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クロームが珍しく忘れ物をした。
晩御飯の準備があるので朝からご飯を食べながら皆の一日の予定を聞くのが通例になっていて、その時彼女が今日は隣町にあるボンゴレの日本支部に用事があってそれから友達とご飯をして帰ると聞いていた。
だというのに学校から帰ったら玄関先に書類の入った大きな封筒がポンと無用心にも置かれていて流石に慌てて電話をして聞いてみれば「あっ」と彼女の小さな声。本当に滅多とない忘れ物だ。きっと友達との予定が楽しみだったのに違いない。

『大丈夫、だから置いておいて。ご飯食べ終わったら持っていく…』
「分かった。楽しんでおいでね」
『ありがとう』

フランは今日せんせ…骸さんと千種さん、犬さんと一緒に何処かへ行っていて此処には私一人だけだ。学校までは一緒に行ってくれたし帰りも放課後まで居たけれどその後、私と黒曜ヘルシーランドまで帰ってくるとすぐに出て行ってしまった。

玄関先に置いてある書類を持つと意外とズッシリとしている。
あまりにも普段から私を溺愛してくれるお姉ちゃんといったイメージだったけどマフィア界では有名なボンゴレの、骸さんの補佐をしているというのは伊達ではないらしい。あの細腕で骸さんと同じ三叉槍を振り回し骸さん直伝の幻術を用いるなんて本当に尊敬してしまう。…持って行ったら、クローム喜んでくれるかな。

ちらりと時計を見るとまだ外も明るい。並盛に行ったことなんてないけれど今時の携帯はマップもついているし迷うこともなくすぐに帰れるだろう。クロームと骸さんが働いている場所に少しだけ興味もあるし。
リビングに戻り、もし万が一先に誰かが帰ってもいいように一応書置きを残し外に出る。晩御飯もある程度作ってはおいたしきっと問題はない。

「…あ、着替えてくればよかったかな」

まあ良いか。子供じゃあるまいし私の足で歩めばおおよそ1時間以内には着くだろう。
唯一難点を挙げるとすればこの黒曜ヘルシーランドというところ、確かに並盛の隣町ではあるけど少し不便な場所にあり、バスの本数も異常に少ない。
元々はテーマパークだったらしいけど今となっては廃園になり誰も寄り付かない場所。こんなところにバスが何本も止まるわけはなく。
出来れば今後の移動を考えて自転車でも買っておかなければならない。が、私はどうやら運がいいらしい。丁度都合よくバスが見えてホッと安堵した。これなら直ぐに着くだろう。ダッシュでそれに乗り込むと黒曜ヘルシーランドから人間が出てきたことに対し運転手さんがこれでもかというぐらいに驚いていた表情を浮かべたのがとても印象的だった。
書類をしっかり持って一番後ろの席へ。そういえば一人で外に出るのは随分久々な気がした。いわゆる初めてのお遣いってヤツだ。待っててね、クローム。


――バリンッ!


「…っ」

異変が起きたのはバスが発車し、並盛へと入った辺りだろうか。突然頭がズキッと痛んだかと思えば鏡の割れるような音が響き思わず身体を伏せた。

この感覚は、…何?
周りを見ても乗車している人達は相変わらず前を向いていたり携帯を触っていたりと何も変わりはないし、実際窓が割れている様子もない。バスの外には平穏な世界が広がっていて、とてもじゃないが近くで何かが起きている風にも見えない。
ゾワリ、と嫌な予感がして身体の底から力が湧きそうになったけどここで暴走する訳にはいかない。落ち着いて。落ち着かなければ。

落ち着け。大丈夫、敵はいない。クロームのところへ行くだけだ。

「だいじょうぶ」

平静を装い、息を整える。
書類を持つ手が震え、漏れ出しそうになる力を抑え込みながら予定よりも一つ前のバス停でベルを鳴らしよろよろと降りた。どうやら体調が思わしくないようには見えていたのだろう、「お大事に」何も知らない運転手さんの優しい言葉で少しだけ落ち着きを取り戻す。

