悲鳴は残響にも似て




「なるほど、これが”CDI”ですか」

 クラリッサファミリーと言えばあまり知られてはいなかったがボンゴレのお抱えの情報屋ファミリーである。その数、おおよそ20。寧ろ少ない人数で構成されたそのファミリーが何故こうも他の情報屋ファミリーに一目置かれるかと言うとその彼らの情報は何よりも早く伝わり依頼達成率が9割以上という驚異の数字にある。
 その理由として挙げられるのが彼女達が持つ情報のやりとりを行う手段、それが”CDI”。

 骸も話ぐらいは聞いてあったが実際目にすると利便性に富み、これを考案した人間は何と効率的なのだろうかと思わずにはいられない。脳内でやり取りをするということにより外部に漏れることは早々なく、また回線をも不要とするので何処であっても話すことができる。
 彼女が狙われたあの時、あの取引の場所から小夜の姿を見失ったもの恐らくは今回小夜が連れてきた”CDI”でやり取りをしているチームメイト達との連携によるものであったに違いない。その代わりあまり離れた場所では使えないという欠点もあるのだが、チームを組んで仕事をする場合これ以上ない武器はないだろう。情報はいつの世だって、最強の力となる。

 しかしこの便利なツールを持っていたが故に、シャルレという女は不幸に見舞われてしまった。否、ただそれだけであるならば別に何もなかったのだ。もう一つ、彼女が見舞われた事件。それこそが、彼女を地獄に陥れた根源。


『君、術士ですね?』
『…あら美しいお兄さん。何か私に用かしら』

 思い返すのは数ヶ月前の出来事だ。任務中にとあるマフィアを殲滅したのだがその際に入手したとあるリング。なかなかの精巧品に見えたが調べてみれば本物によく似た力を発揮する、模造品。否、偽物というよりはヘルリングシリーズが出来上がる前の、同作者による試作品に近しいものであった。

 しかしながら骸はこの時既に本物のヘルリングを所持している。
 別段今すぐ強力なリングを欲しているという訳ではないし捨てるのも何かと面倒だと考えていたそんな矢先に出会った銀髪の女に興味を覚え、声を掛けたという訳であった。向こうは自分を知らなかったのだがこちらは彼女を、彼女の所属している組織を知っていた。彼女とは直接組んだこともなかったもののクラリッサファミリーの情報は幾度と利用はしていたのである。

 だからこそ彼女に渡したのだ。
 特に彼女へと何かを期待した訳ではない。ただ偶然出会ったから。ただ偶然、彼女の組織を知っていたから。ボンゴレの人間に渡すよりは意義のある使い方をするだろうと、あわよくば自分の為の力となるだろうと思っての行動であったのだが、それが思いもよらぬ方向へと動くなどと誰が思おう。
 結果として、彼女はオッサ・インプレッショーネの模造品を手にしたという理由で”血の惨劇”という大きな街一つを巻き込んだ、大量の死人を出す事件の中心人物として、またその後にも1つのボンゴレファミリーの傘下マフィアによる悪巧みに巻き込まれることとなる。
 幸いに彼女は存命だ。彼女の命を助けてほしいとクラリッサファミリーのボスが直接沢田に掛け合い、そこからヴァリアーへと依頼、今は縁あってヴァリアーで彼女は生きているのだと聞いている。


『大丈夫だって。元々骸がやらかした事の後始末だし』

 沢田綱吉にしつこく言われていたのはそこであった。自分に非があるなどと認めるつもりはない。が、彼女は自分の居場所を奪われ、沢田が動き、ヴァリアーまで動くこととなったその原因には己の渡したオッサ・インプレッショーネがついて回る。
 何度も言われるのだって面倒くさい。ようやくその考えに至り動き始めた訳だがやはりあのリングは模造品とは言え曰く付きであったに違いない。どうにも周りの人間を、特に骸ばかりを振り回してばかりだ。


「周りは術士ばっかりみたいね。正直少し休んでから来ればよかったと思ってるわ」
「同感です。…しかし、まあ彼らはあのリングをどうするつもりか」

 たかだかリング、されどヘルリング。売り払うつもりであればこのような建物に持ち帰る必要もあるまいと小夜は唸りながら一向に出てくる様子もない建物を睨みつけながらギリリと下唇を噛む。

 不承不承と言った体で骸の同行を認めた後、すぐさま彼らの後を追った。そして近くの廃ビルで姿を消したという情報を小夜のチームメイトから受け取り、2人でここまで来たという訳だ。
 が、如何せん自分も彼女も先程の戦いにより力を随分と浪費している。骸ですら彼女には手間取ったぐらいなのだ。本当に情報屋ファミリーの事務員なのかと問いたくもなるぐらいであるが彼女は今回初めて事務所から出たというのだから驚いたものの納得したところはある。
 何しろ彼女の戦い方は危うく、まるでこれから自爆でもするのかと思うほどの猪突猛進具合。戦う術士は反則だろうという例の言葉はいつかのリング戦、自身の相手を務めたマーモンも同じ言葉を紡いで居たことをふと思い出す。あの時よりも随分難しい戦いであったのは相手が彼女であったからだということは否めないだろう。


「…早く終わらせなくちゃ」

 何故彼女を手伝おうとしたか自分でもよくわからなかった。
 本来であれば役割を果たしたとして今頃何処かで休んでいるはずだったのだ。どう考えたって自分が彼女に手を貸す義理はない。なのにその目が、自分の右目と同じ赤の瞳と目が合ったあの時から己を捕らえて離さないのだ。もちろん彼女としてはそのような意識などないし、そもそも小夜の中にはシャルレのことで頭がいっぱいである。それでも構わないと思えたのは。


 ――…非常に、厄介だ。

 リングを取り戻すことが出来たのであれば恐らく自分が彼女との行動に同行できた取引材料である彼女の居場所を吐かせられるだろう。尤も、それをしたところで彼女があのヴァリアーの元へ向かえるとは到底思ってもいなかったのだがそれはそれ。
 触れようとしても避けられる。近寄ろうものなら避けられ、睨めつけられる。そんな彼女に興味を抱いたなんて、何と自分も趣味が悪いと内心笑わずにはいられない。


「…ああ、お姉さま」

 逢いたいと翳るその眼差しが決して自分に向けられることはないと言うのに何故こんな時でも彼女に手を伸ばしたくなってしまうのか。強烈な魅了の力でも彼女は有しているというのだろうか。それの方が幾ばくか理解はできよう。自分がまさかこのような感情に陥るなんて、自身が一番驚いているのだから。
 そんな事を思いながら彼女の無防備な背中を見ていたからだろう、骸が珍しくも敵地の中で油断したのは。


「小夜!」
「…え?」

 それは唐突だった。歩むその先は闇。自分の前を歩く彼女の前に突然現れたのは、向かって振りかざされたは鉄の棒。響く鈍い音。小夜の身体が地に沈んだのと同時に、骸の背に銃が突き付けられたのである。

  
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