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「…スイ、何もされませんでしたか」
「ええっと、…はい、今の以外は」

恭弥さんはそれからまた隠し扉から出てくることはなかった。
ゴシゴシと遠慮なく服の裾で額を擦られ「飽きさせませんから!」と意味の分からないことをいいながら私の安否と、それから恭弥さんといつ知り合ったのかなんて聞いてくる骸さんはまるで心配性のお母さんで思わず笑いそうにもなったけど流石に失礼かと思って何も言わなかった。

術士たるもの冷静でいなくてはならぬ、という言葉はお師匠さまからも、骸さんからも聞いていた当然の話である。確固とした信条を、想いを、創造を。そうでなければ自分の創造した幻覚も、有幻覚もあっという間に消えて無くなってしまうからだ。そういった意味では強い精神であらねばならないのは肉体で戦う戦士ともそう変わりないかもしれない。だというのにこの目の前にいる彼は本当にボンゴレの霧の守護者なのかと問いかけたくなるほど動揺している有様で、お陰で私は何も無かったことをもう1度答えなくちゃならなかった。ゆっくりと大丈夫です、と。
私を離したのは少し経ってからで、フランやクロームの心配性は彼由来に違いないと思わずにはいられなかった。

「お騒がせして、すいません」

どうやらここの先は恭弥さんの居城で、ボンゴレの日本支部と繋がっているらしい。
恭弥さんは私の予想通り、やっぱり只者ではなくボンゴレの雲の守護者で骸さんの仕事仲間ではあったみたいだけどあまり仲はよろしくないようだと骸さんの話し方で把握した。
それでも恭弥さんがここへ連れてきてくれたのは、ボンゴレの支部と恭弥さんのアジトが繋がっているからなのだけどそのルートは滅多と開かれるものではないらしい。その証拠に骸さんは恭弥さんのアジトに入れてもらったことはないらしく、その入口は堅く閉ざされてしまった。


「やれやれ、クロームも困ったものだ」
「私が好きで運んだので怒らないでくださいね」
「……仕方ないですね」

その言い方、どうやら怒るつもりだったらしい。とはいえ骸さんが怒っている姿なんて見たこともなかったから全く想像もつかなかったけど。

残念ながらクロームは既に友人とご飯に行ってしまったらしく、違う場所にある入り口からボンゴレのアジトに入っても彼女に会うことはできなかった。それどころか誰ともすれ違うこともなく、中は思ったよりも静まり返っている。ついでにボスもどんな人だろうと見てみたかったけどその人も今、お仕事中らしい。

よく分からなかったけどマフィアの中でも1番大きな規模を持つボンゴレは今の人がボスになってから自警団のようなカタチをとっているらしく、随分様子が変わったということだった。それに所属するヴァリアーまでも自警団…ねえ、と思ったけど先代である9代目の直属の独立機関だったはずだからまたあそことは雰囲気が違っても仕方ないのだろう。

「スイもスイです、こんな場所に来るなら経費を使って来なさい」
「…はあ」

ボンゴレの施設内を歩きながら何てことを言うのだと思いながらも私は思わず苦笑いでそれに返す。当然ながらそんなことを出来る立場ではない。が、さすがに誰が聞いているか分からないここでその話を大声で出来るわけもなく適当に頷き言葉を濁したけどきっともう私はここに来ることはない。

確かに私は大まかに分類されるのであればヴァリアー所属のお師匠様に拾われ…いや、名目上スカウトされた時点でボンゴレ所属であるには違いない。
だけど更に細かく分けるとすれば私はヴァリアーに所属であり、さらに今まで何をしてきたかと言われればお師匠様の研究施設で生活をしながら簡単な身の回りのお世話や術の特訓を受けてきただけだ。最近になってヴァリアーの方々と顔を合わせることになったものの彼らとの付き合いはほとんどと言っていいほどに、ない。一応先輩である彼らからはお師匠さまの女バージョンだの、暴走女だの、キメラ召喚士だの散々な称号をいただいているけど一応はそこの術士という扱いではあるし、ヴァリアーの隊服も袖を通すことは数度しかないけど持っている。


「もう少しそういうところはアルコバレーノに似て強欲でいいんですけどね」

私の思っていることなんて骸さんはお見通しだったに違いない。
無人のボスの部屋までやって来ると書類を机の上にポイッと放り投げた。うちのボスにやってみれば間違いなく物理的に首が飛ぶ行為に身体を震わせながらそれでいいのかと不安になったけど骸さんにとってはこれが通常運転らしい。黒曜で寝食を共にするクローム達以外と馴れ合いはしないとお師匠様から聞いたことがあったけどまさか上司にまでこんな感じだったのか。
これでもう並盛に用は無くなり、早く帰りましょうと骸さんに手を握られ行きとは違う出口で地上に上がる。そこで、待っていたものは。

