喧騒と掻き消された真実




「あーあ、ほんと運が悪い」

 小夜には致命的な欠点というものがある。とは言っても自分で元々知っていたという訳ではなかったし別にそうでもないとも思っていたのだが周囲より昔から口酸っぱく言われてくれば流石に自覚だってせざるを得ない。
 敬愛してやまない先輩事務員であった彼女のような何があっても動じない冷淡さ。小夜には圧倒的に足りていなかったものである。いつだって感情的になったし、シャルレのことになればそれはもっと顕著で自身の力が尽きようとも構わないと言った捨て身のスタイルをとるものなので実力ではともかく諜報員には不向きな人間であると太鼓判を押されている。

 今回だってそうなのだ。
 拳を交えた六道骸を押しているようにも見えないでもなかったが実際のところそこまでの力が小夜にあるわけではない。術士としての力があったとしても、それを武力に換算したとしても、骸に敵うはずがなかったのだ。ただ根底にある彼女への想い故に力加減が出来ず常に全力で彼に対し力を振るい、それに対し骸は骸で決して本気など出すこともなく常時力を温存していると言った有様。いずれ小夜の力が尽きることも彼はわかっていたに違いない。小夜の炎切れを狙っていたのかは定かではなかったが間違いなく向こうとしてはこちらに危害を加えるつもりはなかった。そう途中で分かってしまったからこそ自分は馬鹿にされているのだと更にカッとなったというところもある。

 しかし、小夜による恐るべき彼女への想いはいつだって常識というものを超えてきた。”CDI”にて既に何度もチームメイトから止めるようにと言われ続けていたが小夜は止まらない。
 結局のところ長時間戦ったのだが、勝敗はつかなかった。そして小夜の力が尽きることもまた、なかったのである。


「まさか、君がここまで力を出せるとは僕も思いませんでしたよ」
「しつこい男は嫌われるわよ」
「おや残念。君に嫌われたくないのですが」
「痴れ言を」

 じとりと睨めつける小夜は口ではそう答えつつ”CDI”では忠告してくれていた彼らに謝り続けていた。
 まだまだ年下の彼らであったが自分達がかつて巻き込まれた事件をきっかけに随分と大人びた考えをしているのだ。『言わんこっちゃない』『これからどうするの』かけられる言葉の辛辣さに小夜は返す言葉がない。

 勝敗を決することが出来なかった上に、小夜は大きなミスを犯していた。シャルレの姿を使った六道骸との戦闘に完全に気を取られ、いつの間にかやって来ていた輩により匣を奪われてしまったのだ。骸が途中楽しげに笑みを浮かべた理由がようやく分かった。彼はそれに気付いていたのだ。


 ――ムカつく。

 それについて教えてくれることがなかったことを詰りたくもなったがそもそも誰が悪いかと問われればその中に自分という選択肢もある以上、何も言うことも出来ずふぅと溜息をついたと同時に幻術を解く。
 本当にこの場は術士同士の戦いの場であったのかと思えるほどに瓦礫と化しているのだがそれに関して今更どうしようもない。後に実費で払えば文句もでないだろう。
 そう思っていれば不意に目の前の男が幻覚を用いて元の部屋に戻してみせるのだからタチが悪い。小夜が一生懸命拳を振るっていた最中、この六道骸は小夜を相手しているだけでなく部屋の様子を観察し、覚えていた。だからこそ有幻覚をもって戻す事ができたのである。何と根性の悪い男だろうかと心の中で詰りながら「どうも」と一言だけ告げた。


「気が殺がれたわ」
「…まさかあれを取り戻しに?」
「当たり前よ。あれは私が貰う予定のもの。…ああ、ボンゴレには無事取引は終了したと伝えておくのでお気になさらず」

 やはりこの男と関わるべきではなかったのだ。無駄な時間を過ごしてしまったし何より例の物を奪われてしまったのだから。
 こうなるのであれば一目散に家に帰ればよかった。こんなところに寄り道したのが悪かったのだ。先に炎で開けなければよかったと後悔しても後の祭りである。小夜の目の前には確かにインディゴの保管匣があったがそれ自身に大した価値はない。中身こそ小夜が求めていたもの。中身こそ、小夜が長い間探していたものだったと言うのにそれを横取りされただなんて。

 彼が小夜の願った通りのものを入れていたのであれば入っていたのはたった1つ。それはヘルリングの1つであるオッサ・インプレッショーネの模造品であった。

 ヘルリング。

 それは霧の属性を持った術士であれば誰もが喉から手が出るほど欲しがる究極の逸品。
 ボンゴレリングには到底及ばないが精製度の高い霧属性最高を誇るリングだ。しかしリングの行方は依然不明だった。既にどれも所有者がいるという話も聞いたことはあるが何しろ曰く付きのものばかり。それでも使えばたちまち破格の力を、売れば億万長者も夢ではない、そんなリングである。


