こすぱに!

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 9月9日、昼下がり。
 どうにも僕の予定は狂い始めているような気がしたが頼りなげであっても少しずつ進んでいることに変わりなく始まりを告げ、また同時に終わりも見えてきた。
 日本にやってきた当初の目的にブレはない。それの為に随分と遠回りをしてきたがようやく目当てのものを手中に収める未来が近い。

 ボンゴレのボスとなる者だ、恐らく強いのだろうという僕の思惑は大きく外れてしまった。手に入れたケンカランキングの1位は既に倒し別室へ連れて行き、用済みとなっている。

 ──アレは外れだった。

 マフィアのマの字すら知らないただの喧嘩好きの不良だった。
 桜を見ると力が入らずフラついてしまうという致命的な弱点がなければもう少し僕も楽しめただろう。面白いことに彼はその己の体質を、呪いを自覚していなかった。自身のことにすら然程興味を覚えず自分の興味の対象の為に力を振るうその様は僕としても同感ではあったがそれは相手が格下であった時のみ有効であり、この僕の前では弱点をさらけ出したそれこそが敗因だった。
 とは言えこの平和を謳う日本においてはまだ彼も戦えた方だろう。
 あの羊と同じ種類のようにも見えないこともなかったがそれよりは幾分かこちら寄りだった。しかし僕の足元にも及ばない。平和しか知らないこの国の、小さなこの地域の中での最強などたかが知れている。


『君が女神の保護者ですか』

 問うたのは気まぐれだった。手っ取り早く終わらせてしまい詰まらないと思ったところはある。
 それにある一点においてのみ、分からないことがあった。

 押切ゆう。
 異質で便利な女の事を探しているようだったが雲雀恭弥はとんでもなく無欲だった。では何故彼女に対し執着しているのか、などと考えてみたが人間特有の、男女間のくだらない感情からだったのかもしれない。それが不思議で仕方がない。
 あの力を利用すれば色んなことが可能であるというのに。何なら彼女に聞いていれば己に起きる全ての不幸事から逃げられる事だって出来ただろうに聞かなかったのか、それとも彼女自身が話さなかったのか。
 まったくもって僕には理解の出来ない事ばかりだ。
 使えるモノを使わずにして何が道具だ。使えると分かっていて使わないなんて意味が分からない。所詮、全ては、全ての事象は僕の駒でしかない。僕のおもちゃでしかない。

 敢えて自身のこれまでの言動を振り返り省みたのはもう少し彼女の力を信用し利用しておけばよかったということか。
 そうすれば僕が直接赴きこのランキングに載ることもなかった沢田綱吉と契約することが叶ったのに。少しの手間を省けたというのに。…まあ、良い。全てはこれからの為の、楽しみの前のちょっとした余興とでも思っておけば。

 現在ゆうと雲雀恭弥は同じ部屋へと犬に案内させた。
 一応僕としてもおもちゃと言えどマフィアではない人間であらば少しは慈悲もかける。それに女神にそっぽを向かれてしまえば後が面倒臭い。出来ることならば彼女の意志でこちらへ来てほしいがそれも難しい場合は致し方ない。
 大人しくしているのは果たして諦めているのか、それとも先が読めているからの安心感なのか僕にはわからなかったが彼女とも長い付き合いになる。今後僕といることであの瞳がまだ濁っていく前に少し修復させる為に彼との再会とやらも必要だろう。どうせ彼も数本骨を折っている状態ではあるし逃げることなど出来やしない。


「骸様」

 千種の声にさて、と目の前で起きていることに意識を向ける。

 3位である獄寺隼人にやられ持ち帰ってきた情報はほんのすこし遅かったらしい。千種が起きた頃にはご丁寧に全員がこの黒曜センターへと遊びに来ており、犬がやられたところだった。
 建物内を探し回っていたМ・Мを呼び戻すのにもちょうどいいタイミングで、招集した際の彼女のあからさまな嫌な顔を見るにどうにも少し気がついたところがあったのだろう。フゥ太の事を射殺さんとばかりに睨んでいる辺り、彼の独り言からピンと来たに違いない。
 しかし依頼主である僕の言う事を聞かぬほど彼女も愚かではない。
 何よりあの牢獄でのやり取りを忘れてはいないはずだ。基本的に金さえ詰めば言うことを聞くのは知っているし僕の探している人間が、僕の意向1つで簡単に消える人間が誰であるか理解しているが故に逆らうことはない。賢い女とはこういう時に不便だろう。
 生きるために知識とは、頭脳とは確かに必要な力ではあるがしがみ付くほどの価値をゆうに見出すことはできなかった。М・Мにとって押切ゆうが何であるかなんて僕には全く興味がなかったが結果として僕を裏切らぬ決定的な枷となるのであればそれでいい。


