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結界を潜るとそこに広がるのはただただ伸び続ける通路であった。

三叉槍を携え警戒を解くこともなく周りの様子を確認する。人が2人横並びには出来ぬ程度の狭さ、高さも然程無く軽く手を伸ばせば天井に着いてしまう程で圧迫感すら覚える。
窓というものは一切見当たらない。この場所の先、それから後ろを振り向いても行き当たりなども確認出来なかった。背後にある藍色の結界は未だフランの力により広げられたままではあるがヘルリングを使用している事によるデメリットがいつ自分やフラン自身を襲うかも分からない為、あまり長居もしてはいられない。

足音を鳴らし歩みを進めると廊下の両端にはやがて小さな扉が幾つも現れ始める。狭く、等間隔で無限に続くそれらは飾りではなく小部屋のようであった。
中を覗くことのできる小さな丸い窓までついてあるがこれは物置なのだろうか。此処に、この何処かに彼女はいるのだろうか。

「……これは」

中を覗き込むとそこには小さな子どもが、どれも年端のいかぬ幼い子どもがどの部屋にも1人ずつ収容されていた。部屋と同様真っ白な格好をしており、謂わば軟禁状態のようにも見える。
異様な光景だった。
ある子どもは眠っていたり、苦しげに床を転がっていたり、喉を掻き毟っている子どももいれば首を吊り揺れ動くこともなく死んでいる者もいる。指を噛みちぎりその血で落書きをしているような子どもも見えたがどれもこれもおおよそ正気とは思えぬ行動をとっていた。
元来骸は見知らぬ他人を助けようなんて考えを持つことはない。助ける為の手など伸ばすつもりは毛頭なかったが恐らく彼らが実験か術か何かを施されているのだろう。ただ気になるのはただ一つ、彼女が同じようなことに合わされていないかどうか、それだけだ。

「!」

その内1人がこちらに気付いた。
ハッとした顔をしながら助けを求めるように駆け足で手前までやって来る。ドアを叩きながら何かを訴えようとしていたが声音は聞こえることもなく、そして無情にもドアはこちらからであっても一切開く気配はない。
それが分かったのかドアの向こうの子どもはやがてガクリと項垂れながら絶望した表情を浮かべ、とぼとぼと部屋の奥へ戻ったかと思うと次の瞬間にはその細い首に鋭い刃を向け己の首へと突き刺した。
ビシャリと弾け散る鮮血。
先ほどまで無音であったというのにその音だけは、刃物が肌を突き破る音だけは鮮明に耳へと届いた。恐らくは絶命しただろうがその後を見届けることはなく扉から離れるとまた骸は前へとゆっくり歩き始める。

──…悪趣味な。

これらが現実味のある幻術だと気付いていたのはこれまでに沢山の幻術を使いこなし、受けてきたからだ。何も知らぬ人間であればそれに気付くことなくこの異様な空気に飲まれ一刻も早くここから逃げ出そうと限りある体力を無駄に浪費させるところだったであろう。
これは術士同士の対決である。
そう最初から分かっているからこそ慌てふためくことはなかった。だから骸が探すべきなのはこの迷宮の出口ではなく術の綻びどころ。如何に術に、力に長けた術士であれど綻びは必ずできる。完璧なものなどありはしないのだ。見て、聞いて、触れてそれを一つ一つ確実に、それでいて素早く行うのは正直至難の技である。

けれど早くしなければならない。

恐らくあの黒曜高校の異変から藍色の結界の先、この廊下と部屋を創造したのは彼女を攫ったディヴィーノの人間だろうが使用している力の元はスイである可能性が非常に高い。ならば早くしなければ彼女の力が尽きてしまう可能性だってある。死ぬ気の炎の枯渇。それはまさに死に繋がるのだ。
しかし此処は一体何処なのだろうか。今の光景は一体何なのだ。ただの創造では考えられない、考えつかないこれは誰が、…何の為に。

「スイの記憶の欠片だよ」

ギィィと重苦しい音が響く。
骸の持った疑問に応えるべく一つの部屋の扉が開き、そこから現れたのは全身が白色の男だった。骸と同じぐらいの年代のようにも見えるがその髪ですら白くまるで人間とも思えぬ色彩であった。

