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桐島スイは異質な力を持つ人間である。


誘惑-A 
―クローム髑髏による報告書―


クロームが彼女を知ったのは、黒曜へやってくる1週間前のことだった。骸が沢田綱吉の頼みをあっさりと断りフランを連れて好きなように動いている時は大体クロームが彼の代わりに動くことが通例となっていた。それに関しては何の文句もないし、寧ろ役立てられるのであれば嬉しいものであった。それに並盛へと向かえば笹川京子や三浦ハル、イーピンなど女性陣と話す機会もある。彼女にとって何も苦ではなかったのだ。

「クローム、ちょっといいかな」

この日も突然の呼び出しではあったが別に任務といったものが最近は無かった為文句もなくそれに応じた。
10年という日々は人を大きく変える。あんなにおどおどとしていた沢田綱吉も今では少し落ち着いた青年となり彼なりの正義を貫き、今は半自警団として日本支部とイタリア本部を行き来する10代目ボスとして君臨していた。
そんな彼に呼び出される事は珍しいことで、何か提出した書類に不備でもあったのかと彼の執務室へ向かうと珍しく困ったような顔をした沢田が書類に埋もれながら自分宛に電話があることを告げる。

「…私、宛に?」
「うん。隣の部屋で回線が繋がっているからとってもらっていいかな?」

自分宛に電話ががくるような、そんな相手はいないはずだ。
骸もフランも、それから犬も千種も黒曜センターへ戻ればいるのだから。不思議に思いながらも言われた通り防音設備が完備された隣の部屋へ向かい保留中となっていた受信ボタンを押すとスクリーンにガガガ、と砂嵐が走った。

『やあ、久しぶりだねクローム髑髏』
「…あなたは」

その画面に映ったのは随分と珍しい相手であった。
最後に言葉をかわし、そして顔を見たのはいつだっただろうか。黒のフードとマントが一体化されたロング丈のコートを羽織り顔が見えることはなかったが、それは10年前自分とリング戦で一度戦ったことのあるマーモンであることはすぐに分かった。が、あれからアルコバレーノの呪いが解け随分と緩やかではあったが年を取っていっている所為で画面に映る彼はふよふよと空中を浮かぶ赤ん坊ではなくなっている。
その彼が一体自分に突然何の用だというのだ。最近は随分とヴァリアーも大人しいと聞いていたが今になって自分に連絡をとってくるその意図とは。思わず有幻覚で三叉槍を生み出し握りしめるとマーモンはそんな彼女の事など歯牙にもかけぬといった様子で彼女の記憶の通り淡々と言葉を紡ぐ。

『実は君に折り入って頼みがあるんだ』
「…骸さまの指示じゃないと、聞けない」
『うん、これは後からそっちにも話すから構わないよ。まあ僕としてもこの案件は別にオススメするものでもないから半々といったところなんだけど、取り敢えず君から話しておこうと思ってね』

相変わらず要領を得ないその物言いは健在であるようだ。
けれどほんの少しだけ彼が以前とどこか違っているような気がした。
それは決して見た目だけのことではなく、しかしどこが、と具体的に聞かれれば困っただろうが纏ったオーラがと言ったところだろうか。どことなく、柔らかくなった、ような。あの強欲のアルコバレーノですら変わる10年、だったのかもしれない。

『僕の元に一人の術士の卵がいる。簡単に言えば僕の知らない未来でのヴァリアーに所属したフランの代わりといったものかな…。その子をそっちで、六道骸の元で預かって欲しい』
「…」

つまり、今から10年前フランを獲得できなかった代わりにいつの間にかヴァリアー側でも一人術士を手に入れていたという訳なのか。
しかしフラン程の術士がそう簡単にホイホイといるわけではないのはクロームも知っていた。今となればクロームとて本気で戦うことがあれば負ける可能性だってあるぐらい、彼は才能に満ち溢れているのだから。しかしマーモンの言い分を聞くに預かるとは一体、どういうことなのだろう。いつその術士を手に入れたのかは分からないがじゃじゃ馬であったということなのだろうか。だけど手離すには惜しいから、こちらへ…?訝しげな表情を浮かべるも画面の彼は機械的に話を続ける。

『名前は桐島スイ。今からそちらにデータを送るから見て欲しい。それから決めてくれて構わないよ。だけどこれは僕が六道骸に直接いうまでは君だけの胸にとどめておいてほしい。…それは、できるかい?』

