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「お風呂だー!」

黒曜ヘルシーランドのお風呂にはバスタブがない。
日本人であるクローム以外の彼らも日本文化を好んではいてくれているようだったけどそれとは別でそもそもお風呂でゆっくりと湯船に浸かるという習慣があまりなかったのだから仕方ないといえば仕方がない。
シャワーでサッと入ってサッと出ていくのが通例であり、もちろん私もお師匠様のところではそれが当然だったけどやっぱり長湯というものは大好きなわけだ。

それをぽろりとクロームに零すと骸さんにお願いすればすぐに建ててもらえるなんて恐ろしいことを言い出してしまった。そして当然のように骸さんのところへ交渉しにいこうとした暁には本当にどうしようかと思ったけどバスタブ設置だの云々を考えるぐらいであればこの大所帯だし、むしろ黒曜センターから引っ越せばいいのにと安易に考えてしまうけどそれでも引っ越したり建て直したりをしないのは節約だとかではなくきっとあの施設のあの場所に愛着があるからだろうな、と私は思っていた。


――とまあ話は逸れてしまったけど、週に一度、黒曜センターから少し離れた銭湯にクロームと一緒に入りに行くのが私の少ない楽しみの一つだった。それはどうやらクロームも同じだったらしく、なのに今日に限って後ろからゾロゾロと外野がついてくるものだから珍しく彼女の機嫌は悪い。

後ろをチラリと見ると犬さんなんていつの間に用意していたのか木製の湯桶の中にアヒルのオモチャを乗せているし、千種さんの湯桶の中には私も見たことのない柄のフカフカそうなタオルが乗せられていた。
そして骸さんはというとフランにいつも修行の一環としてトレーニングさせ続けているリンゴを皆が持っている湯桶へと変化させ、そこに堂々と高級そうなシャンプーを入れて優雅に歩いている。骸さんらしいと言えば骸さんらしい。

「犬兄さんちゃんと湯船浸かるんですかー?」
「んあ?めんどくせーしシャワーれいいびょん」
「…それ、来る意味ある?」

皆、実はなんだかんだで銭湯に行きたかったんだろうなと思いながら歩んでいるととうとう隣を歩いていたクロームが私の腕にがっしりと抱きついた。
ふにゃりと丁度私の腕に胸が当たるそのテクニック、本当に無自覚なのかと不安になってしまう。世の中には勘違いする人だっているに違いないし、ボンゴレの本部は男性ばかりだと聞いているのに。

「……クローム?」
「スイとお風呂に入るのは私…」
「いやいや混浴じゃないからね。私と同じお風呂浸かるのはクロームだけだから」

後ろでエッという声が聞こえたけど最早何も言うまい。
相変わらずよく潰れてないなこの、と思ってしまうほど古びた銭湯に到着するとクロームは私の腕をグイグイと女湯へ引っ張っていく。…そんなに皆と来るのが嫌だったのだろうか。
風呂場への扉をガラリと横に開くと見慣れた光景が広がっていた。確かに遅い時間ではあったけど人気はない。さっき通りすがりに一人おばあちゃんがいたぐらいだ。

「骸さんこれすごいびょん!」
「犬、そんなに走ったら「ぎゃん!」…言わんこっちゃない」

当然、男女別だけど仕切り壁の上の方は開いている。
さすがに千種さんぐらいの長身であっても覗ける訳じゃないけど未だにこれは謎だった。犬さんのはしゃいだ様子に千種さんのたしなめる声が聞こえて相変わらずだなあと思わず笑ったけどどう考えても今滑って転んだに違いない。その後誰の慌てた声もしなかったけど救急車沙汰でないことだけ祈っておかなくちゃ。
壁の向こう側に気を取られているとちょいちょいとクロームに手招きされ、横並びになって隣で髪を洗う。ちらっと横目で彼女を見ると相変わらず綺麗な肌だし髪の毛サラサラで同じシャンプーを使っているのにこの差は何だろうと思わずにはいられない。…私ももう少し経てば色気のある女性になれるのだろうか。自信は、ない。

バシャン!