「こんにちは」

それから楽しげに細められる血のように赤い眼はスイが言っていた人間と特徴が一致する。恐らくこの人間こそがディヴィーノの人間なのだろう。此処が何なのか未だ分からずだったがそれでも親玉がいきなり現れてくれたのだ、ならば話は早い。

口を開くこともなく1歩下がり槍の穂先を相手に合わせた。
元々これはエストラーネオファミリーで開発された憑依弾を使用するに必要な契約の為だけのもの。しかしあの施設から持ち出したオリジナルの三叉槍は既に10年前、沢田綱吉に敗れた時点で破壊されており現段階では契約をすることすら適わずただの物理武器として、骸の力を増幅させるただの有幻覚としてそこにあった。
今となっては槍術すらマスターしている骸にはどちらの使用も可能であったが、この狭い部屋でいつもと同じような動きを出来るかと聞かれればそうではない。しかも相手も幻術使い、術士であれば使用方法は選択することもなく自ずと決まってくる。いつでも力を開放できるようにリングに炎を灯す。
しかし相手の出方を伺い見ても男から戦闘の、闘志を確認することは出来なかった。銀の眼鏡がきらりと光る。

「六道骸、僕は君に逢いたかった」
「そうですか。僕は君に興味なんてありませんがね、ディヴィーノ」
「…アハハハハ!」

骸の言葉を聞いた途端、男は一瞬動きを止めたかと思うとやがて大きな声で笑った。
何が起きたというのか。
自分が彼の何かに触れるような事を話しただろうか。

訝しげに眉根を潜めるもそれに対しての答えはない。
その代わり、廊下の両端、無数にあった部屋の奥にいたはずの子どもたちが気がつけば全員廊下側の窓へ顔を寄せ同じように笑う。血塗れの子供も眼孔が窪んでいる子どもも、全員が何ら変わらず同じようにけたたましく声を張り上げ骸に対し笑う。ゲラゲラ、ケラケラと。

それは蔑みなのか。
面白くて仕方ないのか。

何の意図か分からずではあったが非常に不愉快であった。「ごめんごめん」狂ったように笑っていた男はしばらくしてからようやく落ち着き、それから手を少し上げれば子どもの声もピタリと止まった。

「ディヴィーノなんて、久しぶりに呼ばれたからさ。今は皆散り散りになっているからなかなか会えなくて。アッハ、それは僕達の機関のナマエであり僕達のナマエ。みーんな、みんながディヴィーノ!カミサマだ。改めて初めまして僕はディヴィーノ。そこにいる皆もディヴィーノ。よろしくね?」
「…」
「ねえ、君のところに逃げたディヴィーノは元気だったかい?彼女、僕の前ではずーっと寝てたからまだ話してないんだけどさあ」

全員が、全てを共有性。
確かにマーモンはそう言っていたが個体の、身体の名前までもそうだというのか。被験体番号をつけられていた自分達の機関の方が余程マシだったのかもしれないと思えるほどに目の前の男は、否、ディヴィーノというものは全て狂っている。
しかも…まだ他にもディヴィーノという存在はいるのだとその彼の口調が言っているではないか。男は赤い瞳を嬉しそうに細め、骸から視線を外すこと無く手を伸ばし白い壁を撫ぜる。
目の前に居るのにそうではないような。術士として長らく生きてきたが此処まで嫌な予感が、生命の危機というわけではない何か別次元の違和感と嫌な予感がしているのは初めてだった。しかしこのまま背を向け逃げる訳にも、逃す訳にはいかない。
桐島スイ、破格の術士としての力を持つ少女。彼女を長年苦しめていた元凶の一部が目の前にいる以上、これを虱潰しになるとは言え必ず壊して回らねばならないのだから。

──…スイ。

だからこそ口にすることは無く三叉槍を持つ手に力を込め、今も尚何処かで眠っているという愛しい彼女へと思いを馳せた。

…少し時間がかかりそうだが必ず、助け出します。


そう、決意して。

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