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 まさかこの人がここへ来るなんて、ねえ。
 あまりの驚きに初対面のフリをすっかり忘れてしまっていることを部屋の中へ案内してから気付いたけど今さらの話なので何ともしない。向こうもそれに対して突っ込んでこなかったので良しとする。…私は悪くない。悪いのは突然、何の脈絡もフラグもなくやってきたこの人だ。そう決めつけることにして。演技は苦手な部類に入る。嘘もそんなに得意じゃない。騙せる自信はもっとないのでややこしいことは一切なしだ。

 …さて、予想外の人物・ディーノさん。

 もはやうろ覚えではあるんだけど並盛中学に通う中学生・押切ゆうとして動いていた時に一度行動を共にしたことがある。ええと、あれは黒曜編に入る前だったかな? 生活用品をそろえるために並盛デパートへ行った時のことだ。縁があって一緒にご飯を食べ、そのお礼にと服を買ってもらったことさえある。印象は全然悪くはなく、むしろ気持ち的には久々に会った、良いお兄さんというわけだ。
 だけど今の姿、藤咲ゆうとしては初対面になる。…正確にはこのリング争奪戦が行われることになり全員が並盛に集まった夜に彼の姿は見ているんだけど、私はあくまでヴァリアーの隊服に身を包んでいたし、フードも被って一応顔を隠すようにはしていた。更に最後の方には誰とも話さなくもなったし、この人と直接何か関わりがあったわけじゃない。なのであのときのことを知られていないのであれば、せいぜい恭弥という共通の知り合いがいる…ぐらいの感覚であってもおかしくはない。
 そんな人を家に入れるのは危なすぎるとそりゃもう、自分ではわかっていますとも。逃げ場がなく仕方がなかったとはいえ、ね。

「突然悪いな」
「いえいえ、きっとそちらにも事情はあるでしょうし」

 部屋にはディーノさんだけが入ることになった。
 他の人の存在をそれとなく聞いてみたけど、それに対して否定することはなく、だけど自分だけでいいと彼が言ったのだ。…もし万が一戦うことになったとして、部下が居なくちゃへっぽこ設定のディーノさんにさえ勝てる訳がない。何度も言うけれど私はあくまで一般人。怪力でもなければ武器を上手く扱えることもない、ちょっと体質が特殊なだけの非力なモブでしかないのだ。
 なのでほんの少し緊張はしているけれど特に何事もなく彼が入ったあとのドアを閉め、鍵をかけ、彼をリビングの椅子に座るよう案内した。ソファはひとつしかなく横並びになってしまうので何となく気まずいのだ。…いつも恭弥が座ってご飯を食べているところに違う人が座っているのは変な感じがするんだけど。

「単刀直入に聞いてもいいか?」

 座った後の開口一番、ディーノさんは堅い表情と口振りで私を見やった。
 ひとつたりともこっちの動作を見逃すまいという雰囲気がありありと出ていて、こちらも釣られてピンと背筋が伸びる。

「…ええ、どうぞ」
「まず、お前がヴァリアーにいたところからだ。…正直に話してくれると、こちらとしても助かるんだが」

 …うん、まあ、私がヴァリアー側にいた人間ってことはバレてますよね。
 その辺はここへ来たことで察していたので驚きはしない。フードを被った程度で隠し通せると思ってもいなかったし、そもそも顔を隠したのは黒曜編の終わりで今の姿の私と顔を合わせてしまった隼人や山本に見つかりたくなかったという一心があってのこと。あとは私が動揺しきっていたのでそれを周りにあまり悟られたくなかったからという理由からだ。だから今頃バレたとしてもまあいいかなって。特に物語に何ら影響はない、はず。たぶん。
 ディーノさんの言い方は含みがあるようでちょっと気になったけれど、話しても構わないかなと招いたのは私の方なので大人しく頷く。それからこれは長くなっちゃうし、そもそもどういった答えを聞き出したいのかすら分からないので、聞きたいことを聞いてもらう方式にしてもらえるよう提案して、こちらは彼からの質問に答えるだけで良いようにした。
 これは我ながら名案だと思う。向こうも雑談しに来てるほど暇ではないだろうし、こちらもその質問の意図を考えながら答えることができる。

「いつから、アイツらのところにいたんだ?」
「…ああ、それはですね」

 どこまで話していいのか分からないけどこの人がきちんと聞いてくれるような気がしたのは、正確に言うのであればディーノさんがボンゴレの人じゃないから。もちろんリボーンと同様ツナ側についた人であり、ツナ達の味方ではあるけれど、なんとなくリボーンよりは中立的な立場で話を聞いてくれそうな気がしたのだ。