「「…ふう」」

二人同じタイミングで泡を落とし、湯船に浸かる。ほんの少し温いぐらいだけどこれぐらいの方が長湯出来そうだし、傷を負ったところもそこまで痛まず丁度いい。

今日の修練はクロームが見てくれた。
今までとは全然違う。精神世界では人を傷つけることはないけれど、現実の世界は他者を傷つけてしまう可能性だってある。だけど骸さんが現実世界での幻術使用の許可をくれたのだから少しは私の力もマシになったのかと見てくれたのかもしれない。

『いくよ、スイ』
『…はい!』

膝上丈の黒いワンピースを着たクロームは大人の女性だった。
ただ静かに立っている彼女の姿を見たら誰がボンゴレ所属の凄腕術士だと思うだろう、というぐらい彼女の立ち居振る舞いは可憐で、美しい。ただしその右目を覆う眼帯におどろおどろしい髑髏が描かれてなければ、そしてその手に三叉槍が握られてなければ、の話だけど。

”クローム髑髏”。
凪という彼女の本当の名前が知られているものの骸さんの為に動いていた時につけたその第2の名前。ボンゴレの霧の守護者である骸さんの補佐として、時に代わりとして動く彼女の力は相当であるとお師匠様は彼女を評価していた。揺らぎのない意志。10年前は私よりも頼りない人だったと聞いたけれどそんなことを微塵も感じさせない強さがあった。
彼女のように強い戦士になりたいと思う。
私の周りにはこれまでお師匠様かヴァリアーの人達しかいなかったから同性の人と接することはほとんどなかった。憧れであり、越えたい人。私の、彼女への思いはそんな感じだった。

『目先のものに惑わされないで。目で見ちゃだめ。もっと奥で、もっと、心の目で』

術士といってもやっぱり得意分野がそれぞれある。私が一番身につけたいと思っている他者からの術やトラップに対しての感知の力に関してはクロームが適役だということで朝から夕方まで習うこととなった。
最初こそ幻術と現実を見極めることもできず、死角から飛び込んできた障害物に当たってボロボロだったけどやっぱり痛い目を見た所為か段々とコツを掴むようになってきて、最終的に彼女に褒められ合格点をもらって今日は終えた。
足に腕に、あとちょっと油断して額にも石の礫が飛んできたけど全て打撲。
ほんのちょっと染みるけどこれからも現実世界で修練するということはこれが続くことだろう。これが現実世界。先生に、骸さんに甘えてられないのだ。

「…痛い?」
「っぅひゃっ!」

完全に油断していた時に背中を指で撫でられる。見えないけれどどうやらそこも怪我をしていたらしい。ある場所に触れると痛みで顔が歪むのが自分でも分かった。この痛み、きっと青あざになっているに違いない。
クロームはそんな私を見て「ごめん」と小さく謝ると私の前へと移動した。お湯の中で三角座りをするクロームは小動物みたいでとても可愛い。

「スイ」
「え、どうし…」

それは、突然だった。
確かにクロームの愛情表現は度を越していると言われればそうであるに違いない。場所を考えず引っ付いてきたり、よく、私の頬やら額にキスをしたり。まるで恋人同士…いや、私は出来たことがないから分からないけれどそんな感じだなというのは常々感じていた。
けれど、いつもよりもずっとずっと、クロームが近い。
じぃっと何も言葉を発さずこちらを見ているクロームはお湯に浸かっているせいかいつもより少し顔が赤く、同性である私でさえドキドキしてしまうような色気を醸し出していた。

「く、クロ……んっ」

ゆっくりと手が伸ばされ何事かと思うと頬をその柔らかな手で包まれた。かと思えばそれは撫でるような動きで下へと移動し、首筋、鎖骨へ。
その触り方にゾクリとし、身をよじろうとしてもクロームはそれを許さず抵抗しようとした手は彼女の空いたもう片方の手に呆気なく封じ込められた。そのまま移動する手はくるくるとその場で動いたかと思えばさらに下へ、下へ。つつつ、と胸を触られ、やわやわと揉まれたかと思うと今度はその更に下、何とお腹の肉や、腰へ。皮膚を掴むように、ただ撫ぜるかのようにとその指は私を翻弄する。
びくりと反射的に動いて逃げようとする自分の身体と、電気が走るようなその感覚に思わず声が漏れそうになるけどここは風呂場だ。確かにここには誰もいないけど隣には、…っ

「ちょっと、どこ触っ…ぁんっ」

ペロリと頬を舐められ目を見開いた。クロームは私の見たことのない顔をしていた。
…発情、してる?まさか、――クロームが?顔が赤いのは逆上せているせいじゃなくて?

