素晴らしきこの世界で




 どういう経緯でこうなってしまったのか誰か教えて欲しいと小夜は思わずにはいられなかった。
 確かに自分の今手元にある”これ”を欲したのは自分であるに違いない。姉と慕ってやまない彼女の、最後の持ち物である例の物を欲しいと自分の上司に願ったのも違いない。まさか下っ端でしかない自分の願いが叶えてもらえる日がくるとは思わなかったし、だからこそ舞い上がったのは確かだ。

 しかし、それもつい1時間ほど前までの話。当日になりよくよく話を聞いてみれば求めていたものはボンゴレが保管しているというではないか。さらに言えばその運び屋として選ばれたのがあの凶悪且つ最強の幻術使いである霧の守護者・六道骸とあれば小夜の表情が凍りつくのも当然と言えよう。
 目の前で対峙してよくわかった。確かにこの男は強く、そして美しい。赤と青から為るオッドアイはかつて滅び去ったかの有名なエストラーネオファミリーの悲惨な置き土産。有幻覚と幻覚をいとも簡単に切り替えるその強さはそこで得たものなのかは分からなかったが確かにこの男は強いだろう。否、術士としての強弱の測り方など小夜は知らなかったがそれでもそう思わずにはいられない何かを彼は持ち合わせていた。


 だからこそできることならばこの六道骸という恐ろしい人物とあまり話すこともなく、これ以上深入りされることもなく帰りたかったのだ。何故かあの男がこの匣を受け取るに一人の女、つまり姉と慕った彼女のことを指名してきたのだがその彼女は現在ファミリーに所属していなかったが故に代わりに小夜が出たということ。

 しかし幻術は幻術でも小夜は自分へとかける幻術にだけは特別長けていた自覚はある。
 他者を騙すこと、それは彼女の得意中の得意分野であり、さらに言えば今回その変貌する相手に成りすますことに関しては殊更自信があった。自分の中で巡る死ぬ気の炎は当然だが彼女と一緒であったし炎で悟られることもない。少しだけヒヤヒヤしていたが騙せばいいのはほんの数分だけ。ならば小夜は見破られない自信もある。

 そもそも大したことは望んでいなかった。あの目当ての匣を手に入れるだけでよかった。取引先はあのボンゴレだ、約定など違えるはずもないしその霧属性の匣の中身は本物であるに違いないのだから。
 はたして六道骸は気が付くことがなかった。否、少しだけ不思議がっているようにも見えたがそれ以上に興味を示さなかったと言ったところだろう。それに小夜が幻術によって変貌した彼女と六道骸という人物はそこまで話すこともなかったはずだった。寧ろ話したこともあるのが数分といったところであることまでこちらは把握済み。何かと疑わればそれなりに切り抜ける話術も小夜はあらかじめ準備をしていた。抜かりはない。

 まさか当日になってこれほどまでに頭を使うことになるとは思ってもみなかったがそれでも自分の目的の為には努力を惜しまない。その甲斐も実り、無事に終えるかと思っていたと言うのに。一体誰だ、このような事を画策したのは。一体何者なのだ、自分の邪魔をする者は。


「強欲なマフィアめ、根絶やしにしてあげましょう」

 小夜を動かしたのはただ単純な苛立ちだった。手元には既に匣があるという安心感も手伝い、彼女がこれまで我慢していた分が爆発しようとしていた。それが自分の事を守ろうとした六道骸の腕の中であることを一瞬忘れるほどに。
 ぶわりと力が湧き上がったのと同時に折角纏っていた幻術が呆気なく解け、真実を照らし出す。


 ――その銀の髪は黒髪に。
 ――その灰色の瞳は血の如く赤色に。

 非常に認めたくはなかったが自分を腕に抱く六道骸の右目と同じ色であることは自覚している。長年自分と付き合ってきた目の色なのだ、当然ではあったが六道骸と相対し彼の姿を見た時に最初見たのがその目であった。
 自分は別にこの目を厭ってはいないし寧ろ好きではあったのだが、それがこの男と同じ色であるということに少しだけ苛立ちを覚えたのも正直なところで。


「そのリングを寄越せ!」

 とは言えこれ以上長居をするつもりは毛頭ない。それは恐らくこの六道骸とて一緒だろう。何やらよく分からなかったが小夜を守ろうとしてくれていた辺り今は彼もこちらの邪魔をすることはあるまい。
 それにやっと手に入ったというのに邪魔だてする者は絶対に許しはしない。もしかすると六道骸を狙った輩かと思っていたが部屋へと侵入してきた人間のその言葉にピクリと反応する。まさかこの取引を知られているとは。まさかこの手にある匣の中身を知られているとは。

 それは彼女の自尊心を甚く傷付けた。彼女は、自分の所属している機関を何よりも誇りに思っていたのだ。
 だから彼女は嗤う。だから彼女は激昂する。だから彼女は容赦なくその力を振う。

 あらかじめ用意していた霧属性の炎を指にはめたリングに灯し創造するのは人を拘束するもの。この場の、自分のことを邪魔する人間達の自由を、思考を、戦意を奪うもの。

 あまり手の内を見せることはよろしくないということぐらい小夜は知っていた。だけどこれぐらいの八つ当たりは受けて当然なのだ。怒りに目を爛々とさせた小夜の前で六道骸がほうと楽しそうに声を上げたが知ったこっちゃない。彼女は既に、そんなところを見てはいなかったので。

  
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