掴む


「なーエリ」
「は、ハイッ!」

 俺の名前を呼ぶこの声が心地いい。緊張していつも他の連中と話している時よりも少しばかり喉が絞まって上ずっていることも俺は知っている。別に他の奴らと同じようにとは言わねーよ、だって俺王子だしその辺のパンピと一緒にされても困るし。だからまあ今はこれで我慢してやるかーなんてエリの膝をしっかりと堪能しながら思っていたわけ。

 え?何で俺がエリの膝で寝てるかって?そりゃーうつらうつらしてたエリが本を読みながらヴァリアー邸の中庭にあるベンチで寝こけてたからに決まってんじゃん。野獣みたいな野郎共ばっかりの中どうにもこいつは無防備で不用心すぎる。だからこれは想定外の出来事だったしって自分の中で言い訳をして近付いた。どうにも他の部隊の野郎共がチラチラと見てたから牽制の意味込めて、さ。お前にまだそんな俺の行動の裏側なんて分からねーだろうけど。こいつに手出したらブッ殺す。未だにしつこい視線を感じてそっちに向かってナイフを投げるとヒィッという情けない声が聞こえた後気配は去っていった。

「今、どうして投げたんですか?」
「ん?ゴミの撤去」
「…ゴミ?」

 気配一つ読み取れないのはそろそろ危険かもしれないけどそれでも俺が守れば問題ねーし。2回目言うけど、だって俺、王子だし。だからといってコイツは姫ってガラじゃないけどまあ王子と兼任でナイトにもなってやれるよ。エリの為になら、さ。
 しししっ。笑みは堪えることが出来ずに笑うと不思議そうに小首を傾げて俺を見たエリはホント手伸ばしてキスでもしてやりたいぐらい可愛い。そのでっかい目、もっと見開くんだろうなー。涙とか流したら俺興奮しちまうかも。試すのはもっと後だけど。チラリと手元を見るとついでにエリの顔まで見えて目が合ったと思ったのにエリは慌てて視線を逸らす。俺のこと見てても怒んね―のにな。何なら見惚れちまってくれてもいいんだけど。

「本、お前何読んでんの」
「あ、ええと…これは」

 エリが持っているのは明日の嵐部隊の任務表と、それから分厚い辞典。前にエリが欲しいからって一人でここから出て買い物行こうとした時についていって買ってやったっけ。他に何か買ってやろうか?って聞いたのに嬉しそうに辞典抱きしめる女なんて何処探してもコイツぐらいしか居ないに違いねーよ。
 けど当然ながら戦闘員でもないエリがその任務表を見たところで何の意味もない。コイツはお留守番。俺がこなしてきた任務に対して報告書あげたりだとか、まあそんな雑務でヒィヒィ言ってるヤツが人殺したりできるわけねーし、何より俺がエリの手を汚させるわけねーし。

「…皆が何の任務をしているのか、知りたくて。私、何も知らないままですし…」
「へー。じゃ俺の帰る時間とか把握してくれたらお前起きて待っててくれる?」

 あ、ちょっと意地悪だったか?何言ってんだコイツとか思われたりしないだろうか。…まさか嫌味に感じたりとかして泣かねえよな。ふるりと身体が震えた気がしてバッと起き上がってエリの方を見るとそんな様子もなく、寧ろほんのすこし嬉しそうに笑うばかりで。

「是非待たせてください。私、それぐらいしかお役に立てませんから」

 俺の言葉は意図せずコイツの心臓を、鷲掴みってな。顔真っ赤にしちゃって、今に爆発すんじゃね?
 ……ま、今のエリの笑顔は俺も掴まれちまったわけだけど。これはイーブン。オアイコってことにしてやるよ。
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