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 眩い日差しが私の意識を浮上させる。

「っ、うう」

 全身が驚くほどに痛い。どちらかというと筋肉痛に近いそれで、でもだからこそ気がつくことがある。

 あの薬はやっぱり幻覚で、副作用は現実世界の私を傷付けることはなかったということ。
 それと、あんな無防備に骸さんの目の前で気を失っていたというのに手合わせの時に受けた打撲や擦り傷以外の怪我は負わされていない。あの時は気分が高揚してよく覚えていないのだけれど、そう、確かあの三叉槍で傷を付けたらどうのこうのって判断したのだけれど…今見える限り私の体は刃物の傷ひとつ見当たらない。これはつまり私が骸さんに勝ったとして見逃してくれたということなの、だろうか。

「次は何だ」

 ふわふわとあちこちに考えが飛んでしまう私を引き戻したのは低い声だった。そう、何と表現したらいいのか…その声ひとつだけで頭を揺さぶられるような、そんな衝撃が走って声の方向へ視線を向ける。

「…」
「もうあの頃の夢は見飽きたところだ」

 骸さんとの約束通り、当時と殆ど変わることのない彼がそこにいたけれど余りにも彼の体に走る傷が多くて思わず顔をしかめた。ああこれは、これも、幻覚なのだろうか。右手と右足首が鎖で繋がれ、殆ど自由に身動きの出来ない状態でそこに彼は座っていて、此方を睨む目は私の最後の記憶の彼とは少し違った。

 私の人生が変わってしまったあの日の事は殆どといっても過言でないぐらい記憶が奥底に沈んでしまっているけれど最後の瞬間はいつでも思い出せる。真っ赤な炎に包まれた屋敷と、それを背景に私を見下す彼の姿。きっと仕事の時はこんな顔つきをしているんだなと分かるその表情で私を見ていたランチアの姿を、人生最低の日になったにも関わらず綺麗だと思う自分がいた。

 だというのに今のこの澱んだ、目。そうだ、この人は


「ランチア…なの」
「おいおい今度は新手の幻覚か?」

 会話が成り立たないのを見ると彼は精神的な攻撃でも受けて平常ではないということかしら。…いつから?あの時から?必死に当時の彼のことを思い出そうとするのに私ったらランチアに頭を撫でられたこと、彼のファミリーから内緒でお菓子を運んでくれたこととかそんな小さいことばっかりしか思いつかない。そう、驚くことに笑顔ばかりの彼だ。

「勘弁してくれ。…ここ一番キツいぜ」
「ランチア」
「やけにリアルなゆ」

 最後まで、それも夢だなんて言わせやしなかった。
 可哀想だなんて思ったのはほんの一瞬で、何もかも諦めたようなその口調に苛立ちを覚えたのはすぐだった。これもきっと5年も一緒に暮らしてきた皆のせいに違いない。

 私が!ずっと会いたいと思っていたランチアを殴るだなんて。

 切れ長の目が驚きを隠せないように、瞬きをする。あんなに優しい顔をしていた貴方がどうしてそんな死んだ目をしているの?あんなに幸せそうだった貴方が、私から幸せと平和な日常を奪っておいて、どうして被害者面をしてこっちを見るの?私を夢だなんて、言わせてなんかあげない。

「起きなさいランチア。私のこと、分かる?」
「…夢じゃ、ないのか」
「もう一度殴られたいのなら」
「ユウ…どうしてここに」

 縛られていない、ランチアの傷だらけな左手がこちらに伸ばされ、私は彼の手を取った。瞬間、力強く引き寄せられ私は彼の腕の中にすっぽりと包まれる。単純な身体の痛みと、心が張り裂けそうなそんな不思議な感情に訳が分からなくなって私はただただ無言で其処にいた。
 どれぐらい経ったのだろうか。

「――――すまなかった」

 お前を独りにしてしまって、と静寂の中呟く彼の言葉。
 とても苦しそうなその謝罪に、もし彼に会ったら何を言おうかとか、何を聞こうとか色々考えていたことも吹っ飛んでしまった。

 だってもう過ぎたことなのだ。…5年だよ?家族の情だとかそういったもの確かに存在しているけれどまだ幼心の私にはよく分からないものだったし、あの時は今まで一緒に過ごしてきた人達の身体が真っ二つに切れて、『ああ血って赤いし熱いのね』って。
 不幸中の幸いで、あまりの衝撃に色々と麻痺してしまったし、幸運にもすぐヴァリアーの庇護下に入り人間として扱ってもらって今に至るのだ。

「また会えて本当に良かっ」

 これは何という現象なのかしら。
 突如として急激な眠気が私を襲う。あれだけ睡眠をとったというのに、起きてこの目の前の人をひっぱたいたというのに、どうして。私を包み込むランチアに緊張が走り、私も嫌な気配を背後に感じて振り向くと、そこにはただ無表情な骸さんが私達を見下ろしていた。

「先輩の分のコントロールまで破れとは言ってませんよ、ユウ」
 
 なーにが、約束の時間は終わりです、よ。ランチアの腕に捕まったまま私は再び意識を手放した。

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