骨の髓まで血染め上げて




『小夜、ちょっとやりすぎじゃない?』
「そーう?」
『シャルレを困らせた男だろ?いーじゃんべつに』
「だよねえ」

 一人の少女の言葉は彼女の言動を戒めるもの、もう一人の少年の声は彼女の言動を肯定するものであり小夜は当然のことながら己の都合の良い方を拾い上げうんうんと楽しげに頷いた。
 当然だ、自分の言動が間違えているはずがないのだから。

 今となれば少しずつ漏洩しつつある機密情報ではあるが小夜の所属するこの情報屋ファミリーには特殊な通信システムが存在していた。
 La condivisione delle informazioni――…通称”CDI”。謂わば電話回線の要らない、脳内で会話することの出来る便利な通信機能である。

 クラリッサファミリーに所属すると同時に死炎印で契約し、それを脳内へと埋め込んでしまう。これにより通信機器での連絡のやり取りというロスタイムを無くすことが出来るという訳だが、それに対し細かな構造を聞かされたことはないし別段自身の身体に何ら異常がでるわけでもないので小夜は気にしたこともなかった。もちろんファミリーから脱退すると同時にそのシステムから切り離されるし死ねばこれも切り離されることとなる。
 ただしこれもまた一長一短で、便利ではあるがもしも万が一敵に捕まり操られたりした暁にはそこに流れていた情報全てが筒抜けとなる可能性もある。それの所為で自分達の敬愛する事務員1名が大惨事に巻きこまれてしまい、小夜はそれに対し憤慨していたという訳だ。


「これがお姉さまの人生を狂わせたもの…」

 この日の為に用意した精製度Aのリングに霧の属性の炎を灯す。ボゥと大きな音。純度の高いインディゴの炎である。覚悟?何てことはない。その灯すきっかけはただただ純粋な怒り、それだけで十分だった。

 元々小夜は一介の事務員である。
 先輩である銀の髪が美しい彼女を心から尊敬していた。いつか彼女のような事務員になりたいと願い、仕事を学び、そして…彼女は辞めて行った。その経緯がどうであったかというのは定かではない。ファミリーのボスはそれに関して何も言わなかったし自分達の力を利用し詮索する事を禁じたのである。

 しかし、小夜はそれだけは受け入れることができなかった。その命だけは聞くことが出来なかった。
 そこで小夜は自分が姉だと慕った彼女と最後に任務を行った彼らに概要を聞き、独自の情報網を利用し探すことに成功した。

 その頃には何もかもが手遅れとなり、彼女がマフィア界の魔女だと噂されるようになっていた。

 元々小夜は気が長い方ではない。それでいて力も存分に強いのだが決して前に出るタイプではなかった。が、大好きだった彼女が魔女だ何だの恐れ慄かれていると知った時の怒りと言えば筆舌に尽くしがたい。その情報を、噂を消すことが不可能であるのならば彼女を超える魔女になってやろうではないかと。彼女の名前が薄れるほどの、驚異的な人間になってやろうと。そう考えたのである。
 自分の力がどこまで通用するかなど不安に思ったことはない。有難いことに昔から自分は術士としての才には恵まれている。だからこのクラリッサファミリーに所属することが出来たし、本来は情報部員として前線に立つほどの力も持っていたのだがやはり年若いということ、シャルレを慕っていたと言うこともあり事務員へと志願した。

 匣に灯すインディゴの炎。かちり、と音をたてて開くそれ。
 初めて目にしたその中身に、伏せられた睫毛がふるりと震えたのは仕方のないことなのだろう。『小夜、』相変わらず”CDI”で聞こえる声は小夜の身を案じている。彼らもまた、シャルレを失い悲しみを背負った年幼い少年少女であった。
 そうだここでまだゆっくりしている場合ではない、と小夜は顔をあげる。取り敢えず本日はモノが手に入ったのだから今回はそれで達成されたのだ。経緯がどうあったかが問題ではない。


「!」

 コンコン、と聞こえたのはその時だった。
 サッと走らせる視線、警戒。この部屋はクラリッサファミリーの隠れ名義で借り受けており、ここを現在使うとは仲間にあらかじめ伝えてある。しかし、今の追いかけられている現状でそのドアを開けようとする輩が居るとしたら。


 ――まさか追跡を?

 否、そんな馬鹿な。”CDI”を介し自分と通信役の2人の連携プレイで彼方此方に幻術をかけ、紛らわせて居たはずなのに。そう考えている間にコン、コンと2度目。バレているのであれば仕方がない、この部屋の付近で殺傷は堅く禁じられているがイレギュラーなことだってある。

 指先に力を含め、小夜は扉の前に立つ。単数であれば鉄の処女にでもぶち込んでおけばいいだろう。準備は万端だった。
 3度目のノックの後、小夜が開けようとする前に掛けていたはずの鍵がゆっくりと解錠され、静かに開けられる扉。合鍵を用意していたとは何とも準備の良いことで。さて現れるのは敵か味方か。コツン、コツンと聞こえる靴音。そしてややあってからそこから覗き込んだ相手とは、


