こすぱに!

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 フゥ太くんとはこの世界にやって来てから2回、どっちもあまり話すことはなかったけどそれでも面識があるのは確かで。


『…ばいばい』

 最初はデパートで買い物をしていた時にディーノさんと出会って、そのまま行動を一緒にしていたら彼のお迎えにロマーリオさんとフゥ太くんが来たんだっけ。
 そこから私の生活している家までの間、送ってくれたディーノさんの車の中で隣に座っていたわけだけどその時だってロクに話はなかった。人見知りをしていただけだと思っていたし、私もあまり原作の人達と関わらないほうが良いんじゃないかと自分から話を振った記憶もない。
 2度目は今回この世界にやって来た時だ。あの時は完全に怖がられ、逃げられてしまったもので会話らしいものは一切ない。

 だけど彼のこの状態が普通でないことぐらいは分かる。
 フゥ太くんが私の方に身を乗り出すもののそれ以外何もすることはなく私をジッと見ているだけだった。まるで誰かから指示がくるのを待っているかのように。

 マインドコントロール。

 この目、この行動の異常性。すぐに思い当たったのはそれだったけど恐らく間違いではないだろう。だってこの場にはそれが可能な人間が居るのだから。
 だけど、…どうして。
 まさかという疑問ではなくそれが一番最初に浮かぶ。どうして私にそんな状態の彼と会わせる必要があるのか。


「やはり驚かないのですね」
「…フゥ太くんを焚き付けてどうするつもりだったの」

 原因である骸の方へと向け、睨みつけるとそれすら分かっていたとでもいう風に骸は笑みを浮かべるばかりだった。
 先読み。
 私に期待しているのはその力。それを持っていると錯覚しているから。今フゥ太くんがいつもと違った様子であることに対し私が慌てていないのもきっとその力を使って理解していると思っているからだろう。本当はこの世界の、最終巻までの出来事を知っているというそれだけなのに。


「知っていますかゆう。彼、君を売ったんですよ」
「…」
「フゥ太くんは僕の知りたい情報を一切話してくれませんでした。オメルタという厄介な掟がありましてねぇ」

 オメルタ。
 骸が今喋ったその単語にはかろうじて覚えがある。マフィアの情報を話してはいけない、そんな掟だったか。そうだ、フゥ太くんはそのオメルタを貫きツナ達のことを一切話すことはなかったはず。

 だからこそ、この事件が一般人を巻き込む大事件になってしまった。
 あのケンカの強さが記されたランキングからボンゴレのボスになる予定のツナを炙りだそうとして順番に皆を、…押切さんの歯も抜くことになって。
 ランキングの1番は伏せられていたけれど、きっとそこに載ってある名前はツナじゃない。だけどそんな事も関係なくこれから彼らは此処へやって来ることになる。
 
 フゥ太くんを助けるために、骸を倒すために、この黒曜センターに。


「だけど、唯一漏れた君の情報だけは話してくれました」

 少しだけ私の肩を掴むフゥ太くんの手が強まったような気がする。ハッとして見返すもそれでも彼の様子に変わりはない。
 それから骸は促すようにしてマインドコントロール最中の彼の背中に手を置く。
完全に動きを止めていたフゥ太くんがそこでようやくのろのろとぎこちなく動き始め、その小さな手が私の頬に触れた。
冷たい手だった。
 相変わらず私と目が合っているはずなのに彼の意志は全くもって感じられない。それでもゆっくりと開かれる口。


「僕のランキング能力外、骸さんの能力も効かない、……非表示のお姉さん」

 さっきも言っていた、非表示の意味。
 それはもしかしなくともフゥ太くんのランキング能力が私に効果を発揮しなかったということなのだろうか。
 誰に対しその力を使ってランキングしてきたのかは分からない。だけど、確かにフゥ太くんはこの能力を失う前まで何でもかんでもランキングをしてその大きな本に書き込んできたはずだ。その幼さで他人に生命を狙われるほどに正確なランキングを何件も、何十件も。