「…さっきのは一体」

まだ鳥肌は収まらず油断は出来ない。気を抜けば暴走しそうなんて、いつぶりだろうか。こんな時にはいつも誰かが傍にいてくれたけど甘えるわけにはいかないしいつまでもそんな様子じゃお師匠様の元に帰れもしない。頭痛はあの一瞬だけだったし、変な音も聞こえない。けれど危険を知らせる警鐘音は未だ脳に響いていた。

きっとさっきのアレは幻術による仕掛けであるということはすぐに想像ついた。あんな辺鄙な場所にあったのだ、骸さんか誰かが何かの結界を張っていたのかとも思ったけどアレは誰かを守るようなものではない。
特定の人間が通ればそれを知らせるような、そんな…嫌な、トラップのような。
術士の集まりの場所でお師匠様にそういうタイプのものがあると聞いたような気がする。例えば誰かが逃げ出さないように罠を仕掛けそこを通れば通知されるように。例えば誰か特定の狙った相手が通れば仕掛け人に知らせが届くような。

何にしろ私がそれに引っかかってしまったのは確かで、じゃあその仕掛け人はやっぱり彼らなのだろうか。
でも私は別に外に出てはいけない、なんて言われたこともないし…けれどこんな所に他の術士が居て、あんな場所に罠を張ったなんて思い難いし。

「…だいじょう、ぶ」

もう一度自分に対してゆっくりと声をかけ、ぎゅっと胸元で書類を抱きしめ顔をあげる。
そうだ、クロームにもう少しで会えるのだから教えてもらおう。私にはまだ力をコントロールする技能も、知識も少なすぎる。
確かに力はあるらしいけれど相手から受ける幻術を跳ね除けたり曲げたり、感知する力には疎いのだ。
もう少しでクロームに会えるのだと思うと少しだけ元気が湧いてくる。私だって結局のところ皆が大好きで仕方ないのだ。

「君、どうしたのー?」

目的の場所までもう少し、と言ったところで声をかけられたのと同時にポンッ、と肩を叩かれ声もなく飛び上がった。
振り向くとそこには白衣を着た知らない若い男の人が首を傾げてこちらを見ている。…医者か、何かなのだろうか。白衣の中の服も、髪の毛までも真っ白なその人は年齢不詳といったところだけど声が若い気もする。銀淵の目がねが如何にも理知的そうだな、という印象。ただ、少しだけその目が怖いと思ったのは血のような赤色だったからだろうか。

「あ、ごめんね。ちょっと体調悪そうだったしどうしたのかなって思って」
「…いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

人の親切を無碍にしては罰が当たるとは聞いたことがあるけれど今は自分の力を抑えるだけで精一杯だった。こんな街中でキメラなんて出せない。そう思いながらそそくさと立ち去ろうとしているというのに彼は私を離すことはなかった。
ギリ、と私の肩に乗せられた手が強く食い込む。痛みに顔を歪めると、男の人は笑みを深め此方へ一歩。ひんやりと冷たい手が私の首に、耳に触れた。

ぞくり、ゾワリ。
何かが迫り上げ力が押し出されそうになる感覚。コノ人は敵?違う、私の体調を心配してくれただけの人。倒すべき相手?違う、駄目だ、一般の人に危害を加える、ワケには。
押さえ込もうとしているのに危険を察知し身体から漏れ出そうとする力の方が強い。だめ、もう…っ、

「――ねえ、君ってさ」
「何してるの」

物静かな声が空間を裂いたのはその時だった。
ハッと我に返り後ろに数歩下がると白衣の男性はチッと舌打ちをして同様に距離を取った。私と白衣の間に突然何かが割って入り、何かを振り払う。白衣の人は思ったよりも軽い身のこなしだった。ヒュゥ、と口笛の音。楽しそうに吊り上げられる口元。
当然ながら私は彼を知らないというのに、彼は至ってフレンドリーに私へ向かってウインクを送り高らかに笑う。

「また会おう僕たちのタカラモノ」

白衣の人がただの一般の人でないことに気付いたのはその時になってからだった。
スッ、と手をあげたと同時に彼の後ろに現れる藍色の結界。
何事かと声を発する前に男の人はニタァ、と笑みを浮かべるとその結界の中へと身を躍らせそのまま藍色の炎ごと消え去った。

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