CoCoon | ナノ
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束の間の静寂。
完全に藍色の炎とその気配が消えたことを確認したと同時に緊張が緩んだ所為かカクン、と身体から力が抜けた。そのまま地面へとへたり込む前に伸びてきた腕によって掬い上げられる。
お腹にその腕がグッと入り込み少しだけ咳き込みながら見上げると私を助けてくれた恩人は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「…ありがとうございます」
「見かけない顔だね」

視界に入ったのはさっきの真っ白な人とは正反対で全身が真っ黒な男の人だった。スーツを着たその人はとても端整な顔立ちをしているけれど手には鈍色に光る棒状の武器を構えていて、それでさっきの人を振り払ったらしいとすぐにわかった。…うん、それが一緒に私のお腹にめり込んでいる訳だけど文句を言える立場ではなかった。

彼の腕を持ちながらゆっくりと体勢を立て直して一人で立ち上がる。少しだけ膝が震えてるけれどそれ以外は何ともなさそうだ。
礼を言ってからよくよく見るとその武器はうっすらと紫色の炎を纏っている。どうやら雲属性の人のようだった。そして炎を扱えるということは、一般人ではないということで。さっきのあの白衣の人を追い払ったぐらいだ、戦闘に関しては全く分からないけれどこの人の攻撃が全く見えなかったのだから相当強いに違いない。それに、湧き上がった殺意も尋常ではなく追い払う時に感じたソレはまるでヴァリアーの人達に近しいものだった。まさか日本でこんな人に会えるとは思わなかったけれど。

「名前は?」
「桐島スイ、です」
「…ふうん、君が」

特に珍しい名前でもないというのにどうやら私を知っているようだった。
もしかして骸さん達の知り合いなのかもしれない。だって此処は並盛なのだ、仕事仲間の可能性だってある。
そのまま遠慮なく上から下まで見られたけど嫌な視線ではなかった。少しだけ怖いと感じたけれど「怪我はないね」と間近にいる私でさえ聞き逃しそうだったその声に、怪我の有無を確認してくれたと気付く。
そのまま目の前の人はおもむろにスーツの内側から匣を取りだした。あまり見ることのないモノではある。お師匠様はいくつか研究用にと持っていたけどクロームやフランも使ったことはほとんど見た事がない。思わずまじまじと見た私の視線に気がついたのかその人は私の方を見て問いかける。

「匣やリングのことは知ってるかい?」
「はい、…そこまで詳しいわけではないですが」

それで十分だ、と彼は少しだけ口元を釣り上げ私の目の前でその匣を開いた。そのまま、まるでマジックのように先ほどの金属の武器が仕舞われる。
武器や道具を収納することの出来る保管用の匣があるということは聞いていたけれどこんな感じなのか。便利と言えば便利なのかもしれない。わざわざ見せてくれたのだと気付いて慌てて軽く頭を下げると匣の中に消えたソレの名称がトンファーであること、そして彼の名前がキョーヤさんであるということを教えてくれた。

「キョーヤ、さん」
「うん。漢字はこう」

私の掌にご丁寧に名前を書いてくれた。なるほど、恭弥さん、ね。
周りの人が何だかおどろおどろしい名前ばかりだったせいかとても普通の名前に少しだけ安心した。いや名前こそ物騒な人たちだけど皆、良い人であることは十分に知っている。もう一度小さく「恭弥さん」と声を出して呼ぶとほんの少しだけ彼の雰囲気が柔らかくなったようなそんな気がした。先ほどまでのトンファーを構えた彼は鋭利な刃みたいだったけれど笑うと愉しげにあの殺意を出していた人だとは思えない、大人の男性だった。

年齢は骸さんと同じぐらい、だろうか。短い前髪のせいで幼いような気もしないでもないけどそれでも戦いの慣れた様子や雰囲気がその幼さを否定していた。

「一人で来たのかい?」
「はい、家族が…忘れ物をしたので。一人でお使いも出来ないようじゃまだまだですね」
「今ここの地域には少し厄介な連中がいるからね。スイも気をつけた方がいい」

僕は正義のヒーローではないからね、と恭弥さんは私を見下ろした。
怒られた訳ではないけど流石に無防備すぎたと自分でもそれは良く分かっていた。目を瞑れば、少し逃げれば誰かが助けてくれるわけじゃない。甘えてばかりはいられないというのに。自分の身は自分で守るために、そしてこの力で他人を傷つけないようにするために日本に来たのだ。このままじゃ、いけない。

それに今回は運が良かっただけでさっきの白衣の人にもう少しで何かをされるところだったのだ。
そうだ、さっきの人だって私のことを知っていたような感じだった。何処からどう漏れたのか分からないけど、もし骸さん達の不利になるように…例えば取引の道具に使われたりしたらたまらない。気をつけなければならない、と決意新たに頷けば空いた手でくしゃりと頭を撫でられる。