「…運転できたんですか」
「不便ですからね」

確かに一理あったけど、同時に違和感もあった。だって私たちの移動は主にバスだったし、任務があっても大体私達が寝た後に出歩くような骸さんたちの移動方法は知ることもなかったし、何より黒曜ヘルシーランドに車で乗り付けてあったことなんてなかったのだから。
どうやら普段は千種さんが運転させているらしい。じゃあ今日一緒に任務に行った千種さんや犬さん、フランはどうしたのかと聞けばその辺でポイしたというのだから何とも言えなかった。

「驚きましたよ、覚えのある気配が並盛にあったのでまさかと思ってこちらに来てみれば雲雀恭弥なんかと手を繋いで…」
「恭弥さんは助けてくれたんです」
「ほう」

車のエンジンを入れると車内に静かなイタリア語の音楽が流れ始め、だけど私は音楽を聞くことはなかったから知っているものではなかった。
因みに語学はお師匠様についてまわっている間に覚えたところもあってほんの少しならイタリア語であるなら会話は可能だ。ヴァリアーにいる間は特に日常会話はイタリア語だったから死に物狂いで身に付けたといっても過言じゃない。確か1番初めに覚えた言葉が”カス”で、お師匠様が嫌そうな顔をしたことだけは随分前の事なのに覚えている。
「…スイ」静かに私を呼ぶ声。ぼんやりと外の景色を眺めていたら信号が赤になったらしい。頬に手が寄せられたかと思うと骸さんはいつの間にかこちらを見ていた。そのオッドアイは相も変わらず綺麗で、だけど何だかゾワゾワとする感覚がついてまわる。

「助けられたとは何かあったのですか」
「…ええっと、」

記憶を頼りに、今日覚えている事を全部。バスに乗ってからの結界のこと、白衣の男の人のこと、タカラモノと呼ばれたこと、それから…恭弥さんが手を出した時、藍色の炎による謎の空間に逃げたこと。
説明をするにつれ骸さんの眉間には僅かに皺が寄るようになった。言葉にするとほんの少ししかなく、骸さんに質問されても碌に答えることは出来なかった。
話し終えると骸さんは静かにそうですか、とだけ答え黙ってしまった。隣をちらりと見るとその整った顔はもうこちらを見てはいなかった。心無しか運転しながら前を睨みつけている骸さんは少しだけ殺気立っているような気もしないでもない。

「…」

私の話した内容に何か引っかかるものがあったのかもしれない。片手で運転している彼の、肘掛に置かれた大きな手に自分の手を重ねる。

「…スイ?」
「役に立てなくてごめんなさい、…先生」

そもそも私にもっと力があれば。
もっと、クロームやフランや、骸さんみたいに、お師匠様のように自在に力を使うことが出来たのなら。そう考えると自分が不甲斐なくて、虚しくて。
思わず泣きそうにもなったけどここで私が泣くのはお門違いもいいところだ。

「骸、と呼んでくださいスイ」
「…骸さん、私、」
「怖い思いをさせてしまいましたね」

気が付けばいつの間にか車は止められていた。軽やかに流れ続ける音楽は変わらず女性ヴォーカルが静かな調子で愛の言葉を囁き、この空間を満たしている。
私の意志で重ねた手はいつの間にか骸さんの手によって絡め取られていた。恭弥さんの手ともまた違う、大人の男の人の手だ。空いた手は私の頭をゆっくりと撫でる。子供をあやすように、私の心を落ち着かせるように。
クロームやフランだったらこんな時きっと2人して前から後ろから、私をぎゅうぎゅうと抱きついてくるのだろう。そんなものではない、ただただ私の頭を撫でるだけ。

だけどどうしてそれがこんなに恥ずかしいのか。
どうしてこれがこんなに、心を揺さぶるのか。

暴走してキメラが出るようなその感情の揺れ方ではなかった。嬉しいような、胸が苦しいような。私にはまだ分からない、…否、分かっちゃいけないような気がして何も考えずに骸さんにされるがままになっていた。

「僕が君を守ります。スイは安心して、…僕の、側に」

居てください、と小さな声と共に抱きしめられ、私はどうしていいのか困っている。逃げようと思えば逃げられる。突き放そうと思えば突き放せるというのにどうしてこの温もりが心地いいのか。
どうして、彼から離れたくないと思ってしまったのか。

ほとんど答えは出ている。だけど私はそれを口にする事はせず、
――けれどその温もりに甘えるかのように彼の背へと手を回したのだった。

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