騙せと言っている訳ではないことにコクリ、とクロームは頷いた。
とりあえず始めに聞いたのが自分ではあったが最終的に彼に話が渡るのであればそれでいい。結局この案件だって頷く可能性は限りなく低いことは分かっていたが決めるのは自分ではなく骸なのだから。

しかし、桐島スイとは。
名前を聞くにどうやら日本人の女であることは分かったが術士として長年働いているクロームでもその名に心当たりはなかった。大体術士という人間はそう人口が多い訳ではない。そんな中、有能であればあるほど顔を知らなかったとしても名は売れる。そういう世界である。
もし今マーモンが名乗った桐島スイという名前が偽名であったり、はたまたその人間が他の偽名を使って仕事をしているのであれば別であったが日本人の術士、それもヴァリアーの所属だというのであればもっと大々的に流れてもおかしくはなかった。だというのに彼から依頼がなければこれからも知ることはなかっただろう。つまりそれは彼がずっと隠し持っていたとってきという、ことなのだろうか…?

間もなく目の前のパソコンにデータが送られてくる。その場でマーモンの口頭で伝えられたパスワードを入力するとずらりと並ぶ文字の羅列。
それにチラリと目を通したクロームはやがて目を大きく見開き、

「…引き取る」
『君の一存で良いのかい?六道骸には「私が説得する」…それなら話が早い。じゃあ1週間後、イタリアの僕の研究施設に六道骸とフランの2人を招待するからそこから頼めるかい?』

その頼みには、無言で頷いた。
心なしかマーモンがほっとしたようにも見えたが自分の答えに後悔はなかった。やがて消える通話機器。再び砂嵐が画面を走り、それから静かにクロームはパソコンの画面をじっと見つめたのであった。



「いくよ、スイ」
「…はい!」

それから、何度かクロームはスイと電話をした。
暴走するということはあらかじめ聞いていたので画面で動く彼女を見ることはなかったが、マーモンから送られてきていたデータに彼女の写真があった為、互いの姿は前もって知ることはできた。だからこそ2人の初対面は、ああも緊張することなく男2人が悔しげに見守る結果となっていたのであった。

黒曜にやってきてからも最初はフランやクローム相手にも色々と暴走を繰り返していたがある一定の時が過ぎればそれも格段に減り、今となっては骸の前だけのみ暴走というよりは感情の昂りにより有幻覚としてとんでもない生物が召喚されているぐらいである。
そろそろ、ようやくだろう。データだけではなく、また骸から聞いた精神世界での彼女の異常な力を身を以て知れることに喜びすら感じていた。強い者と戦うことが楽しいとさえ思えるのは骸より見出された戦士としての本能なのかもしれない。

骸がようやく別件の仕事を終え日本に帰ってきてからは精神世界での修練は一度止められ、その代わり居住スペースである黒曜ヘルシーランドから離れた、黒曜ランド内の空き地で代わる代わる皆が稽古をつけることになっていた。
今日はクロームがスイに感知の訓練をすることとなっている。リングの使用は禁止。そしてスイが万が一暴走した時にその幻覚を壊すためにフランが、そして彼女を気絶させて叩き起こす用に犬と千種が配置されていた。

「…幻覚と現実の区別をつけて」

言葉をかけると同時にふわりと動かす岩。スイの方へと飛んでいくそれを彼女は真面目な顔をして追いかけていると突然目の前で消え去る。

ガキン!

死角から飛んできた本物の岩に気付きスイが有幻覚でもって自身の周りに氷の壁を張りそれらを回避する。彼女に触れることはなく消えたそれらをクロームは確かに見届けた。

これは10年前、クロームの受けたマーモンが残した幻覚強化プログラムと酷似している。
まずはレベル1、幻覚と現実を見極める感知のトレーニング。クロームも苦労したところではあり、しかしいちばん大事な要素であった。術士は何も己の放出する力のみを磨けばいいというわけではない。当然自分だって相手からの術中に嵌まることだってあるがそれを見破らなければならない。感知の能力というものは重要であった。
もっともスイのように力があれば先手必勝という策も練ろうと思えば練られるのだがそれでは意味がない。張られているトラップに、自身の力で気付かなければ、この子は――…。

