05



「……よし」

 以前、学生のときに使用していた筆箱からマジックを取り出しカレンダーの前で仁王立ち。数秒後にはキューッという音が部屋に響き、十月十三日の日曜日に赤丸をつけると腕組みしてふむ、と唸った。
 絵心があればここに鮫だか指輪のイラストなんか書いてみようかなとか思ってみるけど残念ながら私にそのような画力は備わっていない。前にパイナップルを書いたものの何だこれみたいな絵になったことは記憶に新しい。黒曜センターに何かがあるんじゃないかという考えるきっかけとして判断できる材料を残してしまったアレに関してはよくないんだろうなと思うんだけど、実際起きてしまったことは変えることもないし今日のことは何より並盛で起きたことだ。きっと遅かれ早かれ本人の耳に入るに違いない。

 今日の事件。──…S・スクアーロが日本にやってきた。
 ディーノさんともすれ違ったし京子ちゃんもハルちゃんもいた。私のいた場所からはツナ達は確認できなかったけど恐らくあの場所には彼らと、それからバジルもいたことだろう。つまりヴァリアー編の始まりを意味している。それがどうしたかと言われれば正直どうもしていないので私がここで格好つけたところで何もないんだけどとりあえず現在の把握だけしてみようと思ったわけで。

 私の武器は知識である。それ以外は何もない。

 戦えもしないし何か他に特別な武器だとかを持っているというわけでもない。だけどこの世界、私が知っている人間が巻き込まれる事件の数々を知っている。誰が犯人で、原因が何かということを知っている。頭のいい人間ならこれをどうにかして活かして、例えば主人公のアドバイス役になったりだとか敵からの攻撃を妨害したりだとかそんなことができたのかもしれないけど現状私はその位置にいないしそもそも性格的にそういうことは向いていない。ゲームでもこういう立ち位置のキーマンがいたりするけど大変だと思うんだよホント。
 だけど私は残念ながら一般人の上に、主人公たちに話しかけられない立ち位置にある。押切ゆうとして彼らの前にただのクラスメイトとして一緒にいたのはほんの数ヶ月だったし彼らとは前回の黒曜編の時以来接触はない。どころか藤咲ゆうとして大人の姿になってしまったのだから彼らに話しかけようとしても向こうからすれば訳のわからないことを言う怪しい女ぐらいしか思われないだろうし、何よりリボーンや隼人あたりが警戒して話しかけることすらできないに違いない。押切ゆうだった人間だよと近寄ったとしても同じことだろう。少しは仲良くなれたような気がしたけれど最後は理解してもらえないまま、別れてしまったのだから。

「また何か起きるの」
「……うーん、まあそんな感じ」
「今度は巻き込まれないでね」
「気をつけます」

 後ろで厳しい言葉を投げかける家主殿はいつにも増して声が刺々しいけど何しろその原因を知っている上に私は前科持ちなのだから仕方ない。というかいつのまに帰ってきたんだ。
 驚きながら後ろを振り返り変わらない姿の彼にお帰りと声をかけ慌ててキッチンの前へ向かい、空腹の家主を餓死させることのないようにと手早く料理を温め始める。

 家主の名前を雲雀恭弥という。
 まあリボーンという漫画を読んでいて知らない人間は逆にいないだろうけど人気キャラクターランキングでは必ず上位、戦わせてもほぼ負け知らずという最強キャラクターの一人だ。それでいて中学生、風紀委員長、武器はトンファーで最強の不良。……いやもう漫画の世界なら何でもありなんだろうなと色々突っ込みすらしていないけどそんな彼がこの家の持ち主である。
 そして私はそんな彼の家へ転がり込んだ、別世界からやってきたただの一般人OLというわけだ。素性も危ういような、別の世界からやってきた私の話を真顔で聞いて住まわせてもらっているだなんてかなりイージーモードなんだけど私は私なりに何とかこの状況を打開できないかと詮索する日々を送っている。

 元の世界に戻る方法は大体予想がついている。
 だけどそれを実行するには覚悟がまだ足りない。そんな曖昧な感じで毎日を過ごしているという有様で、それはそれとして置いておくとして、この世界にやってくるであろう事件からどうやって逃れようかも考えているというわけだ。

