こすぱに!

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 沢田家といえば当然ながらツナの生まれ育った家であり全ての起点となる場所である。私と同じで、あまり外に出歩くこともなかったツナがいる以上頻繁に描かれていたところだ。
 そんなよく見てきた通りの沢田家の初滞在は15分で終えた。

 結論から先に言おう、大失敗だった。
 歩く元気すら奪われ近くの公園にあったブランコをキィキィ鳴らしながら揺れ動かす。目を瞑れば先程までのやり取りを簡単に思い出すことが出来る。


『で?』
『…と言いますと』

 素直に話したつもりだった。
 プレゼンなんかは苦手な部類だったから、出来るだけ分かりやすいように。出来るだけシンプルに。
 ボーダーを引くわけじゃない。区別をつけるつもりでもない。だけど彼らにはまだ、言えない。
 恭弥に全て隠すことなく言えたのは彼に話したところで彼のこれからの言動が変わってこないという確信があったからで、だからといってツナ達もそうであるとは限らないからだ。

 私だってそうだ。
 嫌なことがあった時その回避方法を誰かに教わったら有難いと思ってそれを受け入れるし、突然あまり知らない人間から私は別の世界からやってきたなんて言われればとりあえず頭をどこか強く打ったかどうか確認するだろう。
 それでも伝えなければならないと思い口にしたのは私が別の世界からやって来たこと。シンプルに、たったそれだけ。
 隼人には少しだけ皆よりも多い情報を与えてしまったけれどこれはまた、今後話していければいいと思ったから。


『お前は別の世界からやって来て、その違う世界での俺達を知っていると』
『…はい』
『その証拠はあんのか?』

 ツナの部屋に部屋の主である彼と、隼人、山本。それからリボーン。きっと日常編では彼らはここで和気藹々とした日常編が行われてきたことだろう。
 だけど今日はイレギュラーな集まりで、それを持ち込んだのは紛れもない私だ。

 簡単な話はやっぱり数分で終え、皆が皆反応に困っていると言ったところに投げかけられるリボーンの疑問に困ったのは私の方だった。
 確かに物事を説明するにはそれの根拠となるものの提出が必要であることはよくよく、分かっている。リボーンの言うことだって間違いはないし寧ろ筋が通っている。

 だけどこの事案に関しては何も出来ないのが現状だった。
 例えば10年後に行けるというこの世界においての非現実にはランボが10年バズーカーを出し皆の目の前で実行するという事でそれの説明が出来るだろうけど私にはそれが一切ない。
だってそうだ、これらは全て私の意志ではないのだから。リボーンの言葉に納得は出来る。私が彼の立場なら間違いなく同じ疑問を投げかけたに違いない。
 病院に連れていかれなくてよかったかと安堵すべきかもしれないし厨二病診断されなかっただけマシだったのかもしれない。
 うん、ってことはだね。
 わかってはいたけど、部屋の空気がひんやりしているのは窓を開け外気に触れている所為だけじゃない。つまり、


『私の言うことは全然、信じられないと』
『…嘘はもう少し上手くつくんだな。帰っていいぞ』

 見込み違いだった、と小さく呟くようにして聞こえた言葉が、意外とグッサリ、突き刺さった。

 あはは、そうだよね、そうですよね。

 上手く言えたどうかは自信なかったけれど、それでも私は彼の言葉を否定することも出来ずヘラヘラと笑うしかない。
帰っていいと言われたその通りに立ち上がって用意をしていたお菓子をツナに渡し、どうぞご家族で召し上がってくださいと押し付け私は逃げるようにしてその場を去ったというわけだった。


「…仕方ないのよ藤咲ゆう」

 私の不備だったりするのであれば私が悪いだろう。だけどやれるべきことはやった。言うべきことは言ったし、彼らに伝えた事は何一つ嘘は含まれていない。ただ黙っていることが多かっただけで。
 証拠なんて何を出せばいいというのだろう。
 唯一私が彼らに信じてもらう証拠を提出出来るというのであればこの記憶、この知識だけだ。

 だけど、それはやっちゃ駄目だと自分の中で決めている以上私に武器は、彼らを納得させられるような物は何一つとしてない。

 ツナの家族構成?
──そんなの学校で聞けば分かるだろう。
 ボンゴレ?
──そんな事口に出せば原作に関われない私に罰が下ることだろうし、今度こそリボーンの銃が間違いなく私へと向けられることになっていたに違いない。

 何月何日に何が起こりましたなんて覚えている訳もない。これから出会う人間のこと、事件のことを話して逆に警戒されたことでその人が欠損するのも非常にまずい。
 そうやって自分のやれることを消去法で消していけば私が今出来る事は、この情けなく震えている自分の身体を大丈夫、大丈夫と慰め言い訳することだけだった。

