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「ここはね、六道骸。桐島スイの記憶の回廊さ」

嫌な笑みを浮かべる男だ。
自分が優位である事を微塵も疑っていないその表情は何の情報も得ていない骸を嘲笑っているのか、それとも決して逃しはしないという自信があるのか。いずれにせよこの状態、まったくもって面白くはない。
槍の先は未だ男の、ディヴィーノへと向けたまま何か手はないかと模索するも残念ながら目の前の男は至って自然体で隙だらけであり、それでいて踏み込ませるタイミングを骸に与えることはなかった。

ちらりと改めて周りを見る。
この男の言うことを信じるのであれば此処はスイの力によって創り出されたディヴィーノの施設だということになる。ならば先ほどの子どもは、死を迷わず選んだ子どもたちは彼女が実際見た可能性が高い。
有り得ない話ではない。
人体実験を受けさせられたスイは他の子どもとは違い自由な行動を許されていたのかもしれない。だからこそ先ほどの骸と同様、廊下の外側から彼らを見ることが出来、そして自分の無力さに嘆いたことだろう。それぐらいは容易に想像がつく。身体だけではなく精神もひどく傷つけられてきたに違いなかった。

「こんなにも覚えてくれているなんて光栄だなァ、可愛い可愛い僕達のディヴィーノ。君にとって此処はそんなに忘れられない場所だったんだねえ」

──…ぐにゃり。
男の声に反応するかのように骸とディヴィーノの間の空間が歪む。
そこから現れるのは人間の瞳を複数持つ魚。尖った爪を持つ兎のような生き物。見るもおぞましいその奇々怪々なキメラ達。いつぞやで見かけたことの在る異形の怪物達で思わず骸も目を見開いた。

到底普通の人間では太刀打ちのできないようなそれはこれはスイがよく暴走の時に創り上げていたキメラと同じものではないか。…否、それよりももっと凶悪そうに見えるのは気のせいではないだろう。
彼女がアレらを創ることが出来るのは実際目にしたことがあるからだ。つまり同じくディヴィーノであるこの男が創造出来るのは当然なわけで。目を爛々と輝かせながら歪から現れた彼らはそのまま骸に襲いかかることもなく頭を垂れる。スイの時と違うのは彼らがディヴィーノの言うことを聞いているというところだろうか。

「…スイは何処です」
「ああ、君は知らずにここに来たんだっけ。じゃあ君の最期を教えてあげよう六道骸」

低い声で問えば返ってくる笑い声。
パチリと男の指を鳴らす音と共にフランによって創り出され維持されていた藍色の結界が跡形もなくサラサラと砂のように崩れ去っていく。気がつけば骸の後ろには長い廊下が続いているだけだった。
何てことはない。単純に、純粋に力負けをし、外からの干渉を絶たれた。ただそれだけである。
しかしここで慌ててはならない。
術士が怯えては、焦っては、他人の…特に術士の言葉に惑わされてはならない。自分のペースを乱し、力を緩めてはならない。

此処は、この目の前の男のテリトリーなのだ。

何をしようも彼が全ての主導権を握っていることは確かであり、そんな中でいくらヘルリングを使用しているフランであっても内側からの干渉自体を拒絶されればこうなってしまうのも仕方ないだろう。
帰り道を一時奪われたところでどうということはない。スイを取り戻し戻るまでに再度開けば良いこと。ディヴィーノを殺せばそれもすぐに叶う。
結界の向こうにいるフランもクロームも分かっているはずだ。彼らとてもう子どもではない。落ち着きながら再度干渉する機会をすぐに待っているに違いない。そう分かる程度には彼らと随分長い間、組んできた。
ディヴィーノはその骸の動じぬその姿を見てまた楽しげに笑う。随分と友好的なその態度は、しかしこちらの感情を逆撫でるだけだ。

「霧属性13人分」
「…何」

しかし、次に紡がれたその言葉は骸を揺さぶるには十分すぎる効果をもたらした。
雲雀から送られたスイに関する情報の一つではあったがこう軽々しく話すということは知られても問題のない内容であったのだと知る。
ピクリと釣り上がる骸の眉を見、逆にニィと釣り上がる唇。話したくて仕方がない。そういう風に見てとれた。

「13人分の心臓を、異物を食べたら死ぬ気の炎がプラスになると思う?桐島スイがさ、そんな事出来ると思う?むーりむり。そんなことできたら本当にバケモノじゃないか」
「…」
「異物はねぇ、取り込めなければ排除するんだ」

男の言っている事は支離滅裂としていた。
ただ骸達の持っていた仮説を否定するだけで何の説明にもなっていなかった。
なのにどうしてこうもゾワゾワと嫌な予感しか湧いてこないのだ。

桐島スイについて此方が掴んでいる情報は確かに霧属性13人分。
それだけを見ればスイの身体に13人分の霧属性の人間の炎が巡っていると思ってしまっても仕方なかっただろう。彼女が受けた人体実験で何かを注入されたが故に、今の彼女の稀有な力があるのだと。
しかし彼の言葉はそうではないと、そして骸の直感がそうではないのだと告げている。嫌な方へ。嫌な方へと思考は進んでいく。

取り込めなければ排除する。それは、…まさか。

思考をフル回転させやがて辿り着く最悪の一途。
エストラーネオファミリーでも、自分達が実験台にされていた時代にもあったものではないか。異物が入ることにより元の体が拒絶しようとする反応。
それは生きている人間の殆どが持っている、身体を守ろうとする働きである。

――もしその反応を得るために、わざと注入されたのであれば?