「骸様。М・Мがやられたようです」
「そうみたいですね」

 残念だ。
 もしもこれが無事に終われば彼女も報酬として押切ゆうに会わせてもいいと思う程度に今の僕は気分が良かったというのに。全ては僕の思うがまま。犬も負けてしまうとは少し予想外ではあったがたどり着くところに違いはない。もうすぐ終わるだろう。…否、この終わりこそが全ての始まりではある、か。
 向こうとしても早くこちらを倒したいと思っているに違いない。ならば少しぐらい此方からも出向いてさしあげましょうか。僕としても非常に、彼らには興味がある。特に沢田綱吉との付き合いは長くなるのだ。


「では行きましょう」

 ランキング能力を失ってもフゥ太にはまだ使い道があった。
 誘き寄せる餌となってもらおうと一旦マインドコントロールは解き、既に放ってある。よろつきながら、顔を青ざめさせながら外に出ていく様子は流石子どもと言ったところか。
 しかし彼がそのまま逃げ出すことがないと分かっていたのは既に心の中が罪悪感でいっぱいだったからだ。もう戻れないと思っている。もう受け入れられないと思い込んでいる。だからこそ、彼らに会いにいくのは助けを求める為ではない。離別を切り出すためだ。とは言っても彼らにそんな事が分かるとは到底思えないが。

 すぐさま先輩に連絡をとり、沢田綱吉とその他を切り離すよう告げるとソファから立ち上がった。
 そこからピラリと落ちたのはフゥ太によって作成された並盛のケンカランキング。もう不要となったこれに用はなく、ぐしゃりと踏み破る。こんな紙切れが彼にとっての、今の言動の全て。

 簡単に拉致され他者に迷惑をかけてしまったということ、己の作り上げたランキングを持ち出されそれを利用し彼にとって大事な人間達に間接的とはいえ危害を加えてしまったということ。
 僕には全く理解の出来ないことではあった。人のために心を痛めたところで何にもなりはしないのに。それに、


『非表示の化物』
「…クフフ」

 本当に、彼女は役立つ道具でしかない。フゥ太の心を現在一番襲っているのは押切ゆうへ真正面から罵ったことだった。

 人によって多少差があるようだったがマインドコントロール中であっても記憶は曖昧にあるらしい。
 確かに彼の心の中ではランキングに反映されなかったという押切ゆうは恐ろしいものだったのだろう。あれの正答率は僕もよく分からなかったが他のマフィアから狙われるほどに正確無比であるらしく、幼少期からそんな能力に恵まれていればイレギュラーな事に対し対応できなかったに違いない。

 ――特異な能力は時に驕り、身を滅ぼす惨事を引き起こす。
 恐らく僕が彼女を知る前からゆうを知り調べたことがあるのだ。そして、そこに映ることのなかった彼女は人間ではないと思った。心の中にあったのは間違いなく恐怖と怯え、それとむき出しの警戒心。彼女に伝えた通り僕は彼を操りどうこうした訳ではない。ただ奥底に眠っていた本心を、本人に聞かせるよう仕向けただけであり紡がれた言葉は紛れもなく真実だ。
 これも自身の力を過信した哀れな結果だった。
 自分が見れないものは何もない。自分が調べられないものなど何もない。そう思ったが故に起きた猜疑心をありがたく利用させてもらっただけのこと。

 何と人間は単純で、愚かしい。

 当然ながら彼女が異質な存在であるということは誰にも話すつもりはなかった。あれは、あれほどまでに便利な彼女は僕のものだ。
 ソファから立ち上がりフゥ太が向かったであろう場所へ足を運ぶ。あらかじめ用意されていた鳥に仕込まれていた機械よりМ・Мに続きバーズもやられた事を知るとこれからの楽しみが増えたと思わず笑みをこぼし、ヘルシーランドを後にする。



「――…やはりあの赤ん坊、アルコバレーノ」
「そのようですね」

 短い挨拶は、対面はすぐに終えた。後に再会を果たすのだが今はこれぐらいで良い。少し残念だと思ったが、あのボンゴレ9代目が後継者に選んだという少年は明らかに平凡だった。これならばやはり雲雀恭弥の方が強いだろう。犬や千種を倒した彼らの方が戦闘経験もあっただろう。あのランキングは確かに正確だったのだ。あれが選ばれた理由が僕にはわからなかった。
 …しかし気になるのは沢田綱吉の傍にいるアルコバレーノ。僕も噂ぐらいしか聞いたことはなかったが確実に仕留めるのであればそれを解明してからでも決して遅くはない。早まった判断は身を滅ぼすことを知っている。
 走り去った彼は間もなく仲間の元へ戻るだろう。そこで力を発揮しなければそれまでのこと。死んでしまっては元も子もないし、精々僕を楽しませてくれる程度の力があることを願っていましょうか。


「クフフ」

 思わず漏れる声を誰が抑えられよう?踊れ、巡れ、全ては僕の思うがままに。ここまで想定外が続こうともどうせ間もなく全てがリセットだ。歪みはない。間違いもない。生半可な力では、ただの幸運だけでは次はない。
 さあ死ぬ気でもがいてもらいましょう、見せてもらいましょう。

 そうまでしなければ彼らの手に負えないでしょうからね。

 ――…あちらの六道骸は。

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