不協和音は断末魔と化す




 手を挙げ抵抗の意志がないことを示すとすぐさま頭から被せられる布。視界を遮られることは右目にて主だった力を解放する骸にとって避けておきたいことであったがこの場で暴れる方が不味いだろうと1人納得し大人しく彼らと共に前へ前へ歩み出す。どうやら自分のことも彼らは知っていたらしい。どちらにせよ彼らの行動から自分や小夜を殺すつもりは今はないと見える。
 共に歩む人間はまだ数人か。ずるずると引きずられている音も聞こえず、彼女はどうやら背負われてでもしているのだろう。


「止まれ」

 暗い視界のまま骸は彼らに先導され暫く歩かされた後、広場のようなところで乱暴に座らされた。ついでに手足も縛られれば普通の人間であれば何もすることは出来ず。
 感じ取られる人の気配は10、20。時折聞こえる音は恐らく武器の音で非常に分が悪い。やはりあのリング、相当自分を嫌っているらしい。それとも手放した事に対し憤っているのか。


 ──さて、どうしたものか。

 ここで何も考えることなく幻覚を作り出すことは可能だろう。骸にとってこんなただの布や縄は大した拘束力もなく、その気になればすぐに抜け出すこともできよう。
 しかしそうなると小夜のことが厄介だった。彼女は無事なのだろうか。暗闇の中、彼女の額から血が流れていることは最後に見えたのだが、…生命に別状はないとはいえ顔だ。それがほんの少し気がかりではあった。


「わざわざご苦労だった」
「さあ、では始めよう。クラリッサファミリーの女とリング。これさえあればまた血の惨劇を再現できる」
「……成程、最初から彼女が目当てでしたか」

 布は外されることのないまま骸は彼らに声をかけたが何も返されるものはなかった。無抵抗の自分など怖くもないのか手足を縛られ視界を隠されたもののそれ以上何もされることはない。そもそも興奮しきった彼らの耳に、目に最早自分の姿など映っていない可能性がある。
 目を瞑り、彼らが何をしているかと想像してみたが如何せん会話は少なく判断材料が圧倒的にない。しかしながらこのような状況に陥っても骸が動けないのは、否、動かないのには理由がある。


『私が全部、するわ』

 それが彼女との約束だったからだ。
 提示したその条件を飲むのであればついてきても構わないと言われていた。だからこそここまで黙ってついてきたのだがしかし、これでは流石に不味いのではないか。そう思わないでもなかったが約束は約束だ。自分に関して攻撃をしてくるようであれば引き金を引いた後でも対処はできよう。が、彼女に関しては自分は手出しのしようがない。

 ここまできて未だどうしたものかと悩むのは、彼女は別に自分と何の関係性もないからだ。自分に何らかの利益があるような人間ではなかったからだ。ただ気に入っただけ。ただ興味を覚えたが故についてきた、それだけのことである。恩を売ったところで別に喜びはしないだろうし寧ろ嫌がられる可能性の方が高い。


「!」

 そんな思考を途絶えさせたのは唐突に響き渡る、ビリリと破られる布の音。何も見えぬままではあるが視覚が閉ざされている分他の感覚器官が過敏となる。床に何かが落ち、カツンカツンと響く音。
 相変わらず視界は封じられていたがようやく破かれたものは彼女の衣服であろうとすぐに理解する。


 …やれやれ、死んだら死んだでその時だと、思っていたのですが。

 しかしそれではついてきた意味がないではないか。己が興味を覚えたのは生きて、自分に真っ向から歯向かう女であって死体ではない。それに気に入った人間に手出しをされるのは些か不愉快である。


「薬は」
「もうとうに」
「まだ意識を失ったままか」
「叩き起こしますか」
「起きれば俺達の言いなり人形の魔女だ、これで、我々は…」

 ――…やはりそうだったかと骸は溜息をついた。
 何も知らないわけではない。沢田綱吉により色々と情報を受け取っていたがまさかここに来てそれが役立つとは。

 骸には全く興味のなかった事案であったが、後に”血の惨劇”と呼ばれる事件がかつてあった。
 それに成り得たきっかけは彼女、シャルレやその後輩にあたる小夜の所属するファミリーの1人が捕まり、自白薬を飲まされ、情報を吐き出させられたことにある。その際、”CDI”での会話が筒抜け状態となりシャルレがオッサ・インプレッショーネを手に入れたという情報までもが流れ、血眼になってヘルリングを探していた連中共が動きだした。

 結果的に例のリングの所持者─つまりシャルレである─は逃げ出すことに成功し、しかしそれ以外の人間が全滅。世では魔女だ、悪魔だと騒ぎ立て、尚且つ彼女の美貌も相俟り、ほんの少しの期間であったが彼女を崇拝する人間も現れたのだという。