「君はそこまでして、アレが欲しいと」
「ええ当然。それが本物なのか、偽物なのかは問わないわ。お姉様が持っていた。それが事実なら」

 ”オッサ・インプレッショーネ”、それこそがシャルレの最後に持っていたリングである。人の恐怖した顔を模したかのようなおどろおどろしいそれは、勿論フェイク品であると聞いていた。
 しかし彼女はその模造品を本物だと思い込んだ輩の所為で、不幸へと、地獄へと突き落とされた。どんな事件だったか、あの時の事を知る人間は最早生きてはおらず詳細は不明であったのだが街は1つ壊滅状態に、1つの悪事を企てたボンゴレ傘下のファミリーの人間及びそれに手を貸した要人達が言葉に現すことのできないほどの惨たらしい死に方をしたのだと聞く。

 結果的にシャルレは今も尚どこかで存命ではあるがその所為で”クラリッサの魔女”だの”最凶の女術士”だの異名をつけられてしまい、そんな状態では情報を取り扱うクラリッサファミリーに所属し続けるということを選ぶことが出来ず抜けたのであった。

 せめて自分に何か一言教えてくれたらよかったのにと小夜は思わずにはいられない。そうすれば自分だって喜んで抜けただろう。彼女の為に何が出来ることはないかと模索した事だろう。だけどもうそうやって愚痴を漏らす機会すら与えられることはない。
 否、今はそのような事を悔いている暇はない。やらかしてしまった事はもう仕方がなく、どうせあのリングは自分のものになる予定だったのだからクラリッサに持ち帰らなけらばならない必要もない。気が楽なのはその点だけだろうか。兎にも角にも、自分の立てた未来図の為にはまず例のリングを取り戻す必要がある。

 この時点で既に小夜の頭の中に骸のことはなく身を翻し扉へとめがけて歩きだす。随分派手に暴れてしまったが骸が取り敢えず見栄えだけは戻してくれたのだ、瓦礫と化したこの部屋の修繕は後々行うとして今は先にせねばならないことがある。何としてもシャルレが持っていたリングを取り戻さねば。


「…お姉様、」

 彼らがどうやってそれを聞きつけたかは知らない。もしかするとシャルレが魔女であったという噂を信じた輩が、例の事件を巻き起こした彼女の力の源がそれであると信じた輩が今回の犯人であるという確率は非常に高い。それならば余計、見過ごすことはできなかった。
 今度こそ彼女の汚名を、リングごと消し去ってしまわねばならない。それを塗り替えるのは自分だ。自分しかいないのだ。

 ぐ、と小夜の腕を引き止めた相手を見るまでもない。無理に引き剥がそうと試みたが存外彼の力は強く、まだ邪魔をするつもりなのかと睨めつけたものの骸はクフフと笑っただけで何も言うことは無かった。
 この男とだけは共にいるのは宜しくないだろう。そう思ったのは小夜の勘だった。大体自分の属するクラリッサ以外の霧の術士とあまり出会ったことはなかったが、いざ対峙するとその厄介さが際立つ。特にこの男、六道骸にはそう感じさせる何かがある。


「君の力になりましょう」
「いらない」

 ピシャリと言い返すのもそういう考えが根底にあったからだ。先程の件に関して責任を感じているのであれば今すぐにでも自分の前から姿を消して欲しいぐらいである。
 しかし恐らくきっと、彼はそんな風に思ってもいないだろう。ただ楽しむために、と言うところだろうか。オッサ・インプレッショーネが敵の手に渡るところまで見ていた彼と一緒に行動なんて絶対嫌に決まっている。なのに、彼は依然として余裕の表情で笑うのだ。それが余計小夜を苛立たせているということは知っているのか否か。
 ならば、と男はやがて最大の切り札を出してくる。


「ところでシャルレの行方を僕は知っていますが」
「!」

 唐突に投げ出されたのはそれはとびっきりの餌だった。彼女の、シャルレの名前に小夜の思考が止まる。嘘かどうか見極める力を、小夜はそういった力を持っていない。読心術というものを取得していないし、もし習得していたところでこの六道骸という男の事を読み取れるような気はさらさらなく、クフフと笑う男は嘘だらけだ。
 なるほど、小夜自身も確かに霧の術士ではあるが流石ボンゴレの霧の守護者と言ったところか。


『…小夜、もうこいつの言うこと聞いておいた方がいいかも』

 束の間の静寂を破るように聞こえてくるチームメイトの言葉もあり、小夜はぎこちなく笑みを浮かべながらこの野郎と毒づかずにはいられない。
 自分の弱みを知った上で、自分が狙っているものを知っている上で彼女の名前を出すなんてひどすぎるではないか。手を取らない訳がないではないか。どうしますか?と問う男は飄々としていて本当に、掴みどころがない。

 卑怯者。

 せめてもの仕返しにそう呟かれたとて六道骸は何のダメージも負わないのである。
 伸ばされた手を苛立ち紛れに掴み渾身の力で握りしめると骸は少しだけ頬をひきつらせ、少しは気が晴れた。そう、ほんの一瞬だけ。

  
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