抵抗はまた軽やかに封じられ今度は彼女の唇が、首筋から肩へ。
クロームの柔らかい髪が私の頬を撫ぜ、気が付けば彼女は私の膝へと跨ってこちらを見下ろしていた。

当然のことながら、両者共に、裸である。
私の目の前には柔らかそうな彼女の胸。全体的に無駄な肉のないその肢体は誰もが羨むだろう。耳に指をかけられその刺激にも声が出てしまう。もう片方の手が私の太腿へ。
クロームから容赦なく与えられる刺激の所為で身体全体に力が入らない。恥ずかしさと熱さで顔を隠そうとしたらそれすら留められ、とうとう壁の方へと押し込まれてしまった。

「スイ、ちょっとだけ…我慢、して」
「…やっ、あ」
「……可愛い」

太腿を割って入り、私の足の間に彼女が座り込んでいた。素肌と素肌が密着しているこの状態だ、私達の間に距離はない。
声が出ないよう唇を噛み締め、クロームの予測不能なその行動にもう身体が色々と限界になったそのときだった。再度胸に触れられ思わず声が漏れ、それが私の声ではないみたいな…いわゆる、少しだけ小さく悲鳴じみたものが、風呂場に響く。


――ガンッ!


「こらーそこ何してるんですー!師匠が倒れたじゃないですかー」

先に逆上せたのは私でもクロームでもなく骸さんだったらしい。痛そうな音が聞こえたけど大丈夫だろうか。少し遅れて犬さんの慌てた声が響く。
ともかくフランの声に助かったのは確かで、クロームがハッとしたように私から離れた。機嫌を伺うようなその仕草は本当にさっきまでのクロームと同一人物だろうかと思ったけど彼女にはとことん甘くなるというか、何をしても許してしまうのが私だ。

「骸さんごめんなさーい!」

彼女の心細そうな手をつかみ、髪の毛を乾かすことを条件に許してあげることにしてさっさと湯船から出ると一緒に脱衣所へ向かった。
これ以上クロームの好きにさせたら何だか、恐ろしいことになるような気がして。主に、私が。ドキドキしているのは、この火照りは、お湯だけの所為だと思いたい。

「師匠ぶっ倒れているんですけどーどうしてくれるんですかー」
「…羨ましいの?」
「………」

脱衣所も仕切り壁の上は開いていて、フランからの声にようやくクロームが表情を緩ませながら彼に対応。うん、反省したのかと言いたくなる彼女の言葉だったけど、もしかしたら一緒にお風呂に付いてきた彼らに本当は怒っていたのかもしれない。
元々は素直な性格をしているのに時に挑発的なその様子は確かにここの、骸さんたちの仲間なのだなと思わざるを得なかった。

「脱衣所ごしに喧嘩するのはやめなさい」
「…いたっ」

小さくクロームにチョップをして、髪の毛を乾かしてもらう。
ブオーンと大きな音。わしゃわしゃと彼女の手が私の頭皮を心地よく刺激する。うん、お師匠さまの髪の毛を乾かすのもよくやらせてもらったけれど、やってもらうのも気持ち良いしこれはクセになるかもしれない。

だんだんと今日の疲れも出てきたのか眠くなってきてウトウトと身体が揺れ始めるのが自分でも分かる。だけど髪の毛が乾ききるのはもう少しらしい。
半分寝始めた私の様子を見たクロームが鏡越しに私を見、目があったから私も鏡越しのクロームに手を振るとドライヤーがそっと台に置かれる。

「スイ、…キスしていい?」
「ふしだら娘共ーいい加減にしてくださいー」
「「あっ」」

男の人の用意は早い。
すでに銭湯の閉まる時間だったらしく、そしてクロームの言葉に過剰に反応したフランが容赦なく脱衣所の扉を開けて侵入してきた。
ぼんやりとしている私はまだ服を着ていないことに気付くのが少しだけ遅れてしまい、目を見開いたのはフランはフランで予想もしていなかった事態に完全に身体が固まってしまっている。

「!」

半分寝ている状態の頭でも早く服を着なきゃと思う気持ちはあった。が、慌てて立ち上がった私からはらり、とバスタオルが外れかけ――、


――バサッ!

けれど、それを阻止したのはクロームの行動だった。だけど当然ながら私もクロームもお互いバスタオル一枚のみを身に包んでいたわけで。
つまるところ、クロームのバスタオルを私が彼女の手によってかけられている以上、彼女の身体を隠すものは何ひとつなくて。

彼女の身体をどうにかして隠さなきゃと動こうとする私の行動に対しクロームは私をぎゅうと抱きしめた。いやいやクローム、私は無事だけど君はアウトだから。目の前にフラン、しっかり立ってるから。前は確かに私を抱きしめているから見えていないだろうけど後ろはばっちりフランに見られてるから。
なのに私の動揺なんて物ともせず男前にも私を庇い続けた彼女は未だに動けずにいたフランに対し静かに、一言言い放ったのだった。

「…えっち」

あ、フランも倒れた。
脱衣所の向こうで犬さんが泣きそうな声で骸さんの名前連呼してるしこれどうするの。…どうやって、帰るの…?

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