秘薬の効果の持続時間は個々にあるけれど、私の場合は5分で止めておいた方がいいという判断を受けている。それを超えてまだ体を動かすことも出来るのだけれどそうしたら今度は本当に死へと向かってしまうし、幸いに生命が助かったとしても筋肉が死滅していくというこの厄介さ。

―――結局のところ、相打ちだった。

 何度も打ち合いの末素早さを増した私は骸さんの懐に入って三叉槍を渾身の力で蹴飛ばしたお陰で槍は骸さんの手を離れ、本来の黒曜ヘルシーランドの一室の壁へぶち当たり視界は元に戻った。…そこまではよかった。

 安心したその瞬間、骸さんの手刀が私の首筋に直撃。全身に大きな衝撃が走り、私は呆気なく気絶してしまったみたい。あれだけの覚悟をしておいて情けない。目先の勝利に惑わされ結局これだ。ここが戦場であったとしたら私は既に捕虜か死んでいるだろう。
 ジワリと目尻に涙が浮かぶけれどそれを拭える力も残されてはいない。

「おや、起きましたか」

 骸さんは気付いたらしい。指をぴくりと動かしたものの目を開けることさえとても億劫で、自分が今まさに彼の膝枕を受けていることすら払い除けることも出来なかった。これを屈辱以外の何だというのだろう。
 それでも、きっとこの感触は指なのか…涙を拭き取られたけれど何も言われなくて助かった。

「勝負は君の勝ちですよ。ますます欲しい」
「‥そ……」
「ですが、約束ですからね。会わせてあげましょう」

 突然の浮上感と、歩く音。
 横抱きにされたまま何処かへ移動しているみたいだけど確認することも覚束無い。うっすらと目を開いたら変わらず彼の綺麗な顔がそこにあって、だけどどうしてだか少しだけ感情を無理やり押し殺しているような、そんな硬い表情だった。けれど特に私も口にすることは憚れて、再び重い瞼を閉じる。
 やがてギィ、と何か重い金属音がして私はそこで何かに座らされた。

「…ごゆっくり」

 暫くしてようやく目が開くようになり、まずは自分の体が五体満足であることを確認。ナイフもネックレスも無くなっていて、代わりに骸さんにつけられていたチョーカーが存在を主張している。身体全身は未だにだるくって脳が働かないけれど、この部屋に、ランチアが?闇に慣れても見当たらなければ、音もしない。
 嘘ではなさそうだったけどね。もう少し…もう少し寝たら‥‥後で探…

 私の意識はそこで途切れた。


 場所は移り、同建物、とある一室。
 犬と千種が先程自分たちの主人が荒らしに荒らした部屋を健気にも片付けている様を片目で見ながら骸は楽しそうに三叉槍を弄んでいた。

――――あれは、大層面白い。

 初めて犬がユウを連れてきた時は第2の玩具が飛び込んできたとぐらいにしか認識していなかった。小生意気な存在だと。所属しているところも自分が何よりも気に食わないところではあるが今すぐに敵に回すのも厄介だと…付かず離れずに接していたつもりなのだ、が。

 だが先ほどの戦闘はどうだろう。
 有り合わせでの武器の攻撃も骸に切り傷程度とはいえ負わすこともできたし、何と言ってもあの殺気。あの気迫。近くで見て初めて気付いた、爛々と輝かせたその目は自分の目と同じぐらい深みを帯びた赤い色。
 恐らく自分の能力を―例え一端だとしても― 気付いたにも関わらず恐れる事なく果敢にも立ち向かい、あろうことか一時的な力と代償に体に支障を来すであろう劇薬を口にして。

『約束は守りなさいね!』

 少しだけ、ユウのことを知りたいと思ってかけた幻術だった。
 彼女はどのように舞うのだろう。どのように人を殺し、どのように泣きながら敗北を認めるのだろう。
 ――最初は自分が与えた首輪の下にネックレスが現れた時は思い出の品などというものにしがみつく程度の女なのかと内心残念に思ったものだが、それはただの杞憂でユウの選んだ品はまさに実用的なものだった。

 本来であれば幻は、あくまでも幻。口にしたとしてもその仕組みが分かってさえいれば飛躍的な力を手に入れるだけですんだというのにバカ正直なユウはその代償までもしっかりと思い込んでしまい、あわや現実世界で死ぬところだった。しかもその薬を飲み死にかけた過去があっただろうにそれを口にする事に対しても怯える素振りもなく。
 嫌な予感がして何か行動を起こす前にユウを気絶させたのもあながち間違いではありませんでしたねえと骸は思う。
けれど、

「ク、フフ」

 そんな状態まであのユウを追い詰めたのは紛れもない自分。
 あの飄々とした雰囲気を壊し本当の意味での死ぬ気で立ち向かってきた相手も自分。

 犬と千種が不思議そうにこちらを見るなか、近年感じたことのない満足感に骸はただ嬉しそうに笑ったのだ。

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