もしもその、無理やり入れられたのが他人の死ぬ気の炎の源であれば?…彼女の身体はやはりそれを異物として排除しようとするだろう。
それが死ぬ気の炎であるのならば対抗するのは当然彼女が元々持っていた死ぬ気の炎だ。桐島スイが持つ死ぬ気の炎がずっと異物を燃やしつくそうと、絶やしてしまおうと常に全力で動き続けることになる。それが彼女が常に100%の死ぬ気の炎を扱える要因か。もしかすると霧以外の他の属性を持っていたのかもしれない。しかしその働きにより他の属性を完全に押さえつける結果となり単一属性と化したのかもしれない。

では、…ならば。

13人分の異物を入れられ、彼女が本来持つ死ぬ気の炎がプラス13になるのではない。それらを排除しようと動いているのであれば和ではなく積。
13人分の死ぬ気の炎を殺すべく、排除すべく体内でずっと戦い続けていたというのか。そんなことが、果たして可能なのか。「そういうコト」男はまるで骸の考えていることが分かっているとでもいうように笑った。ひどく、楽しげに。

「ここは桐島スイの術の中。彼女の体内と同じようなモノかな。霧属性の13人はここで喰われ、朽ち果てた。異物と認識されれば取り込まれ吸収されるか、排除されるかの2択さ。君はここで吸収され、僕は彼女と共に在る。同じディヴィーノだからね」
「…それが目的か」
「そうだよ。僕はここで、この彼女の内側から全てを始めるんだ」

以前彼女の事を花だと例えたことがある。
食みたいと、彼女を喰らいたいと思う欲望を彼女の放つ芳香が誘ってくると。
スイが誰かの心臓を直接食らっているわけではなかった。しかしそれよりも酷なことを彼女は行われていたのだ。

結界の外で起きている不可思議な事象。
少しでも霧属性を持った人間をスイのその広範囲に渡る魅了の術で正気を奪い一点に集め、ディヴィーノの力で結界を創り出し彼女の体内…つまりこの骸の今いる場所へと誘致する。

排除とは死。
――吸収とは死。

どちらにせよこの結界内に入った以上、彼女の力の糧になるべく死ぬしかない。
しかしディヴィーノ、彼らはまたスイと同じ機関の人間として彼女に取り込まれることも排除されることもなくこの内側に居続ける事ができるのだという。そういう手術も施されていたのだろう。彼と彼女は別個体であるが、同一であると認識するように。
だからこそ彼らが至る所に放っていた探索の糸にまったく気が付かなかったことも納得できる。これではどれだけ感知の能力を鍛えたとしても意味がないではないか。

「桐島スイが封じている記憶はたったひとつ、親を目の前で僕に殺されていること。あの時も見事に暴走してくれて、結構痛い損害だったンだよね。
でもいいんだ、この身体さえあればまた僕たちは始められるから」

ポンポンと軽く叩くその白い壁はスイの力で創り出したもの。
そしてその彼の背後、怪物の向こうに見える重苦しい扉。それが恐らく記憶の扉を意味しているに違いなかった。

「彼女はまだ眠っているままだ。その間に君たちという仲間を喰らい殺し、君という大事なものまで自分の中に取り入れる。――…吸収してしまう!面白いねえ、楽しいねえ!
全部を失った後、この厄介な記憶の鍵を内側から僕が壊す。全ての破壊の原因は自分にある。優しいこのディヴィーノ、そんなことを思い出したらどうなるかなァ?」
「…そんなことが」
「出来るさ。だってその為の実験だったからね。そして彼女は正真正銘の神になるんだ。霧の炎こそ至高!誰もを魅了し、食み、食まれる世界。僕達の求める血で血を洗う世界が始まるんだ。暴走した桐島スイは僕達の助力の下、世界を創り変える道具になってもらう」

邪魔立ては許さないと言外に告げる声。
突如として彼らの背後にいるキメラ達がディヴィーノの背後からゆっくりと此方へ向かって歩き始める。此処で彼らに喰われるということは結局彼女の術内で死ぬということ。それだけは絶対に、あってはならない。
確かに彼女にとって自分は、自分達はただの他人というわけではなくなってしまっただろう。
だからこそ、彼女を救うのであれば自分達が絶対に、やられてはならないのだ。

「スイ!スイどこです!?」
「無駄無駄!君のおかげで大事なものが増えたから。君の声なんて聞こえないさ」

この施設が彼女の力なのであれば。彼女の創造したものであるのならば、スイを起こさねばならない。
声を張り上げスイの名を呼ぶ。しかし当然というべきか何の反応も見当たらなかった。
三叉槍を地に突き刺しキメラに対抗出来得る同等の生物を創り出す。この場において力の出し惜しみなどしてもいられない。
生憎というべきか此方だってスイの暴走を何度も見てきたのだ。力をそこへ注ぎ込むと休む間もなく畜生道を発動させディヴィーノめがけ幻覚ではない毒蛇を召喚する。

「やっぱりソレ、いいねえ。君の瞳も欲しいなぁ」

しかしその攻撃は効果がなかった。そのまま蛇が彼に噛み付こうとした瞬間、男の姿は掻き消え、ボタボタと音をたてて蛇が地へと落ちる。
間違いなく彼は幻覚ではなく実体であった。その自信はある。何処かへ移動したのだとすぐに分かったが何しろここは彼の住処。目の前で対峙するキメラを片付けながら感知するほどの余裕は、ない。

「じゃあねえ、六道骸。君、桐島スイの大事な人間になってくれて助かったよ。これからの事象は全て君のお陰さ。ほんと感謝してるよ!」

楽しげな笑い声はそのまま廊下を響き渡り、そして残されたキメラが一斉に咆哮を上げ骸へ対し牙を剥いた。

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