 大丈夫、私は悪くない。

 信じてもらえなかったことは仕方がない。
 また機会があれば話せばいいだけだから。そうだ、今日はとりあえず取っ掛かりを作っただけ。そう思えばいい。それだけなのだから。そんなに重要視しなくていい。

 例え、彼らの視線が急激に冷えていったのを目の当たりにしていても、だ。


『お前、…本気で言ってんのか』
「――…大丈夫、大丈夫」

 突き刺さる隼人の視線は暫く忘れられないだろう。少しでも得ていた信頼が崩れる時ってこんな感じなのだろうなと身を以て体験した。
 戦うことも出来なければ人を説明説得出来ることもない。何とも無力で情けない。

 彼らは当然の反応をした。私も出来うることはやった。もう今はこれ以上何も出来ないのだからそれで終わっておかなければ。彼に縋るつもりはないけれど、恭弥の反応こそが少し常人と違っていただけで、皆の反応が正常だったんだ。恭弥に甘えすぎていただけ。それだけなのだから。

 とは言え恭弥に伝えていた時と同様に嫌われる覚悟はできていたつもりだった。だけどやっぱり、これは思っていた以上に、


「……きっつい、なあ」


――ゴキンッ!

 嫌な音がしたのは顔を手で覆ってからどれぐらい経った頃だったろう。辺りはいつの間にかすっかり真っ暗になっていてそろそろ帰らなければと顔をあげる。
 明日が憂鬱で、来なければいいのにと。
 学校に行かなくなってもいいような災害が来たらいいのにと確かに思っていたけどこれは望んだ事態では無いことは確かで。

 どうしても帰るには避けられない道、少し離れた場所で大きな影がガサゴソと動いているのを見て身体が固まった。…不審者?
 誰かの苦しげな声。それに跨る誰か。喧嘩だとすぐにわかる。大声を呼ぶ気力は、ある。大丈夫。
 思考を切り替え、口を開いて、喉を開けて、声を出せば誰かが顔を出してくれるはず。距離をとって誰かに助けを呼ばなきゃ。


「った、…すけ…!」

 それは恐らく地面に寝転がされた側が相手へと懇願する誰かの救いを求める声。大きな影はこちらに背中を向けていたというのにピタリと動きを止め、ずるり、ずるりと今度は何か引き摺るような音と共にこちらへと歩み寄ってきた。
暗闇で誰かの判断はできず、だけど嫌な予感は膨れ上がる一方だ。
 逃げなきゃと思うのにそこに怪我人がいると分かっていて放っておくことは出来ず携帯の入ったポケットに手を突っ込みながら同じスピードで私も後ろへ下がる。


「っ!」

 その大きな影の正体の半分は、街灯の下へとやって来たことで知る。
 ドサリと大きな音をたてて私の目の前に投げられたのは先の喧嘩で負けた方の人間で、以前、見たことのある顔だったからだ。
 私服を着ているけれど彼は間違いなく、


『空手部主将なんだけど、聞いたことないかい?』

 恭弥に見せてもらったあの写真の人。
 ──空手部の主将の。


「…押切、蓮造」

 まさかこんな所で、こんな時に会ってしまうとは思ってもみなかったけれどこの世界において押切ゆうの兄、であるべき人。
 しゃがみ込み声をかけても反応はなく揺さぶればぬるりと手に付着するのは…血?

 突然の赤色にヒッと息を呑んで、だけど僅かに肩が上下しているのが見えると慌てて彼の様子を見る。
 喧嘩にしては酷すぎる有様で、押切さんの顔は見事に腫れ上がっていた。
 ヒュウ、ヒュウと息の漏れる音、何とか呼吸をしようと口を開き詰まっていたらしい血をガハッと吐くとさっきよりも随分とマシな呼吸をしていた。

 だけど。


「……あ、」

 押切さんの事をどうにかしなければならないというのに足が、手が、喉が恐怖で、竦みあがりカチカチと歯が鳴って何も動けなくなってしまっていた。
 だって気が付いてしまったから。
 今、彼が口を開いたその瞬間、無ければならないものが何本か、紛失していることに。


「あと1本、なんだけど」

 まさか。そんな、馬鹿な。有り得ない。
 必死にその疑問を否定するその私の考えに対し何を今更と言わんばかりに肯定する抑揚のない声。ゆらりと目の前に現れる長身。ぺたりと座り込んでしまった私を銀の淵の眼鏡の奥、冷え冷えとした視線が見下ろしている。
 それに含まれているのは明らかな敵意。
 勿論この世界においてほとんど友人と呼べる人間も居なければ知り合いなんてほとんどいなかったけれど緑色の制服に身を包んだ、この人物もまた、私は知っていた。


「……誰?」

 もっとも彼は恭弥に見せてもらった写真なんかではなく、漫画とアニメで、…だけど。

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