カンパネラ


 とても―――懐かしい夢を見ていた。喪って、悲しくて、だけど楽しい夢でもあった。

 微睡むユウの意識を浮上させたのはギリギリと締められる身体の痛み。
 呼吸を求めて口を開いたらそこに何かぬるりとしたものが入ってきてその感覚に思わず身を捩ろうとするも、全く身動きが取る事が出来ない。生き物のようなソレは口内を蹂躙するかのように暴力的に動いた。

「ん、」

 喉から漏れるような自分の声が合図だったかのように上に何かが圧し掛かり、
 眉を寄せながら目を開けると視界いっぱいに誰かのつむじが見えた。

 一瞬で全てを察知しこれはやばいと事態を解決すべく足をばたつかせても彼の足一本でそれは遮られてしまうし肌に触れる手が止まる様子もない。ぬるりとしたそれは耳に、肩に、首に。少しだけヒリヒリと感じる痛みはこれはもう噛まれて痕が残っているのだろうか。
 うっかりハァと溜息をついてしまったのが聞こえたのか漸く手が止まり不機嫌そうな赤色の瞳と目が合った。

「もう少し色気出せねーのかお前は」
「…残念ながら私の管轄外ですボス」

 さも可笑しそうに吹き出すXANXUSの顔を見てああ帰ってきたんだなあとしみじみと思いながらいつの間にか朝まで寝てしまった事に気付く。

 ユウは自分の上司であるXANXUSと特別な関係で居る訳ではない。唯一肉体も女であるユウであるがスクアーロ曰く、『最近まで風呂上りに素っ裸で酒を煽るお前を見て欲情する阿呆はいない』らしいしXANXUS曰く『胸もねーガキに興味はない』らしい。こんなに魅力的なレディがいるっていうのに酷いと思うのよ、とユウは内心訴えつつも何だかんだで彼の興味と性欲はあっさりと失ってしまったので少し寂しいような助かったような複雑な心境である。

「…まあいい」

 XANXUSの無骨な手がユウの頭を撫でる。
 いつまで経っても此処の人間には子供扱いされてしまい唇を尖らせて抗議の声をあげた。
も う後数年で成人になるというのに、ここの男達はそんな事も知らないのだろうか。

「ところでボス。私の事を呼んだと聞い「う゛ぉぉ」…るさいなあ!」

 大音量の何かが聞こえ始めたと思ったその瞬間、ユウの横を何かが凄まじいスピードで通り過ぎた。
 動体視力は多少鍛えられてるとはいえユウの目ではXANXUSが飲んでいたミネラルウォーターの入ったグラスが彼の手から消えていることぐらいしか認識出来なかった。
 とは言え、その後背後に響くグラスの割れる音と言葉をなくし痛みに悶える誰かの声で何があったかはすぐに悟ったのだけれど。

「…お前、そのクソダセェ服は何だ」

 XANXUSが剣呑な様子で問いかけるのを聞き、ユウも振りむいて唖然とした。
 一糸乱れることのないその銀髪は水が滴り、ユウが求めてやまない隊服は何故か所々に穴が開いて悲惨な事になっていたのである。
 水はXANXUSの仕業だとすぐ理解したがその服は一体。勿体無さすぎて殺意が湧き上がりそうだ。

「スクアーロ、どうしたのそれ」

 不思議そうに首を傾げるユウにスクアーロが目に見えて苛立ちが頂点に登ったのがわかった。
 ズカズカと歩み寄りXANXUSの隣にキョトンとしながら座るユウの胸倉を掴みかかる。

「お前のっ、家にあった、ナイフトラップのせいだろうがあ゛!」
「えっあれ引っかかったの?100本全部?馬鹿じゃないの?」
「…表に出ろクソガキ」
「やーよお腹空いたし。なーんだ、避けたのかと思ってちょっと見直したのに。ダメダメじゃない」
「殺す」

 あからさまに馬鹿にしたXANXUSの笑い声が、朝の屋敷に響き渡った。

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