「――…びっくりした。何であんたがここに居るの」
「!おねえ、さま」
「久しぶりだね小夜」

 果たして、そこから顔を覗かせた人物は見た事のある人間だった。
 小夜の声に何だって!と脳内で驚く2人のことはさておき、小夜は目をまん丸にさせ人物を見やる。脳内で映像を許可し彼らにも自分が見ている映像と同じものを送ると『シャルレだ!』『シャルレ!』と彼女へと呼びかける声。残念ながら彼女は既にクラリッサファミリーを抜けているので”CDI”は使えることもなく彼らの言葉は一切聞こえることはなかったのだが。

 どうしてそこに自分が姉と慕う彼女がそこにいるかなんて疑う余地もない。だってこの姿を知っているのはもう数も少ないのだ。「おいで」と掛けられる声は聞き覚えのあるもの。ふわりと抱きしめられる腕、微笑みかけられるそれはまるで慈愛に満ちたもの。この温もりは本物だ。自分の背中をあやすように撫でるその手つきでさえも。
 「ねえお姉さま」しかし小夜は彼女の腕の中に入ったまま彼女の服を強く掴み、言葉を投げる。


「…いい事を教えてあげる」
「なあに?」
「お姉様はね、私を抱きしめてくれなかったのよ」

 死んでしまえと副音声。

 発言と同時にその横っ面へ向けて有幻覚で蛇を創りあげ飛ばしてみたが相手は流石というべきか彼女の顔に当たることなく消え去った。
 嗚呼何と忌々しい。油断させようと演技をしてみたが自分の中で生まれてしまった苛立ちが現れてしまっていたのだろうか。こうも上手くいかないと自分の非力さが如実に出ているようで腹立たしい。

 軽くステップを踏み目の前の女から距離を取る。幻術使いというのは距離を物ともしないのが利点ではあるがあまりにも視野が狭いと知らない間に周りから絡め取られてしまう可能性もあるのだ。
 ギッと睨みつけるとクフフ、と自分の知っている銀髪の女性の口からこぼれ出た。そして見覚えのある彼女…シャルレの姿だった者から黒いモヤのようなものがぶわりと現れ、消える頃にはこれもまた、見たことのある男へと変わっていた。


「おやおや、それは覚えておきましょうか。今後の為にね」
「ほんと、術士ってたちが悪いわ」

 六道骸とは本日が初対面だ。
 何故追ってきたのか、何故彼女に扮したのか、何故この部屋を知っていたかは定かではないが彼であれば自分達の適当に創った幻術を紐解きやって来ることだって可能だろう。また相手はボンゴレだ。そのあたりの情報を知っていることだって有り得ないことでもない。

 何故この部屋へとやって来たかということは一番の問題であったがもしも小夜がシャルレを演じていたことに問題があるというのであればこの匣を返さなくてはならない事態だって有り得てしまう。
 何故ならば彼が指定したのは自分ではなくシャルレだから。
 しかし彼女が現在クラリッサファミリーに所属していない以上それはできない。また、だからと言ってこれを返却すること。それも、出来ない。これだけは譲ることは出来ない。


「見逃してくれるつもりは?」
「おやおや、その言いようであれば自覚はしているようだ」

 ならばどうするかと数瞬の間に小夜は思考を巡らせたが結局考えついたのは一つだった。相手は口も達者なボンゴレの守護者。対しこちらはただの小さなファミリーの事務員。
 話し合いを要求できる立場ではないが、要は実力で彼をねじ伏せてしまえば。恐らくプライドの高い彼のことだ、この場で押し勝ってしまえば他所で他言することもあるまい。

 負けるつもりは小夜とて、なかった。
 ダッと地を蹴り骸へと拳を突き出すとそれはあっさり見抜かれ、自分の手が彼の大きな手に包み込まれる。見た目とは裏腹に温かい手ではあったがその武器を持ち続けているからなのだろう、武器を持ち、戦う戦士の手をしていた。ギリギリとにらみ合い、どちらかと骸の方が余裕のある表情をしていると言ったところか。


「ッふ、」

 しかしそれだって予想済み。己の力がどうしたって男の手に敵うものではないということぐらい自覚はある。
 ならばどうするか。自身の力を補助する幻術を創ればいいだけのこと。力で敵わないのであれば工夫すればいいだけのこと。

 浅く息を吐きながら自分の背後に創り上げた有幻覚で足を引っ掛ける壁を作り出すと更に踏ん張り男の身体を押し返す。楽しげに細められた赤い瞳は何を思っているのかはわからない。
 ただどうも自分とはあまり性格が合いそうにないなと思ったのが彼に対して抱いた印象だった。
 自分と同じ色をした右目に描かれている文字が少し変化したかと思うと次いで先程もそうだったがどこからか突き出された槍。反射的に身体を反らしつつ更に目の前で壁を創り、数歩後ずさった。

 なるほど、周りから聞いたことはあったが確かに彼は異端である。


「戦う術士なんて反則でしょう?」
「それを君が言うのも可笑しい話だ」

 それもまた否定はできない。
 小夜の得意分野は幻術による強化、得意な戦闘スタイルは肉弾戦だったのである。視線がパチリとあったその瞬間、両者共に地を蹴り小夜は拳を振りかざす。

  
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