 …ただ話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

 以前、黒曜編に入る少し手前。ツナの家にお邪魔し、自分の身の周りの話をしたときのことに比べればこれぐらいはどうってことはない。何もかも嘘つきだ、空想話だ、有り得ないと捨て置かれるあの空間と、どうにも私の事情を親身になって聞いてくれそうなこの人とは雲泥の差である。
 そして、ディーノさんに聞かれたことと話そうとした内容は私の体質とはあまり関係がなく、ほとんど誤魔化すこともなかったので矛盾もなく話せそうだと感じたことが何よりも大きい。

 今後のことを考え、嘘はつきたくない。
 だけど全部を話す必要まではない。

 その線引きだけは上手くやらないとならなかった。
 だからできるだけディーノさんの好意に甘えつつ、私はゆっくりと、一つずつ話すことにした。

 元はここで暮らしていたのに突然スクアーロにイタリアまで連れていかれたこと。彼らとはその時が初対面だったはずのこと。私はもちろんそうだけど彼らも私のことをよく分かっていなさそうだったこと。奇跡的に向こうの人に気に入られて生かされることになったこと。先日ようやく日本に帰され、どうにかこうにか逃げることができて今はここに戻ってきていること。
 順序立てて答えていきながらディーノさんには合間で質問はないか確かめていくと、いつ逃げ出せたのかと言うことと少し聞きにくそうに向こうで何かされなかったかを問われ、それも正直に答える。

「逃げ出せたのはスクアーロと山本くんという少年の戦いが始まる前です。あの時、初めて私の隣からヴァリアーの人が居なくなったので。…それと、」

 ―――拷問とまではいかないけれど、ほんの少し、痛い目にあったこと。

 目を見開きながらその内容も聞かれたけれど、雷を受けたり、ナイフで切りつけられたり、幻覚を浴び続けて幻覚汚染を受けたことは話した。
 …アレは未だに自分の体質を調べるためなんだろうなあとは思っているんだけど、その結果、彼らがどう思ったかよく分かっていない。今のところ私にとってヴァリアーの人達は恐ろしい集団という印象から抜け出せておらず、なので私がよく生きて帰ってこれたな…という安堵感がある。必要がなかったら殺して埋めちゃえばいい話なわけだ。わざわざ日本に帰してくれて、さらに今の状況は逃げ切ったと言うよりは見逃されている…うん、そんな感じ。今は私に構っている暇はないから放置されているというところだと思っている。

 色々あったなあ、なんて思い返しているあいだ、目の前のディーノさんは私とは正反対に眉間に皺を寄せてしまっていた。どう返答していいのか分からないようにも見える。うん、まあそれも理解できる。きっと私もディーノさんの立場なら同じようになっているに違いない。

(考えれば考えるほど、厄介な体質だよねえ…)

 ルッスーリアに蹴られたことやベルからの無茶ぶりで三階から飛び降りさせられたことだけは敢えて話していない。どっちも普通なら致命傷になるし、私が今ここで平然と座っていられる理由まで聞かれてしまいかねないからだ。
 彼の蹴りをまともに受けたら普通の人間なら死んでただろう。笹川京子ちゃんのお兄さんレベルぐらいのものだ。アレに関してだけ言えば私はノーダメージだったし、単純な威力で言うとあの人の攻撃が一番物理的に大きい。今私が無傷なのは見てわかるだろうから、それだけは省いておいた。ベルから受けたナイフの傷はうっすらと残ってるのに打撲の後や骨折している様子がないのはさすがに怪しまれちゃうからね。
 また、数分程度ではあるけれどゴーラ・モスカの中に入れられたことを話すと目に見えてディーノさんは表情を険しくし、小さく何事かを呟いたあとそのまま黙り込んでしまった。…うん、彼が来てくれたのが今日でよかった。もしこの日以前、ゴーラ・モスカの中に九代目が居たことを知られる前にこの話をしていてもいまいち話が伝わっていなかっただろう。

「あれは怖い装置でした」
「そう、だろうな」

 だけど今なら理解される。
 アレに入れられたら最後、アレが起動している限り、中に入っている人の生命力を奪い取っているということを。
 いくら非道のヴァリアーとはいえソレが仲間にする仕打ちではないこともまた、ディーノさんは理解したのだと思う。私に向けられた疑惑の目が、部屋に入ってきた時と比べるとかなり和らいだように見える。私の気のせいかもしれないけれど。

「……よく、生きてたもんだ」

 まったくです。
 自分のことなんだけど改めて彼が言ってくれたように、私もよく生き延びれたものだと思うよホント。



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