「…反射神経だけでギリギリ避けるのは、だめ。もっと、心に余裕を持って、スイ」
「はい」

スイだって分かっているだろう。
今の攻撃を避けられたのはただただ偶然であり、クロームが本気で攻撃しようと思えば出来たことに。

「じゃあ、次。避けて、それから…私を攻撃して」

次に飛ばしたのは5つの歯車だった。
当たれば当然先程の岩とは比べ物にならない傷を負うことになる。離れた場所でフランが若干焦ったように見えたがこれもトレーニングだ、心を鬼にしなければスイの為にならないことだって誰もがわかっているだろう。

浮遊したそれらが突然クルクルと回り始めたかと思うと一気に加速しスイを裁断しようと飛んでいく。これも種明かしをすれば全て、幻覚だ。
今度は少し痛い目に合って身体で覚えてもらわなければならない為、彼女の斜め後ろに有幻覚で同様のものを時間差で生み出し攻撃するつもりであった。

「…違うっ」

何かが見えたわけではない、だろう。しかし術士がいくら知識として勉強しても学べないのがこの感覚、特に感知の能力で一番必要なこの直感にも近いそれは実践をこなさなければ意味が無い。傷つかない修練は、身にならない。スイだってそれは理解しているだろう。先程とは比べ物にならない力が彼女の身体からユラリと放出されているのが分かる。
リングの力を使わず自身から発した霧の炎を纏っているようにも見えるがこの質は、この、量は。

「!」

瞬間、眩い光。

思わず目を閉じると気が付けばスイを攻撃しようとしていた尖った歯車は全て消え去り、有幻覚のものですら吹き飛ばされていた。
そして気がついた時にはクロームの足元に青紫のぬるぬると、うねうねと動く触手が巻きついていた。

「しまっ…!」

それは躊躇うことなく力強くクロームの足に巻き付き彼女の細い体を持ち上げる。が、そのクローム自身も本体ではなく分身である。
マーモンと同じ触手を持ってきたことは少しだけ予想外であったがこれだけを見ればリング戦の最初のやり取りを思い出さずにはいられないが当然、スイは知らないだろう。

「「「…私は、こっち」」」

スイを囲う3人のクロームは静かに三叉槍を構え彼女の出方を待つ。スイは先程よりも研ぎ澄まされた感覚でクロームの本体を探すだろう。
本物の彼女の鼓動は3つのうち何処にある?どのクロームが本物なのか。全員区別はつかないほど、ぶれることはない。相当の力のある術士でしか見破られる自信はない出来だった。しかしスイはそれらを見ることはなく周りを見渡し、クロームはそれにほぅ、と少しだけ関心する。
どれも本物でないことに気付いたのだ。では次に、彼女の本体はどこにあると推察するか。地面の下?近くの雑木林の中?スイの後ろだろうか。いや、この3人のクロームのどれもが違うと気がついた時点で今日に関しては及第点だったけれどそれ以上に彼女の力を見てみたいと思ったのが本音だった。

「そこだ!」

見ることもなく、叫び力を放つのはスイの、真上。実際クロームが身を隠している場所だった。
創造したと同時にこちらへと飛び掛ってくるそれは最早目で追える速度ではない。どういったものなのか分からなかったけれど危険であるとクローム自身の危機管理力が働き、そして、

「…っ」

自分の創造したものは先ほど彼女が自身の身を守るために作ったものと同様の氷の壁。だけどそれだけであったら、その氷はきっと壊され完全に拘束されていたことだろう。フランがクロームの周りを硬度のある物質で守り、さらにその氷の下も同じもので強化させていなければ、もしかするとスイの作り出したものにより負傷していたかもしれない。

「クローム!大丈夫?」
「……大丈夫。これで、終わろう」

感知の能力の修練は今日はここまで。
クロームの幻術を見破り尚且つ反撃出来る程度の力、これが桐島スイの実力。先程の身体から湧き上がったインディゴの炎の質を、量を見れば将来はたしかに楽しみな術士になるだろう。自分を心配して駆け寄ってきたスイに対して頬に口付けると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめ、そしてクロームにとっては今からが本番とばかりに顔を綻ばせる。
「さあ行こう」彼女の純粋な心を、無邪気な微笑みを守るためクロームは決意新たにその柔らかな手を握った。そして、

『今からお風呂。とってもとっても楽しみ。』

彼女の手書きによる報告書は走り書きでそう、締めくくられていたのであった。
以上。


「クローム、この報告書はともかく今日の風呂の件、あれはどういうことですか」
「…スイ、柔らかかった」
「それは詳しく聞かせなさい」


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