 彼らが狙っているのはその第2波だというのか。
 ならばこれは、彼女を第2の魔女へと、仕立て上げるつもりなのだろうか。例のヘルリング、例のファミリーの女。小夜の術士としての力は申し分ないのは骸もよく知っている。ひどく強い女だ。強く、それでいて危うさを孕んだ、自分はあまり相対したくない女であった。だのにそれでも惹かれずにはいられない。彼女はそんな魅力を、持ち得ていたのだ。ならば彼らの言う通り、投薬により彼らの言いなりとなる魔女になれば骸にとってこの上なく厄介な相手となろう。


 尤も彼女が彼らの言うことを素直に聞くことがあったのであれば、の話だったが。

 思わず笑みが漏れ、それが男達の気に触ったらしい。ようやくこちらを振り向いたかと思えば近くを銃弾が通る。


「何がおかしい!」
「貴様、自分の置かれている立場がわかっていないのだろう!?」
「…立場、ですか」

 ああ、おかしくて仕方がない。そうか彼らの狙いはそんなものだったのか。そんなものでしか、無かったのか。

 彼女と出会って未だ半日。手を合わせたのはただ1度、会話をしたのはまだ数往復。たったそれだけなのに何故自分が彼女のことが分かってしまうのか疑問に思っていたがそれが今、ようやく解けた。
 彼女はシャルレに似ているようであり、またクロームに似ているのだ。当然それは性格云々という訳ではなく、守るべき対象者があった場合になりふり構わず戦うという1点のみであるが。
 恐らくクロームであればこの事態に陥れば冷静に観察し、時を待つだろう。しかし彼女は違う。その身、朽ち果てても構わぬとばかりに危うい動きをしてでも守ろうとする動きの動力源はまさに怒り。ならば骸が言うべきことはたった1つなのだ。
 そこにいる魔女は君達の手では到底彼らの手には追えやしない。何故ならば、


「小夜、早くしないと僕は約束を反故しますよ」

 それは彼女にとって一番忌避すべき言葉。骸が言い終わる前にいだだだ、という声があがったのはその瞬間だった。たまたまタイミングがよかったのか、それとも骸の言葉を聞いた故だったのかは定かではなかったがどうにも後者のように思えてしまうのは流石小夜と言ったところか。
 男達のざわめく声、投薬が上手くいっているのか確認しろと騒がしいが…これを見ることが出来ないのが唯一気がかりな事である。恐らく彼女は今頃良い格好をしているのだろうから。


「おはよう、我らの魔女。薬はまだ効いていないようだが」
「…いざ言われたら言われたでムカつくわね。で、リングは?」
「ここに」
「そう、」

 チャキ、チャキ、と聞こえるのは銃を構えた音だろうか。それらは間違いなく全て骸ではなく彼女に向けられているのだろう。また自分は蚊帳の外状態であったのだがそれに対して骸は別段気にすることはない。
 皆が恐らく武器を構え緊張している中、小夜だけが空気を読むこともなく「寒い寒い」と声をあげ恐らく衣服を纏っている。この緊張感の中そのようなことが出来るのは恐らく後にも先にも彼女だけだろう。
 男達はどうしていいのか考えあぐねているという様子ではあった。どのような薬を飲まされたのか分からないがその言動から察するに彼女を言いなりにすることのできる類であると推測されたが、彼らの言葉を聞く限り未だ効果は現れていないようで方向性を変えたとみえる。

 彼らは小夜を脅すつもりなのである。自分達のいうことを聞けと。さもなくばこのリングがどうなってもいいのかと恐らく彼女の前に提示する。
 そうとならばリングを欲しがった小夜は薬があってもなくても聞かざるを得ないだろう。恐らくそういう企みであった。何とも卑劣。何ともマフィアらしい考えなのだろう。確かにそんな事をされてしまえば彼女が取る行動はたった1つだけしかないのだから。「うん、たしかに」彼女はそれを目の前で確認した。この場において、おおよそ似合わない楽しそうな響きをもって。


「じゃ、わざわざご苦労さまでした」
「……は?」

 もちろん彼女がそのリングを大事に自分のモノとして今後も扱う予定であったならば、という注釈をつけなければならなかったのだが。


 ――パリン!

 響いたのは恐らく小夜が放った力でオッサ・インプレッショーネの模造品がいともあっさりと壊れた音だろう。その後にカランとした音は真っ二つに割れたものが落ちたものであろう。
 やってくる静寂、やがてざわめきたつ声。
 嗚呼、その姿を是非とも見たかったと思わずにはいられない。段々愉快になってきた骸はそれだけが残念でたまらない。何がどうなっていると誰しもが思っている中、「さて」聞こえてくるのは悪魔の声。


「すこーし、八つ当たりぐらいはさせてもらいましょうか」

 それは間違いなく半日前に聞いた、彼女の楽しげな声。
 せいぜい皆殺しにして気分が晴れるといいのだがと骸は相変わらず拘束を受けたまま、視界は閉ざされたままの状態で1人笑うのであった。

  
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