 その中にイレギュラーは居たのかどうか。
 それは彼の言葉を考えてみると過去にはそんなものが居なかったのだろう。ランキングがどういう風にしてフゥ太くんの中で出てくるかは知らない。だけど非表示だとわざわざ言うということは。
 …それが効かない理由は考えるまでもない。


「つまりそれって普通の人じゃないよね」

 ……私が、そもそもこの世界の人間じゃないから。


「お姉さんは僕たちに近づいてどうするつもりだったの?」

 最初のあの時に感じた違和感、壁の意味をようやく知る。フゥ太くんは決して人見知りをしていたわけじゃなかった。あれは、…私を、警戒していたんだ。
 だけどディーノさんも、一緒に居たロマーリオさんも私に対してそういう風な態度をとっていなかったからそれを叫ぶことなくずっと溜め続けて。
 ”僕たち”の中には恐らくツナやディーノさんが入っているのだろう。彼の中では、私は危険人物だったんだ。

 私は確かにマフィアの人間じゃない。話してはならない掟に縛られることもない。ツナ達の仲間でもなければ私がいることでツナ側にメリットもデメリットも発生することもない。そういう立ち位置だとフゥ太くんは判断し、だからこそ骸に話した。…それが、私を売ったということなのだろう。
 何も間違えていない。物語から何も逸れていない。


「僕はお姉さんの事をずっと覚えていたよ。でも、誰も覚えていなかったんだ。僕だって夢だと思いたかった。ランキングが覆されるのは面白いし楽しいけど非表示なんて見たこともない。外れたとしても、見えないこともランキング星が該当無しなんて教えてくれることもなかった。僕のランキングブックに非表示枠、そんなページなんて使ったこともないのにお姉さんの名前だけがそこにずっとあったんだ。だから僕は思ったんだ、お姉さんは化け「もう結構ですよフゥ太くん」」

 言い淀む事もなく口元だけが動き、抑揚のない言葉の羅列も骸の一言でピタリとフゥ太くんの一切の行動が止まる。その目は相変わらず淀み何の変化もない。だけどこくりと大きく頷き手が私から離れ、ずるり、ずるりと靴を引きずりフゥ太くんは部屋を出ていく。


「…」

 私がここで去りゆく彼の小さな背中に向けて何を言っても無駄だろう。
 彼のマインドコントロールを解くのはツナであるべきで、それに値するほどの信頼を得ているのも、また彼だけだ。私がここでツナと同じ言葉を使ったところで無意味だと分かっているからこそ何も話せずじまいで、彼の先ほどの言葉を反芻していた。

 フゥ太くんも、覚えていた。

 その後ろにある大きなランキングブックの中に、フゥ太くん自身が書いた私の名前があったから?不思議な、ランキング能力が発揮されない人間として強く認識されていたから忘れることはなかったから?
 忘れられていた私の事を思い出したのは、私がこの世界に再びやって来たからに違いない。じゃあ元の世界に戻ってからもずっと私の事を覚えてくれていた人にとって藤咲ゆう、…とは。

”化物”

 骸が止めずともフゥ太くんの口からその言葉が飛び出そうとしていたことは分かった。

 ──…そっか。
 これが、普通の人の、思うことだ。すとんと納得したと同時にじわじわとこみ上げるこの気持ちを上手く理解できなかった。


「ゆう、僕が無理やり言わせましたが彼の本心であることに違いないですよ。…僕は、仲間にはひどくしませんからね」

 空いた場所へやってきた骸がさっきのフゥ太くんと同じ体勢で近寄ってくるも私は何の身動きも取れなかった。…ショック?そうだね、それに近いのかもしれない。
 自惚れにも程がある。
 今まで何も不思議と思わず持っていたその感覚に、情けなさ過ぎて笑いがこみ上げる。

 自分だけが覚えているだなんて、そんな恐ろしいことを私は他人にさせていたのだ。フゥ太くんの感覚こそが正常なんだ。
 恭弥だって言わないだけでそう考えているに違いない。ツナや山本、それから隼人だって途中で思い出したのだったら気味が悪いと思っていたことだろう。絶対に、受け入れてくれるだなんてどうして思ってしまったのか。
 骸が私がそんな異端であったって怯えないのはそういったことを知らないからじゃない。優しいからじゃない。ただ骸にとって私が使えるモノであるということだけが、私に未だ価値があると思っているから。それだけだ。