「商店街、行ったんだってね」
「…よくご存知で」

 あまり出歩かないように言われているのはわかっている。出来るだけ人の多い時間は避けるように言われていたし何だったら恭弥が付き添いでとも言われているわけだけどそうすると間違いなく注目の的になってしまうわけで。
 本音を言うと私としてもあまり目立ちたくない。この藤咲ゆうという人間は彼以外知り合いが誰一人としていない状態だし、普通に歩いているだけならばただの一般人に紛れられることができる。だけど恭弥はこの並盛ではあまりにも有名すぎるのだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 しかし今日出かけたこともすぐにばれるとは思わずごめんごめんと謝りながら夕食をテーブルの上に並べていく。ここは彼の家…というか、どちらかというと仕事が忙しい時に立ち寄るような場所…らしい。詳しいことは聞いたことはないけどとりあえずそういった場所であるらしく、だからこそ私は身分を証明するものがないもののこうやって雨風を凌げる立派な建物で生活することができている。もしも彼と出会っていなければ今頃たくましく野宿生活のプロになっているかのたれ死んでいたことだろう。そのことを改めて感謝せずにはいられない。
 だからまあ私が代わりに出来ることといえば彼がここにくる時にはご飯を作っておくようなそんな程度。毎日ここに寄っているわけではないけどそれでも頻度は相当なものだ。ご飯を食べて、たまに泊まって、たまに朝食をここでとり学校へ行く。気分はすっかり新婚…いやそれは流石に言い過ぎだけどきっと彼氏ができて同棲云々となればこんな感じなのだろう。生まれてこの方できたことがないからこれが普通かどうかなどわかりはしないんだけど。

「誰とも会わなかったの」
「まあ、一応。多分」
「ふうん」

 とはいえ、私と恭弥は付き合っているわけじゃない。
 漫画の中の人間とだから、とかそういう理由じゃない。いずれ帰らなければならないとわかっているのに離別を恐れている、…というわけでもない。何というか、言葉にするのは難しいけど要は私が彼の好意に対し怯え、答えられないでいるというべきか。だけどもここから離れることもなく彼が近寄ることを拒みもしないのだから自分が一番最低だということは自覚している。きっとお互いに言葉で表現したことはないけど、気持ちは一緒…なんだと思っている。軽い共依存になっているような感じなのかなと思うこともある。だけど最近は恭弥も特に何も行動が変わらないし、こちらに踏み込むこともない。家族のように扱われているといえばそんな感じなのだろうか。弟と呼ぶには近過ぎるわけだけど。

「君の自由を奪うつもりはないから別にいいけど、ゆうはもう少し気をつけた方がいいと思うよ。あまりにも無防備すぎる」
「…肝に銘じておきます」

 親なのかなって思うこともあるんだよ、って言ったら多分怒られるんじゃないかなと思う。その証拠に今も「何?」と問う目がいやに恐ろしい。何もないよとこちらも返し、食後のアイスクリームを頬張った。
 そう、これからたくさん問題はある。
 例えばこれから始まるであろうヴァリアー編では恭弥もまた巻き込まれることになる。それに対し私はどうすれば足を引っ張らずに済むだろう、だとか。

「……」

 例えば、さっきポストに投函された差出人も分からない封筒をどうしようだとか。もちろんこれから本人に渡すつもりである。だけどまさか、こんな形で私も見ることになるとは思わなかったんだよホント。
 思わずポケットに放り込んだままの茶封筒。
 その中には以前のような人を脅すための写真が入っているわけでも恭弥へのラブレターがしたためられているわけでもない。触ればわかるその感触。私は超能力者でも何でもないけどそれが何だか当てることが出来る。もちろん開けてもいないし物を覗こうともしていないけどたったひとつ、硬く小さなものが入っているというその感覚だけで何であるか理解してしまったのだから。

 ――ハーフボンゴレリング。
 七種類ある内の1つ、雲の守護者が持つべきリング。それが今、まさか私の手にあるだなんて誰が想像できただろうか。



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