ここに長居をする訳にはいかない。
スクアーロを責付いて部屋を出ようと体の方向を変えたその時だった。
「お前強くなったか」
「えっ」
「カス鮫」
「仕方ねえな」
背後からXANXUSの声がしてあれよあれよと首根っこを掴まれて、外に向かって投げ出される。
窓が開いていてよかったと思わずには居られない。突然の事に驚きながらも宙でくるりと回転し着地すると、リンと鳴る鈴。
幻覚というものはまだユウには理解の出来ない領域だが日本から遠く離れたこの場でも消えることはないものかと不思議に感じ首元に触れる。
「おら」
数秒後に同じくXANXUSの部屋から飛び降りたスクアーロより投げられる、薬箱。
あの時、骸と対峙した時に幻覚の中で出てきたそれはやはり何ひとつ変わることもなく。
いつまでも弱いからこれに頼らざるを得ないのだと少しだけ、ほんの少しだけズキリとしたものを感じながら箱を開けて一粒咀嚼した。
「っゥう」
あの時と、変わらない痛み。熱さ。それでもあの時と持っている感情はあまりにも違う。
そうだ、とユウは姿勢を低く保ちながら思った。漏れ出る声とは言いがたいその音も、この痛みも、実はそこまで嫌いではないのだ。
Morte frettolosaは確かにユウのものではないが、そこから溢れるこの力だけは間違いなく自分の身体から出ているものなのだから。いずれは、薬無しでも。そう信じて今まで生きてきた。
「いくぜえ゛」
「半殺しで勘弁してあげる!」
目を爛々と輝かせながら、ユウとスクアーロは互いに向けて己の最大武力をぶつけるべく地を蹴る。