 触れてくる指。
 それは目尻にいつの間にか浮かんでいた涙を掬い取る。


「…泣く必要はない」

 低く響く声。
 泣いていたことに気付かないぐらい、フゥ太くんの言葉は突き刺さっていた。近付く骸の顔に慌てて肩を押し返そうとしても敵うこともなく呆気なく手を絡め取られ、ガクンと視界が反転する。


「!」

 ソファの肘掛けにおもいきりぶつける頭。
 相変わらず痛みは感じられないまま、目に映るのは天井と骸の顔。楽しげに細められる赤と青の双眸は何を考えているのかさっぱり分からないまま、フゥ太くんよりも更に冷たい手が私の首へ。
 この前のように私の首を締めるための動きではなく、何というか…擽るような、撫で方で。
 思わず身を捩らせようと捻るものの上からのしかかられている今、逃げることすら出来ない。


「い、や…っ!」
「君が化け物であったとしても僕は君が欲しい。…ゆう、どうか」

 以前の、”でざいなーずるーむ”で会った時と同じような体勢で、だけど話している内容は全くの別物で。その声色に乗せられているのは懇願。お願いだ。
 でもその内容に決して私は頷いてはならなかった。例えこの世の誰もが私を化物扱いして、それでも私を求めてくれているのが骸だけであったとしても。なのに私は何も出来ずにいやいやと、最初から敵いもしないのに骸から離れようと首を振るしか出来ず。


「僕の力に、」

 しっかりと離さないというように強く掴まれる、腕。


「僕と共に、」

 瞑った目を開けと言わんばかりに撫ぜられる、瞼。

 もう駄目だ。
 自分の中で色々と限界がやって来ているのは分かっていた。この状況をどうにかできる力なんて私には、ない。耳を塞ぎたいのにそれすら出来ず、私は骸の声を言葉を、ひたすら耳元で聞かされ続けていた。


「骸さん」

 その声が聞こえたのはどれぐらい経った頃だろうか。
 すぐだったような気がするし、長い時間ここに居たような気がする。この状況であるにも関わらずこの明るい声、暗闇で見えることはなかったけれど間違いなく城島だろう。
 化物でも僕は見放さない。
 異端でも僕は君が必要だ。
 甘やかしい言葉によく、頷かなかったとも褒め称えたい。よく逃げ出さず、骸の言葉に頷くことなく自分を保てたと思っていた。
それでも、結構ボロボロだったけど。


「…彼が来たようですね」

 その言葉にようやく目を開き、止まっていた思考が動いていく。ああ、ようやく恭弥が来たんだ。じゃあ、邪魔者の私は逃げなきゃ。何処かへ行かなくちゃ。震える手は自分のものかと疑ってしまうほど青白く、汗ばんでいる。
 骸の肩を再度押すとようやく彼の身体は私の上から離れた。細められる目。伸ばした私の手をとり唇を押し付けるとあやすような声音で囁く。


「クフフ、君は本当に美しい。…後で会わせてあげますからね。今はただ、眠りなさい」



 気がつけば私は先の部屋に戻されていた。どうやって戻ってきたのかは覚えていない。ランチアさんはそこに居らず、たった1人の冷たい部屋。鍵がかかっているのかもわからない。だけど動く気にはならなかった。


「……ばけもの、か」

 この状態、あんなことを聞かされて私はどうしろと言うのだろう。
 のろのろと重たい身体を動かしながら化物なんて消えてしまえばいいのにと思っていたけれど、だけど何も行動に移すことなんて出来ることもなく。

 ポタリと垂れる血。
 どうやら何処かで怪我をしたらしい。痛覚がないとこういう時も不便だ。その辺に落ちてある硝子を鏡にして服でそれを拭うと白い服が赤く染まっていく。硝子に映った自分の顔は青ざめ目が澱んでいてひどく滑稽だった。

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