「獣も多いからね」
「けもの…?」
「うん」

私の髪に触れる手がするりと下りてきて頬へ触れる。
指で輪郭をなぞるように触れられると身体全体に走るぞわぞわとした感覚に恭弥さんを見返すと彼はそこで、さっきよりも随分と楽しそうに笑んだ。それはまるで獲物を捕らえようとする動物のようだと思ったけれど獣というのは貴方のことですか、なんて答えが恐ろしくて聞けるはずもない。
ぼんやり見上げているとそのまま恭弥さんは私と視線を合わせ、静かに見つめてきた。綺麗な瞳をしている。綺麗な、顔をしている。近付いてくる彼の顔。何事かと後ろに下がろうとすると恭弥さんは私の頬をムニッと掴みやがて私から離れた。
その仕草に心臓がドキドキと煩いのは決して私の所為じゃない。くつくつと喉を鳴らし笑われたところで、ようやくからかわれていると気付く。

「君みたいな美味しそうな子、一人で歩かせるようじゃアレもまだ甘いね」
「…え」

「おいで」と私の腕を持つ手が離れ、今度は手を握られる。大きな手だった。掌全体が硬く…恐らくはさっきの金属が彼のいつも使う武器なのだろう、私の知ってる人たちとはまた違った、己の肉体で闘う男の人の手だった。

恭弥さんはさっきの言葉についてはとうとう何も話してはくれず、そのまま私を見ることはなく早足で前に進む。
それはフランや骸さんのような、私を待ってくれる足じゃない。少し小走りにならないと置いていかれそうな速さで、でも私の手をしっかりと握っていてくれるおかげでそこまで辛くはなかった。
いつの間にか指を絡められて完全に握り締められている状態だったけどあの白衣の人が消えてから脳の警鐘は消え、恭弥さんがどうしてだか安全な人であると私の身体は認識したらしい。
冷たい手にヒヤリとしているけれどもう暴走の予兆は見られなかった。一体この人は何者なのだろうと思いながら聞ける雰囲気ではなく一生懸命、後を追う。石段を登り始めたときはどうしようかとも思ったけど冗談を言いそうな人でもない。さすがにちょっと体力が無い私には厳しかったけど何とか上りきると、彼はようやく私の方を振り向いた。

「着いたよ」
「…ここ、が?」

石段を登りきったそこは何の変哲もない神社だった。


――いや、でも違う。

何かが、違う。

恭弥さんの方をちらりと見ても彼はジッと私を見ているだけで何も言うつもりはないらしい。でも何も無い場所に彼が私を連れてくる意味も、きっとない。じゃあ、ここに何かある。
ちらりとまた神社へと視線を戻した。やっぱり何もないようにも見えるけど…ふぅ、とわざと大きく息を吐き出し目を瞑る。そして息を吸い込みながら静かに目を開く。何かを見つけるための集中を。

「…」

再度見た神社は、少しだけ様子が違った。…少しブレているような。ほんの僅かに何らかの力を感じる気もしないでもない変わった場所だ。
感知の能力は経験不足の私はまだまだ未熟で、疎い。けれど術士としての力、それも霧の炎を使うものとなると同属性の人間として身体が反応する。
じいっと其処を見ると何だかモヤがかかっているようなそんな継ぎ接ぎの場所を見つけることが出来た。結界だ。ここに、結界がある。

「…恭弥さん、ここの結界は」
「そこまで分かればまあ及第点かな」

否定はしなかった。つまり、この先には隠されたものがあるということで。そして、恭弥さんが此処に連れてきてくれたということは何か私と関係のあるものがあるということで。
今度こそ何なのか聞こうと恭弥さんを見ると、グイッと予想もつかない方向から引っ張られガクンと視界が揺れ動いた。

「スイ…っ!」

何事かとパニックに陥りそうになったのはほんの数秒で、頭上からさらりとインディゴの髪の毛が垂れ下がってきたことに一旦思考が停止した。
見慣れた色に一瞬クロームかと思ったけどこの身体の硬さ、腕の強さ。低い声。…間違いない、骸さんだ。
後ろから抱きしめられていて身動きは取れないというのにぎゅうぎゅうと力強く締めてくる有様で何が何だか分からない状況に陥っている。このままじゃ締め落とされてしまいそうな気もしたからとりあえず腕を叩いて抵抗を試みたらようやく彼は少しだけ落ち着きを取り戻したらしい。

「…無事でよかった」

骸さんがここまで感情を露わにしているなんて珍しい。
うりうりとクロームのように頬を擦り付けてきたりこそしなかったけど私にぴっとりとくっ付いてくるその様子はまるで迷子になった子供と再会したお母…考えるのは怒られそうだしやめておこう。
しかしこれはどうしたものかと困惑気味に恭弥さんの方を見た。いつの間にか私から離れていた恭弥さんは最初こそ驚いた顔をしていたけれど目が合うと近付いてきた。少しだけ私の後ろを見て睨みつけると、その後、僅かに屈み私と視線を合わせる。

「またね、スイ。ソレに飽きたら僕のところにおいでよ」

それから彼は楽しげに口元を吊り上げたかと思うと私の頬を手で覆い、軽く額に口付けそのまま神社の中へと歩み始める。
思った通りそこには結界…いや、隠し扉があったらしい。彼の手にはいつのまにかトンファーを取り出す用とは違うリングが嵌め直され、ゴゴゴという音が鳴ったかと思うと彼の姿も気配も神社の向こうへと消え去ってしまった。

「……」
「………」

突然のことに状況を全く把握出来ずポカンとした私と、とても人間の言葉とは思えない奇声を発する骸さんがその場に取り残されてしまい今更ながら非常に、頭痛を覚えることになったのだった。

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