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浮かれていた自覚はあった。
抱きしめられ、触れられた箇所が特別な熱を持っているかのような感覚。肩に顔を埋めた時に気付く、骸さんの香り。
逃げるようにして黒曜センターから出てきてしまったものの一人になり歩いていれば先程までの事がまざまざと蘇ってくる。

「…」

今更ながら、とても恥ずかしい。
私の気持ちが通じたと思った。彼の気持ちも私と同等なもの…でありたいと、思っている。
自惚れてはならないと戒めていたのにそんな考えなんてどこへやら。彼の言葉に行動に、ふわふわとした夢心地。抱きしめられた後の空気が、それから私を見つめる骸さんの目が熱を帯びどうにも居辛く感てしまって学校へ行くとさっさと用意を始めてしまったことがほんの少しだけ悔やまれる。
まだもう少しそばに居たいと我儘を言えばきっと許してもらえただろうけど残念ながらその感情一つで自分の中を満たしてしまえる程子どもではないし愚かになるつもりはない。

此処にいる理由を忘れてはならない。

高校へわざわざ通うのは人と慣れるため。
ボンゴレではなく何も知らない、普通の人に慣れ、暴走しないよう訓練するため。
勉強はそのついででしかないのだから行くこと自体に意味がある。黒曜センターを出ればそこから先はすべて私の修練場でもあった。

気を引き締めピンと背筋を伸ばすけれどどうしても歩いていれば思い出して頬が緩んでしまうのを抑えることは出来なかった。
初めて会った時からほんの少し変わった空気。こう言ったことに慣れているのかと思っていたけどほんの少し赤くなった彼を見るのはチョコレートケーキを特別にくれた時以来。無かったことにされた未来においてヴァリアーに所属したフランを育てた師として、お師匠様を一度敗ったことのある人として聞いていて想像していた最強の術士像とは全然違い戸惑ったこともたくさんあったけれど皆と一緒に暮らすようになって六道骸という人となりが少しわかった気がする。それが分かるほどに認められ、彼の内側に入れたことに喜んでいる私は本来目指している術士からはかけ離れていた。
さっきは行ってらっしゃいと額に口付けられ私もそれを返したけど今となってはさっきまで骸さんにした行為全てが大胆だったと思い返し恥ずかしくて恥ずかしくて、それからとても幸福な気持ちにもなる。

―――こんな私でも、良いのだと。
初めて存在を肯定された気がした。
初めてこの身が在り続けて良かったと感謝した。

桐島スイではなくバケモノだと呼ばれてきた。
ディヴィーノの内部で生きていることだけで褒められながらその裏側で気持ち悪がられていることも、お師匠様が連れて帰ってくれた施設でとれた私のデータに対し誰もが眉根を潜めていたことも知っている。
ヴァリアーに在籍してほんの少しだけ幹部の人たちと生活をしていた時にはそのバケモノはコミュ障幻術暴走女やキメラ召喚士だのという渾名に変わり、だけどそれは蔑みの言葉じゃなかった。私という個体を見て、データだけじゃない内部込みの私を見て評したその呼び名は嫌いじゃない。そうお師匠様に言ったらそこは怒るところだよと忠告されたけど本心では全く、嫌じゃなかった。
そうやって少しずつ認められること。少しずつ見てもらえること。その喜びを、初めて知った。

『誰にも、渡しません』

だけどここじゃ更に私の想像を超える扱いだった。
一人の人間としてというだけじゃなく、術士として。そして彼の、骸さんの前では術士ではなく一人の異性として。
お師匠様の元にいる時とはまた違った緊張感と、それから大きく柔らかい何かで包まれているような安定感。

それが彼達からもらう無償の愛だと言うことに気付いたのは最近になってからだ。
両親と話しているようなそんな感覚、だけど彼らは血も繋がっていない他人。
日本に、黒曜に来なければこの気持ちを知ることはなかっただろう。感謝している。とても大好きで居心地のいいこの場。

だから頑張らなくてはと。

そう力強く思えたのは初めてだった。
この気持ちを持たせるためにお師匠様がここへ私を寄越したのであれば私はまんまとその通りになったわけだ。
彼らに守ってもらうだけではいけない、早く肩を並べられるほどの術士にならなければ。
そう決意したその時だった。
何処からか突然手が伸びてきて、視界が藍色に染まったのは。


「……ん、」

目を開けばそこは私の知っている世界ではなかった。
ぴちゃんと滴ったのは上から垂れ落ちる滴。ぼんやりとした意識は2度目に落ちてきたそれで徐々に覚醒していく。
ずっと仰向けで眠っていたらしい。視界が未だぼやけ、焦点を合わせようと目を細めようやく上から何かが垂れ下がる全てが暗い闇のような場所、だだっ広い鍾乳洞のような空間であることを理解する。上に見えるのは鍾乳石か。

