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「…疲れた」

 本当に、疲れた。
 いずれ来るだろうなとは思ってたけどさすがに目の前であんなことが起きればびっくりもするし、ついでに皆に紛れて駅の方に走るのも結構体力を削られた。途中誰かが警察に通報しているのも聞こえたしもう少しすれば並盛商店街に訪れるだろう。
 だけどそれまでには元凶の人物が居なくなっていることも知っている。あと一時間もしないうちに並盛にはいつもの平穏が訪れるだろう。もっともそれは仮初にしか過ぎないし、並盛中学にとってはむしろこれからが本番なんだけど。

 喧騒から回復し始めた頃、私もようやく家に向かって歩き出す。私が住んでいる家は並中の隣で、駅からはほど遠い。しかも商店街を通らずに向かうとなれば慣れない道を使うことになり、最終的に予定よりもずっとずっと遅い時間になってしまった。家に着く頃には既にお昼は優に超えていて、だけどすっかり遅くなってしまった朝昼兼用のごはんを食べる気力を失うぐらいには疲労もしていて。家が見えた時には思わずホッとしてしまったぐらいには気が付かないうちに緊張もしていたのだと思う。

 …前回のようにはいかないから。
 ここは私が大好きなリボーンの漫画の世界。登場人物が意志を持って生きている世界であり、私が知っている事件の数々が起きてしまう世界だ。悲しいこともあるし嬉しいことも新しい出会いもある。主人公であるツナにとっては大事な友達や好きな子が傷つかないために強大な敵と戦いながら強くなるストーリーだ。
 だけど、と注釈をつけるなら私はツナと同様の視点ではいられない。何しろ側にいるのが同じく登場人物であり、それでいてある意味メインでありつつも常に登場しているわけではない人だ。しかもそこに私が常駐できるという確証は前回、黒曜編と称される並中の腕っぷしの強い人間たちが襲われる事件によって潰されてしまった。М・Мや骸、…後に味方というかどちらかというと味方寄りの中立に位置する人たちの側からのスタートによって。
 つまり、今後私の知識にある通りの事件があったとして私がずっと原作の裏側でいられるという根拠は一切ない。極端な話、私の行動が原作進行の妨げになる可能性も無きにしも非ずといったところなのだ。

「まあ、もうそんなことはないと思うけど」

 多分、だけど。
 この前はまさかそんなことになるとは思わず夜間に外出し、拉致されてしまった。完全に黒曜編の裏側ギリギリ、表側に出るすれすれの状態のところに位置付けられてしまった。でも今回さすがにそんなことはないと思う。…思いたい。相手はイタリアからやって来る暗殺者だし、彼らの狙いであるツナたちと私は現在縁のない状態だし。どうあってもつながりはない。…いやこれ以上はフラグになるからやめておこう。
 玄関に入り、どっと疲れて重く感じる身体。打撃に関して非常に強靭で、苦痛に関して鈍感な身体になったのはありがたいけどもう少し良い特典はなかったものか。せめてお腹のすかない身体になるだとか、疲れも感じない身体だったらよかったのに。
 そんな途方もない願いを抱きながら靴を脱ぐためにくるりとドアに向かって振り向いたその瞬間だった。家の内側に郵便物が入るタイプのポストに入っていた、何やら見慣れぬ茶封筒の存在に気付いたのは。

「……え?」

 元々ポストにはいい記憶がない。というのも元の世界に戻ることになった第一回目のきっかけは彼に恨みを抱いた不良たちが弱みを握ろうと私と彼が一緒に写った写真をネタに誘き出されたせいだ。結局それは不思議な力で私が彼の姿になり、彼らを振り回した挙句恭弥本人によって制裁を受けたことで終わったけどそれの影響で私は元の世界に戻ってしまった。
 以降、このポストには何も入っているのを見たことがない。だけど嫌な予感がしたのは私がツナのように超直感を持っているからじゃない。コレが投函されたのは今日であるということが私をネガティブな思考へと誘っていく。

 無言のままとりあえずドアの鍵を閉め、そのままドアについている窓から外を覗き誰もいないことを確認する。座っていたりされたら分からないけどどうやら誰もいなさそうで安心してからコッソリ、可及的速やかにその茶封筒を手にした。ここに私が、藤咲ゆうという人物が住んでいるということは家主しか知らない。ということはこれは恐らく彼宛のものなのだろう。だったら私は彼がやって来るまでこれを保管し、開けることもなく彼に渡す義務がある。――だけど。
 ずっしりと重い茶封筒。どうやら中身はすかすかで、手紙が入っているような感じはしない。けれどそのまま手を動かし、底に硬い小さなものが入っているというその感覚だけで何であるか理解していた。悲しきかな、理解せずにはいられなかった。この辺りの思考も鈍感でありたかったんだけど仕方がない。

「オーマイガッ」

 これは由々しき大問題。早く家主が来ることを願うばかり。



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