見慣れたようなそうでないような場所に私は横たわっていた。
時折一定の強さで吹き付け私の頬を撫ぜるその生温い風は血腥い得も言えぬ不快感を運び、この空間に響く音は誰かの悲鳴のようなものにですら聞こえる。脳が考えることを拒絶していた。思考が非常に鈍い。
だけど危険だと自分の中の直感が告げていた。

今すぐここを出なければ。
どこか、遠くへ逃げ出さなければ。

「!」

寝転がっているその台に手を付き上半身を起き上がらせようとしたものの足に、腹に、肩に取り付けられていたベルトのようなものが食いこみ私の動きを全て拘束する所為でそれはできなかった。私の力では少したりともそれを引きはがすことも出来なければ置かれた現状を把握すべくこの自分の周りを見ることすらできない。
数度同じことを繰り返しその行動がいたずらに体力を削る以外の何物でもないと諦めて力を抜くと今度は可能な限り周りを、出来るだけ遠くまで見渡した。

…ここ、は?

電気もないこの空間を照らすのはあちらこちらで浮き上がる藍色の炎が見えるだけで12。めらめらと燃え盛るそれは、風によって時々激しく靡くものの不気味に照らし続けている。
一番奥だろうかそこにはこれもまた藍色のライトで照らされ『Go to heaven』と書かれている扉が見える。天国へ。だけどそこにそんな世界が広がっていないことなんて流石に分かる。

見ているうちにゾワゾワと鳥肌が立っていくのが自分でもわかる。あらかた見渡すと今度は逆側に視線を向ける。
私が寝かされている台は一つではなかった。隣にもそれがあり、全貌を見ることは出来ないけど恐らく同じものであるに違いない。

「…ぁ、」

喉の奥から捻り出すようにして、小さな声が漏れる。
誰も寝かされてはいない空っぽの台、そこに元々付随してある黒のベルトは元々白色だったことを私は知っている。
誰もいないのにそこに残された白い固形は骨のようだった。動物のものにしてはあまりにも大きいそれは、まさか。
何かが身体から迫り上がろうとしていた。
恐怖に、おぞましさに身体が勝手にえづこうとしていたものの拘束されている今それすら身体を圧迫し押さえつける。

私はこれらが何たるかを知っていた。
この台は人の生命を沢山奪い、身体を糧に実験していることを。
そこに落ちてある紐のようなものはかつて人間の内側にあるべきものであったことを。

――――台の向こう、その下には邪魔だとばかりに捨てられている誰かの死体。
既に息絶え時は過ぎ、眼孔は窪み本来そこに収まっていたものは踏み潰されている。
切断された遺体。腹を、腸を、それから左の胸を大きく抉られたのは何故であるか私は知っていた。

『んー、やっぱり君は最高傑作。素晴らしい容量だよ』

忘れるわけはない。
忘れられるわけがない。

だって、だってこれは。

『飽和ジョータイって、君は分かる?ん、スバラシイ。君はいつまで経っても破裂しない。素晴らしい、ホンットーに素晴らしい!』

蘇る楽しげな声。
その背後に聞こえるのは何かが裂かれたような音、何かを削り取るような音、小さな子供の声。いやだ、やめて、助けて。私にではなく彼らの中の神に助けを乞う言葉。
聞きたくないのにそれは外界からではなく私の中から聞こえてくるようだった。今、リアルタイムで聞いているものではない。これは私の、私が経験した、…

その考えを肯定するかのようにパッと藍色の炎が自分の上に灯る。
周りの壁にあるものよりも遥かに大きく、圧倒的に力強い13個目のそれ。人を不安にさせるようなその色は、でもどうして、

「スイの所為」

その炎の眩さから逃れようと視線を逸らせばそこには大きな柱が立ってあった。
地面に埋もれ天井へと高くそびえるそれは元来真っ白だったのだろうけれど今となっては黒く変色している。
視線のその先には1人の、誰かの足が一対ぶら下がっている。細く白いその足、だけどその服には見覚えがあった。
頭の中で危険を知らせる警鐘音が鳴っているにも関わらずそれを、その足を辿るように上へと視線を徐々に上げていく。
「スイの所為」もう1度呟かれるその声の主を私は知っていた。

「くろ、…む?」

その柱は上の方でクロスされた大きな十字架だった。
彼女の身体は蔦のようなものでぐるぐると巻きつかれている。両手は彼女が動くことの出来ないように縛られ、その手のひらのところに銀の杭が打ち込まれていたそれはまるで磔刑。彼女が何の罪を犯したというのか。

どうして、クロームがここに。
どうして、クロームがこんな目に。

こぽりと彼女の口から出てくる赤黒い液体は下にいる私へと降り落ちる。びちゃんと3度目、私の意識を大きく震わせたそれは間違いなく生温かい。

「スイが神を裏切ったから」

聞き慣れた声質、だけどゾッとする程の冷たさ。
それから虚ろな瞳。私を睨み下ろすその視線に込められているのは間違いなく私に対し込められた恨み。それとしっかり目が合ったかと思うと頭の中が真っ白になった。

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